冷たい返事
仕事で評価され始めると、家庭に深入りしなくなった。自分でも可笑しなくらい子煩悩で、この子には豊かな将来を迎えてほしいと習い事や教養と言うのを自らやってみせた。そして誕生日や祝い事にはタバコや酒を控えて余ったお金で人形や電話の玩具を買って喜ばす、それが私の幸せだった。
家庭は家内に任せた。大事な仕事、これが出世に大きく響く。かまってはいられない。けれど今より豊かに楽に、全ては家庭の為だった。それは疑うことのないことだった。
その分上司のプレッシャーや仕事の付き合いはストレスを溜め、タバコや酒で誤魔化していた。
朝帰りが多くなると家内は私を疑い始めた。お得意先との付き合いだと、自分でも嫌気が指していたので素っ気なく応えた。初めはそれで納得したが、日が経つにつれて執拗に聞くようになった。仕事に家庭に悩まされ、ウンザリしていくようになった。だが、この契約が結んだ暁にはきっと良くなる、豊かになる。
そう信じていた。
気分が悪くなるほど口には酒気が回り、頭はボゥとはっきりせず覚束ない足取りで帰宅する。
部屋は当たり前のように暗く、少し寂しくなった。
電気をつける。テーブルにはいつものように冷めた夕食があった。その手前に書き置きがあった。どうやら家内は子供を連れて実家に帰ったらしい。あっさりと淡々と書かれた家内の文章は冷や水のように私を覚ました。
半信半疑に部屋を一つ一つ確認したが、姿が見えなかった。
子供部屋には買い与えた玩具が綺麗に並んでいた。まだすぐ帰ってくるかのように、遊ばれるのを待っているように玩具は佇んでいる。
あの頃を思い出しながら、玩具の電話を手にする。よく子供とこの電話で遊んだ。子供のお気に入りではなかったが大切にされていた。電話には何かのキャラクターが挨拶した。ボタンを押すと子供が何を話したか再生できる。
「こんにちはマリーさん。お元気?」
「私はマリー、お名前は?」
「私は〇〇〇よ、大好きなお父さんがつけてくれたの」
「そう、とてもいい名前ね。私と仲良くしてくれるわよね?」
「うん。マリーさんは私の友達。そういえば最近知らない人がここに来るの。お母さんはその人と何処かに行っちゃって私寂しいの。でもマリーさんがいるから大丈夫!!……」