目が覚めたら……
最後まで書いてるので毎日投稿します
八万文字くらいです
俺は――真黒蓮はヒーローになりたかった。
困っている人を見れば迷わず駆け寄り助けたし、イジメを見れば必ず仲裁に入ったし、他の誰かを助けるためなら時には拳を振るうことだって躊躇しなかった。
そうやっていれば、いつかヒーローになれるんだと思っていた。思い込んでいた。
でも、違った。
ヒーローになるには〝資格〟が必要だ。そしてその資格がなければ、いくら困っている人を助けたところで、傷ついた人を庇ったところでヒーローにはなれない。
俺はヒーローにはなれないことを悟った。
そしてしばらく時が経ち……現在。
俺は〝かわいすぎるヒーロー〟になった。
……いや、待て。待て待て待て。いくらハードボイルド調に取り繕ったところで全然話が繋がらない。
どうして俺はかわいすぎるヒーローなんかになったんだ? そもそも俺は男だ、アラサーだ。それがどうして美少女で、そのうえヒーローなんかになってる?
……冷静になって、少し記憶をさかのぼる必要がある。
アレは昨日の夜のこと――。
〇
どうやら太陽は人間を本気で殺そうとしている。じゃなきゃ、38℃なんて殺人的気温を生み出す熱光線を執拗に放ってこようとしないはずだ。
7月の末、季節は夏。東京都新宿区にて。
夜の十一時になって未だなお温い風は、空調の利いたコンビニから出たばかりの身体にはあまりに酷だ。「暑いな」とぼやきつつ、買ったばかりの缶チューハイのプルタブを引き起こした俺は、強炭酸の液体を一気に半分ほど飲んだ。8%のアルコールが全身に染み渡ると同時に血管が拡張し、〝生〟の感覚がみなぎってきた。
アルコールを摂取しながら駅前の夜道を歩いていると、雑居ビルの間に伸びる狭い路地から「やめてくれぇ」と情けない声が聞こえてきた。どうしたのかと路地を覗き込んでみれば、腕に竜のタトゥーを入れた若い男がサラリーマン風の冴えない中年男の襟首を掴んで壁に押し付けている。
俺の視線に気づいた中年は、こちらを見ながら「助けてくれぇ!」と必死な声を上げた。興味半分で覗くんじゃなかったな。面倒だな、クソ。
「なんだよ、俺に助けろってか」
「そ、そうだよ! 警察! 警察呼んでくれ!」
「うっせんだよ! テメェは!」
タトゥー男が中年の顔を殴りつけた。相手を痛めつけるためというよりもあの行動は、この場における主導権は俺だと誇示する意味合いの方が強いだろう。
「おい。うるせぇぞ、お前。だいたいお前がカネ払わないのが悪いんだろうが」とタトゥー男は自身の正当性を主張する。
「び、ビール一杯で10万円なんていう方がずっとおかしいじゃないか!」
「バカ言うんじゃねぇ。サービス料だよ、サービス料。それに、俺からいわせりゃ銀行の手数料の方がおかしいだろ。なんだよアレ。カネおろしただけでいくら取られてんだ」
タトゥー男に一票。いま言うべきことかはさておき、銀行の手数料はクソだ。
「おい。お前もケガしたくないんなら、とっとと失せろ」とタトゥー男はありがたい忠告をこちらに送ってくれる。対する中年サラリーマンは「早く助けろって!」と俺に渦中へ飛び込むように強要してきた。どっちに味方すればいいかなんてことは一目瞭然だった。
「タトゥーくん。ひとつ言っとくぞ。やるならさっさと済ませろ。右ストレートでボコボコにしてやれ。いつ〝正義の味方〝が来てもおかしくないんだ」
「……ありがとよ」
にやりと笑ったタトゥー男は筋肉質の腕に力こぶを作ってみせる。中年は「なんでだよぉ!」と涙と涎で自らの顔を濡らした。
……世の中ってのは所詮こんなもんだ。こんな、理不尽極まりない、残酷なもんだ。あの中年みたいな誰かに喰われることが運命づけられているような弱者はもちろん――あのタトゥー男みたいな、捕食者気取りのアホにとっても。
その時、路地に舞い降りてきたのはマントを羽織った黒い人影。迷いなくタトゥー男に歩み寄ったそいつは、男の顎を左拳で正確に撃ち抜いた。
ナイスパンチ。どんな男でも不意打ちであれを食らえばひとたまりもない。タトゥー男は瞬く間に膝から崩れ落ち、無様に地面を舐めた。
実に鮮やかな手際だ。俺は助けに入ったそいつに拍手を送る。
「やるな、ヒーロー。頼りにしてるぜ。街の平和はお前達に掛かってるぞ。最高だよ、マジで」
「応援ありがとう! 僕の名前はミスターオウル! よければ、SNSのフォローとイイねもヨロシク!」
……フォローもイイねもしてやるもんかよ、アホが。
浮かれた調子で手を振ってくるそいつを尻目に路地を後にした俺は、缶の底にまだ少し残っていたチューハイを一気にあおる。着信を告げる振動が尻ポケットの辺りに伝わってきたのはその時のことだった。
スマホの画面を見れば、電話の主は友人兼俺の雇い主である海東亜樹からだ。仕事の話かな、なんて考えながら、俺は通話ボタンを押す。
「もしもし、どした」
『もしもーし、レンちゃん。今から来れる? お仕事の時間だよー』
相変わらず秋の空のように爽やかに乾いた能天気な声。とはいえ、この底抜けの明るさに助けられることは多い。
俺は笑いながら「だろうと思った」と答えた。
『お。レンちゃん、とうとうエスパーに目覚めた? もしくは、アタシと心が通じ合っちゃってるとか?』
「さあ、どっちだろうな。とにかく、すぐ行く」
『お、頼りになる~! じゃ、ダッシュでヨロシク! お店で待ってるから!』
「了解」と答えて通話を切った俺は、亜樹の待つ店に向かって歩き出した。