十年恋花火 ~自分の気持ちに気がついた俺は、長年一緒だった幼馴染みに想いを伝える~
高校二年の初夏。
学校帰りのファーストフード店でしばしの休息をとる。
ストローを口にくわえ、スマホをいじっている彼女。
彼女はスマホを操作しながら、ポテトにケチャップを付け口に運ぶ。
「んっ、おいしっ」
その頬には真っ赤なケチャップが付いている。
「おい、ケチャップついたぞ」
「ん? どこに?」
「ここ」
俺は自分の頬を指さし、ケチャップのついた場所を教える。
「とって」
「自分でとれよ」
「んー」
顔を俺に近寄らせ、無理やりでも取ってもらうつもりだ。
「はいはい」
指で彼女の頬についたケチャップを取る。
「さんきゅー。あんがとね」
「子供か……」
俺もジュースを飲みながらスマホをいじる。
特にこれと言って会話はない。
彼女がスマホの画面を見たまま、話し始める。
「ねぇ、進路どうするの?」
「俺か? まだ決まってない。一番近い大学でいいかな……」
「一番近い大学ね……。国立?」
「国立だな。親は国立に入ってくれって言ってるし、そこでいいかな」
「何も考えてないんだね。ま、私も一番近いところが第一志望になりそうかな」
俺と彼女はいわゆる腐れ縁。
もう何年になるんだ?
「お前さ、進路はしっかり決めろよ。なぁなぁで高校も一番近いところ選んだだろ?」
「マーには言われたくないわ。マーだって一番近い高校だから選んだくせに」
ぐっ、反論できない。
「それとさ、その『マー』ってやめないか? 子供っぽいし」
「別にいいじゃん。二人のときは言いやすい方で」
「いやいや、学校でもマーって呼んでるだろ?」
「そうだっけ?」
古川玲奈。
俺と同じ幼稚園、小学校、中学校、高校ずっと同じ進路。
そして、アパートもおなじで、隣の部屋。
親同士も仲がいいし、それなりのお付き合いもある。
「はぁ……。今年の夏休みもソロ活動かな……」
「ソロね。俺もそうなりそうだよ」
「マーはできないの?」
「できたらこんなところにいないわ。お前はどうなんだよ」
「同じく。このまま私たち一生ソロ活動なのかな……」
お互いに恋人いない歴は年齢と一緒。
なぜ、できないのか。不思議でしょうがない。
「お前、それなりに可愛いし、成績もいいし、運動できるのにできないよな」
「でしょ? なんで?」
「俺が知るかっ」
「マーもだいたい平均はとってるのに、ダメだよねー」
「何がダメなんだよ。普通が一番なんだよ」
お互いになぜできないのかわからない。
友達も彼女ができ、俺と遊ぶ時間が減ってくるし、休みの日に遊べる奴も減ってきた。
「今年の夏も見に行く?」
「ん? 花火か?」
「そ、毎年お互いの家族で見に行ってるじゃん」
「まー、予定もないし、花火は嫌いじゃないからな」
「じゃ、今年もよろしく」
はにかむ彼女、それなりに可愛いが彼氏ができない。
※ ※ ※
一学期の修了式。
明日から夏休みに入る。
いつものように朝は校内にある自販機でいつもの缶コーヒーを買う。
一人でコーヒーブレイクタイム。意味は分からないけど、たぶんかっこいい。
夏の日差しを浴びながら、一人で風を感じる。
この姿誰か女子に見てもらえないだろうか。
と、誰から自販機の側までやってくる。
「で、告白するのか?」
「あぁ、今日告白する。下駄箱に手紙を入れてきた。放課後が第一ステップだ」
ほぅ、青春ですな。
「で、どんな感じ? すぐに付き合うのか?」
「ノンノン。そうがっつくなよ。だからお前はピンなんだ。もっと余裕を見せな」
「余裕?」
いい話が始まる。
聞き耳を立て、二人の会話をこっそりと聞き始めた。
夏の日差しは熱く、体がジンジンするがしょうがない。
「告白はする。でも、返事は別の日に聞く。その間に考えてもらうんだよ」
「ほう。で、返事っていつ聞くんだ?」
「夏休みに花火大会あるだろ? そこで返事を聞く」
「なんでそんなことするんだ?」
「雰囲気だよ。お祭りで楽しく過ごして、花火を見て、いい感じになれば成功率も上がるってもんだ」
なるほど。雰囲気ね。メモしておこう。
「いいわー、お前かんがえてるねー。で、ぶっちゃけ何人目よ?」
「それは秘密だ。ま、両手ではたりないわなー」
「うわー、最悪。この、女の敵」
「違うぜ、一時の夢を見せてるのさ、俺は」
……嫌なことを聞いた。
胸が少しだけチクっとしたけど、俺には関係のない話。
だまされる方が悪い。俺は、本気に好きになった彼女を大切にするんだ!
そして、放課後。
明日から夏休みに入る。
「おーい、玲奈。帰るぞー」
特に予定がないときはいつも一緒に帰る。
帰る方向も同じだし、おばさんにもよろしく頼まれているしな。
「あ、正人。ごめん、ちょっと今日は予定があって……」
ん? 昨日はそんなこと言っていなかったよな?
「そっか。すぐに終わるのか?」
玲奈の視線が泳ぐ。
このくせ相変わらず変わらないな。
「えっと、その……」
俺に言いにくいことはいっつもこんな感じだ。
本人は気が付いているのか?
「おっけ、じゃぁ先に帰る。またな」
「うん、ごめんね急に……」
いつもとちょっと違った反応。
少しだけ元気がないような、寂しそうな、そんな違和感を感じる。
一人で家に帰り、ベッドに転がる。
宿題も山のように出された。進路希望、どうしようか……。
だんだんと日が暮れ、外が暗くなって街灯がつき始める。
スマホを見ても玲奈からの連絡はない。
ま、いつもよこすわけじゃないし別にいいか。
夕飯を済ませ、机に向かって課題の確認をする。
時計を見るとそろそろ十一時を過ぎようとしていた。
寝るか……。
──プルルルルル
「はい」
『マー? 今時間ある?』
「あるけど」
『行く』
そう一言言われ、電話を切られた。
──コンコン
「開いてる」
ベランダの窓が勝手に開き、カーテンもめくられる。
「こ、こんばんは……」
少し濡れた髪に薄手の半そでパーカー。
ショートパンツ姿という、まるで寝る前の恰好そのもの。
「はいはい。で、何の用だ?」
「ははっ……」
長年の経験。玲奈は何かを悩んでいる。
「とりあえずするか?」
「うん。する」
玲奈は俺の隣に座り、手を差し出してくる。
甘い石鹸の香りが部屋にこもり始める。
「正人、今日は優しくしてね」
「できるだけな。でも、俺も我慢できなくなったら」
「うん、私も前よりはうまくなったし、大丈夫だよ」
「本気、出してもいいのか?」
「大丈夫かな? その時は私も頑張るから」
深夜十一時半。
両親はすでに寝ており、この部屋には俺と玲奈の二人だけ。
することは決まっている。
──カタカタカタカタカタ。
深夜、部屋の中に響く音。
この部屋には若い男女が二人っきり。
「んっ、ダメ、そ、そこはっ」
「ここか? これならいいのかっ?」
「あっ、正人、わ、私、もう──」
「これで、どうだっ」
「あーーー! また負けた!」
「ふぅ、まだまだだな」
レースゲームで対戦。
玲奈はなかなかうまくならない。
「今度こそっ」
画面をずっと見ている玲奈。
まったく、何年たっても変わらないな。
「で、何の用だ? まさかゲームしに来たわけではないだろ?」
「ははっ、やっぱりわかっちゃう?」
「当たり前だ。どれだけの時間一緒に過ごしてきたか、お前だってわかるだろ?」
「だよね……。あ、あのさ」
いつもよりも少しだけ近い距離。
目の前に玲奈の顔、そして甘い石鹸の香り。
「今年の夏さ、一緒に遊ばない? ほら、来年は受験だし、忙しくなるじゃん?」
「遊ぶくらいなら別にいいけど? それだけ?」
「うん、それだけ。お互いソロなんだから、ペアハンいこうぜ」
無理して笑顔を作っているな。
「しょうがないな。ほら、モンスタートレジャー。狩りに行くかっ!」
ソフトを変え、二人でファンタジーの世界に旅立つ。
現実はこんなに簡単じゃない。レベルは上がらないし、スキルも身に付きにくい。
夏休み、買い物に映画にカラオケ。
なんだかいつもと変わらない日々を過ごす。
「で、今日は何を買うんだ?」
こう毎日毎日付き合ってると、こっちも疲れる。
「えっとね、今日はここ」
「スポーツショップ?」
何かを適当に手に持ち、試着室に消えていく玲奈。
また買い物か……。
「ちょっと待っててねー」
中からごそごそ聞こえてくる。
はぁ、女の買い物は長いな……。
──シャーーーー
試着室のカーテンが開き、玲奈と目が合う。
「どう、かな?」
どうといわれましても……。
上下白のビキニ。どうみても面積が少ないような気がしないでもない。
しかし、こいつこんなにでかかったのか?
「いいんじゃないか?」
「棒読み。で、どう? 似合う?」
「あーはいはい。似合う似合う。超かわいー」
「そっか、かわいいか……。じゃ、これにしようかな」
ちょ、ちょっと待ったー!
「えっと、玲奈にはもう少し可愛い系の水着が似合うかな?」
「これじゃダメ?」
そんな肌、ほかの男に見せられるか!
「そうだね、このワンピースタイプなんてどうかな?」
適当に近くにあった水着を差し出す。
「マー? それが好みなの?」
「ん? 好み?」
手に持っているのはスクール水着。
そう、学校指定でよく見るあれだ。
「ちがっ、そうじゃない、これは、あれなんだ!」
「あはっ、あはははっ。そっか、マーはスク水好きなんだ」
「違う、ただお前の肌をほかの男に──」
一瞬時間が止まる。
なんで? どうして俺はそんなことを思った?
「っあ……。えっと、水着はまた今度にするよ。あー、面白かった」
再び試着室に消えた玲奈。
俺の言葉、変な風にとらえたのだろうか……。
そして、あっという間に花火大会の日がやってきた。
明日は花火大会、屋台も多いいだろうし何を食べようか……。
いつもだったら夕方に玲奈から電話が来る。
明日の打ち合わせだ。しかし、今年は連絡がない。
何かあったのか?
──プルルルルル
お、やっときたか。
「おっす」
『……』
「おーい、れいなーー」
『……。ま、さと?』
「なんだ間違ってかけてきたのか?」
『ちがっ、えっと、あの、さ……』
「どうした?」
『明日の花火、一緒に行けなくなった』
俺は考える。
毎年家族ぐるみで一緒に見てきた花火。
今年で十年になる。どうして、突然言ってきたんだ?
「そっか、なにかあるのか? お前だけ来ないのか?」
『えっと、花火にはいくんだけど、正人と一緒には行けなくなっただけ。家族は行くよ』
玲奈だけ誰か別な奴と行くってことか。
俺は察した。そうか、そういうことか。別にいいよ、俺は俺だ気にしない。
「そっか、よかったな。花火楽しんで来いよ」
『ごめん……』
この連絡を最後にあいつとの連絡は途絶えた。
隣に住んでいるのに、すごく遠くに感じる。
いままに感じたことのない、このむなしさ。なんなんだ?
※ ※ ※
「まさとー、本当にいかないのー」
「行かない! 楽しんできてくれ」
「お父さんもお母さんも遅くなるからねー」
「わかってるって! 適当にしているからいいよっ!」
玄関から出ていく両親。
そして、両親は玲奈の親と一緒に花火大会に向かった。
俺は一人で部屋にいる。
ベッドに転がり、ただ、天井を見ている。
「花火、か。今年で十年、あいつとずっと一緒に見てきたのになー」
心にぽかんと穴が開いた気がした。
この穴は何が入っていたんだろ?
花火の始まる時間だ。
毎年最後に打ちあがる花火が好きだった。
毎年同じ花火師、同じ花火。きっと今年も同じ花火なんだろうな。
でも、俺は見に行かない。
一緒に見に行くやつもいない。
しばらく考える。
玲奈の浴衣姿、去年はなんだったっけ。
紫に朝顔、その前の年は……。
なんであいつの顔なんか浮かんでくるんだ!
あいつは誰かほかの奴と花火を見に行っているんだ!
なんで、あいつの笑顔なんか、浮かんでくるんだよ!
無性に苛立ち、俺は玄関に走った。
靴を履き、駅まで走る。
もしかしたら最後の花火は見れるかもしれない。
もしかしたら、まだあいつはいるのかもしれない。
もしかしたら、あいつも同じことを考えているのかもしれない。
全部俺の妄想だ。でも、ここで走らないと一生後悔する気がした。
駅に着く。目的の駅まではたった二駅、余裕で間に合う!
『えー、ただいま人身事故により上下線とも運転を見合わせております──』
そ、そんな! なんでこんな時にっ!
俺はあたりを見回す。どうしたら、タクシー?
あ、財布がない! スマホも何も持っていないじゃないか……。
どうしよう、家に帰っていたら間に合わない。
走るか? 結構距離があるぞ?
そもそも、行かないと決めたんだ。
走る必要も、行く必要もない。ただ疲れるだけだ。
……。
『本当にいいのか? 後悔はしないか?』
頭の中に声が響いた気がした。
後悔? あぁ、後悔しないさ。
その為に、俺は走っているんだからな!
気が付くと花火会場に向かって走っていた。
息が苦しい。呼吸が、できない。
わき腹が痛い。鼻も、のども痛い。
苦しい。休みたい。走りたくない。
でも、後悔だけは絶対にしたくない!
間に合え、まだ、時間はある!
走り続けて数十分。
花火会場が視界に入ってきた。
もうすぐ、もうすぐ……。
あいつはいるのか?
この会場のどこかにいるのか?
スマホもない、場所もわからない。
玲奈、おまえは誰といるんだ?
会場を歩き回る。
いない、いない、どこにもいない。
きっと、去年と同じ浴衣のはず。
そして、無情にも時間が過ぎていき──
『それでは! 本日最後の打ち上げ花火となります!』
花火大会が終わる。
一人で見る、最後の打ち上げ花火……。
去年、あいつと花火を見たのは向こうに見える桜の木の下。
かき氷を買って、シートを敷いて。
親と一緒ではなく、二人で見ていた。
無意識に桜の木へを足が向いた。
玲奈、きっと今はこの会場のどこかで……。
──ヒューーーーン ドォォォォォン
桜の木に着く前に打ちあがって終わってしまった。
最後の打ち上げ、玲奈と一緒に見ることができなかった。
肩を落としながら、桜の木に寄りかかる。
──ドンッ
誰かにぶつかる。
「ご、ごめんなさい。暗くて、見えませ──」
「ま、正人……。なに、してるの?」
「れ、玲奈っ!」
目の前に玲奈がいる。
思っていた通りの浴衣姿に去年と同じ簪。
でも、ひとつ気になることが。
「正人、一人で来たの?」
「玲奈は? 誰か一緒じゃなかったのか?」
「途中から一人。やっぱり、ダメだったよ」
玲奈は、瞼に輝く星をうかべ、やがてその星は頬を伝う流れ星になった。
「正人、ごめん。私、やっぱり正人と一緒に花火を見たかった。ごめん……」
「何謝ってるんだよ? ただの花火だろ?」
十年目の花火だけどな。
「違うんだよ。私、ほかの男の人と見に来たんだよ」
「そっか、その人はどこに?」
「いない。花火の途中で別れた」
「なんで?」
「前に学校で告白されたの。それで、返事を花火大会の時に聞かせてほしいって。それで、断った」
「断ったのか?」
無言でうなずく玲奈。
「何度も何度も考えた。好きって何だろう、恋って何だろう? でもわからなかった。正人じゃない誰とだったらわかるかもしれないと思ったの」
「何かわかったのか?」
「わかったよ。一つだけ、一つだけわかった」
「聞かせてくれるか?」
「いいよ、目を閉じて……」
目を閉じ、何も見えなくなった。
──ちゅっ
何かが唇に触れた。
「目、開けてもいいか?」
「ダメ。まだだめ」
「なんで?」
「私の顔が、タコだから」
意味が分からん。
ダメと言われて、きく男ではない。
目を開け、玲奈を見る。
「なんだ、いつも通りじゃん」
「そんなことない。正人、花火見れなかったね……」
「来年もあるだろ?」
暗くなった空を二人で見上げる。
『えー、大変申し訳ありません。本日最後の打ち上げ花火は、次が最後です。先ほどのは最後ではありませんでした』
なんと適当な司会。
「こんなこともあるんだな」
「あるよ。だって、私たちの十年目の打ち上げ花火だもん」
「なぁぁ、玲奈」
「なに?」
「もし、良かったらなんだけどさ」
「うん」
「あと、十年か二十年、一緒に花火を見に来ないか?」
「それってどういう意味?」
視線を玲奈に向け、右手で玲奈の顎を持ち上げる。
「こういう意味」
ファーストキス。
「
何十年と一緒にいて、やっと気が付いた。
俺はお前の事好きなんだって。
側にいて、当たり前の存在なんだって。
だから、これからもずっと俺の側にいてほしい。
でも、恥ずかしくて、そんな事は口にできない。
きっと、ずっと前から玲奈の事、好きだった。
」
キスの後、目を丸くして俺を見てくる玲奈。
びっくりさせちゃったかな?
「あ、あのね正人」
「な、なんだよ」
「心の声、たぶん口に出てると思う」
「は?」
「『俺はお前の事好きなんだって』とか、思っていなかった?」
思っていました。
はい、思っていましたよ!
「口に出てた?」
「うん。全部」
「……」
だったら話は早い!
「玲奈」
「なに?」
「好きだよ」
「ありがと、私も正人の事が好き」
「お互いソロ卒業だな」
「うん。これからずっとペアだね」
腕を組み、見上げる夜空に一輪の花が咲く。
十年一緒に見てきた恋人同士は、一緒に幸せになれる。
そんな都市伝説があったらあなたは信じますか?
お読みいただきありがとうございました。
元々長編で書こうかと思っていたのですが、短編にまとめてみました、その2です。
もし、よろしかったら下の☆を★にお願いいたします。
よろしくお願いいたします。