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まだ戦える

 わたしは、別に昔からヒーローになりたいわけじゃなかった。


 子供のころ思い描いていた将来は『ケーキ屋さん』。理由はケーキ屋さんになればケーキをたくさん食べられると思ったから。どこにでもいる女の子と同じような、かわいくて、他愛のない夢。


 ……でも、小学生になるころにそれは無理だとわかった。こんな力を持っていて、普通に生きられるわけがないと悟った。だからわたしはヒーローになった。だって、仕方ない。こんな力の使い道は限られてるんだから。


 ヒーローという道を選んだからには、中途半端はいけないと思った。日々身体を鍛え、自らを律した。人を助け、向けられる期待に応えた。


 ヒーローらしく。どんなヒーローよりヒーローらしく。わたしは、ヒーローという仕事をすることでしか生きられないんだから。


 選んだ道に後悔はしてない。わたしはわたしだ。でも、ケーキ屋さんになった自分も、少しは見てみたかったかな。



 ――目を覚ますと、わたしはすえた臭いのする薄暗い倉庫のような場所にいた。椅子に座らされた状態で手足を縄で縛られており、身動きを取ることはままならない。周囲を見ると同時に葵に殴られて気絶させられた記憶が思い出される。


 ひび割れた天窓から見える空はまだ夜明け前。背後に心音は聞こえるけど、呼吸は深い。恐らく見張りは睡眠中。逃げるならこのタイミングしかない。


 脱出のために縄を解こうと手足に力を込める。もがけばもがくほど、手足首が縄に擦れて血が滲む。でも、泣き言は言ってられない。気合い入れろ、わたし。


「あら。起きたの?」


 庫内に反響したのは葵の声。起きたの、はこっちのセリフだ。


 わざわざわたしの前に回り込んできた葵は勝ち誇るような憎らしい笑みを浮かべてみせた。


「驚いて声も出ない? 私がこんなことするなんて、思ってもみなかった?」

「いえ。いつか何かやらかすとは思ってたわ。あなたがヒーローを嫌ってることなんて、音を聞けばすぐにわかるのよ」

「負け惜しみね。だったらどうして私をクビにしなかったわけ?」

「『好き』を原動力で仕事をする人より、仕事を仕事と割り切る人の方がまだ信用できると思っただけ……まあ、結果的にはこんなことをされたわけだし、わたしの考えが間違ってたわけだけど……」


 わたしは精一杯強がった口調で話を続ける。


「あなたの目的である〝帝国の崩壊〟とやらはもう達成したはずよね? どうしてこんなことする必要があるわけ?」

「馬鹿ね。アレ如きで我々の目的が達成したとでも思ってるの? むしろ、これからが始まりなの」

「……はじまり?」

「〝担当区域〟の一件があんなセンセーショナルな形で白日の元に晒されたおかげで、ヒーローの信用は地に堕ちた。でも、まだ十分じゃない。そこであなたを利用するの」


 芝居かかった話し方をしながらわたしに顔を寄せた葵は耳元でささやいた。


「落ちぶれたヒーローであるあなたが、反省するわけでもなく犯罪を犯したらどうなるかしら? あるいは、『暴露本』なんて形で有る事無い事書きまくって出版でもしたら? 世論はきっと、面白い反応を見せてくれるはずよね」

「……想像以上に最低ね、アンタ」

「〝担当区域〟なんてものを黙認していたバットガールに言われたくないわよ」


 正論は槍となってわたしの身体を脳天から貫いた。まったくもってその通り。最低なのはわたしだ。

あんな制度に流されなければこんなことにはなっていないんだから。


「自分のことは棚に上げて、他人ばかりを否定する。まったく。ヒーローなんて本当にクソね」


 悔しくて、でも悔しさをぶつける先がなくて、奥歯をグッと噛み締めたその時、わたしの視界は強い光を当てられたように白く塗りつぶされた。


 ――この感覚――あの時と――同じ――。



「――さん 起きてください! ――さん!」


 なんか、声がする。聞いたことのある声――これ、もしかしてあの女の……でも、どうして?


「たつきさん!」


 頬を軽く叩かれる感触で、ようやくわたしのまぶたが持ち上げられた。天井を見上げる形で倒れるわたしを、まつげの長い大きな瞳で見つめていたのはチェーン・ソーこと犬山沙里井だ。


「……アンタ、どうしてここにいるの?」

「おはようございます、たつきさん。しかし、のんびり挨拶している暇はありませんことよ」


 そう言うと犬山はわたしに手鏡を向ける。そこに映っていたのは痛々しい生傷と剃り残したヒゲが残る――蓮の顔だった。辺りを見回せば例の入れ替わり装置もある。説明されるまでもなくだいたいの事情は察しがついた。蓮がこいつの助けを借りて、装置を起動させたんだろう。


 もやがかかったようにぼぅっとした頭でひとつひとつ理解を進めていると、犬山がわたしの腕を引いた。


「さあ、状況がわかったところで参りましょうか」

「参るって、どこに?」

「決まっていますでしょう? 蓮さまを助けにです。あなたのヒーロー特権とわたくしの鼻を組み合わせれば、彼を探すことは容易なはず」


 瞬間、脳内に過ったのは先ほどの葵との戦い。機械腕によってなすすべなくねじ伏せられた際の光景。


 身体を起こしたわたしは近くにあったベッドに座り込み、「……無理よ」と小さく吐き捨てた。


「いま、なんと仰いました?」

「だから、無理なのよ。たとえ助けに行ったところで返り討ちにされるだけ。場所だけ知らせてあとは警察に任せて、わたしたちは待った方がいい」


 ……そうだ。無理なんだ。所詮わたしは消去法でヒーローを選んだだけの半端者。見かけばっかり成長して、中身はケーキ屋さんを目指してたあの頃となんら変わっていない。


 そんなわたしが、自分より強いとわかっている相手に立ち向かえるわけがない。蓮を救えるわけがない。


「そうですか」


 いやに落ち着いた口調でそう呟いた犬山はわたしの前に仁王立ちすると――大きく振りかぶった右掌で、わたしの頬を思い切り打ち付けた。


 急になにすんの――なんて言い出せなかったのは、痛みよりも困惑が勝ったというのもあるけど、わたしを見る犬山の瞳を大粒の涙が濡らしていたからだ。


「なにを弱気なことを仰っているのですか! あなたは……バットガールは! わたくしのライバルなのです! 超えねばならぬ最大の壁なのです! それがなんです?! 無理?! 待った方がいい?! あなたはいつからそんなヘナチョコ弱虫になったんですの?! わたくしが目指したあなたは……憧れたあなたは……いつの日か心の底から胸を張って隣に並ぼうと夢描いたあなたの背中は! そんなに小さなものでしたの?!」


 憧れ――そっか。こんなわたしにも憧れてくれる人がいる。こんなわたしでも、誰かにとっての『夢』になれる。


 ――……それなら! わたしはバットガールとしてあり続けなくちゃならない。


 どんなことが起きたって、スーツとマントを身に着けていなくたって、わたしはヒーローなんだ。ヒーローなら、自分以外の誰かのためにがんばらなくちゃ。


 ……そうでしょ? 蓮。


 脚に力を込めてベッドから立ち上がる。もう大丈夫。わたしはまだ歩ける。


「悪かったわね、変なこと言って。行きましょ、沙里井」

「もちろん――って……たつきさん?! いま、沙里井と呼んでくださいました?! 今までは犬山と! 冷たく突き放すような呼び方でしたのに!」

「うっさい。行くわよ、ホラ」


 沙里井の頭を小突いたわたしは、全身が軋むような痛みを覚えながら部屋を飛び出した。

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