第二話 彼等の夢
陰陽師と呼ばれる存在が現れたのは、今から約一千年前だそうだ。
切っ掛けは『幽鬼』という人ならざる怪物が人類を攻撃し始めたこと。幽鬼は人々の魂が邪悪となって転生した怨霊だ。
殊力と名付けられた人間の力を術式に転換し、それを世界に顕現させる。陰陽師のやってることは簡単に言えば大体はそんな所だろう。
要するに、殊力によって幽鬼を屠る者共が陰陽師だ。
――しかし。
今現在。天陽暦千二百七十三年。天陽の最大の敵は幽鬼ではない。
――人間である。
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くあ、と白髪の少年が眠そうに口を開けて欠伸をした。赤緋の双眸に僅かに水滴が浮かぶ。ごしごしと睡魔に負けんと瞼を擦った。
「……遅いなぁ」
少年の名は、千子カグラ。まだ十三歳の少年だが、その辺の破落戸数名ぐらいならば瞬殺できる程の力(筋力的にも術式的にも)を持った若き陰陽師だ。
カグラは人を待っていた。大樹にもたれかかって、眠気を必死に堪えながら。睡眠は大事だが、ここは既に敵地。戦場だ。信用出来る味方がいない状況で無防備に寝るのは得策ではない。
カグラを待たせている友人二人はカグラに負けず劣らず強者だ。陰陽師の家系に生まれ、幼い頃から苛烈な修業をその小さな身体に科してきた。
「遅いだけならいいけど……」
何事にも『絶対』は有り得ない。二人が死亡した可能性も考えなくてはならない。
一瞬、もし二人が死んだら、という思考が過ぎったが、その考えが無為に終わったことを悟った。
「――ライト。リューシャ」
カグラは、こちらに向かう二人の朋友の名を呟いた。
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天陽と華看の戦争の始まりは、およそ五年前に遡る。
始まりはそう、華看が天陽の街を爆撃し、資料や食料を盗んだことだろうか。
だろうか、というのは他にも(双方共に)心当たりがあるからだ。
いや。もう『始まり』はもうどうだっていい。どっちにしろ遅かれ早かれこうなっていたのは自明の理だ。とすると、どっちが『先に手を出した』のかという問いも無意味だ。
戦争に被害者も加害者も存在しない。逆に言えば、戦争に携わった全ての人が被害者で加害者だ。
「……でも。自分の『正義』ぐらいは信じたいな」
カグラはぼんやりと呟く。
戦乱の渦中。正義は真実どこにも存在しないのかもしれない。だが自分の信念ぐらい貫かないと可笑しくなってしまいそうだ。
「あー……? カグラお前……そんなめんどくーこと考えてっと、いつか戦死じゃなくて過労死すんぞ……」
気だるげにそう発言したのは、先陣山リューシャ。台詞から感じれる通り、面倒くさがりでいつもだるそうにしている。
「急にどうした。俺らに正義があるとでも言うつもりか?」
カグラの隣に座っている友人、胡蝶ライトはいつも通り冷淡な反応をすげなく返す。
「ああ、いや。そういうつもりじゃないんだけど。てゆうか、戦時中で過労死するって格好悪いな」
「死に方に格好悪いも糞もないだろ。死んだら冥土に逝くだけだ。死に方なんざ関係あるかよ」
「そうかもしれない。だけど、自分の存在が欠片も此の世に存在しなかったように、自分がいたという証拠が何も残らないのは嫌だなって思ったんだ」
陰陽師は戦争に、或いは幽鬼との戦いにて散るのが通例だ。徒人の惨たらしい死の代わりに、自分たちが惨たらしく死ねばならない。
「でも、自分の事を誰も覚えていないというのは悲しいなぁ……。カグラ。ライト。俺が死んだら墓ぐらい作ってくれよー……」
「勿論だよ、リューシャ」「遺品があったら埋めてやる」
戦争の任務は長期に亘る。今でもカグラ達は一つの焚火を囲んで水を口に含み、干し肉を食んでいる。彼等は陰陽師だ、一週間ぐらいは飲まなくても食べても問題はない。故に、こんな最低限の保存食しか渡されない。
「どっちにしろ、俺達は明日の命も保障されん。俺の姉も結局あっさりと死んだ」
「ああ、双子の姉の……確か、リサだっけ」
「そうだ。死体も残ってない。精々家にあった遺品を墓に埋めてだけだ。……少し話が逸れたが、つまり自分の事を誰かが覚えてくれる、なんてのは願望に過ぎない。その『誰か』だって死ぬ可能性もある。だからそんな夢はとっとと捨てろ」
「……」
ライトはいつだって正しいこっばかり言う。
事実、彼の言っていることは正しい。陰陽師だけでなく、一般人でさえも安全な場所に住ませてやれない。今も尚、何処かで誰かが苦しんでるかもしれないのだ。しかし、その全てを救うことは出来ない。
「その通りだ。ライト。もしかしたら明日、いや今日死ぬかもしれない。俺達は陰陽師だが、十五分ぐらい頭を水につけてたら、普通に死ぬ。一般の人々は陰陽師を何か特殊な存在に見てるようだけど、結局は只の人間だから」
「……」
「でも俺は生きてる限り、今日も明日もその『夢』を捨てないよ」
「……何故だ」
カグラは笑って、『夢』を紡いだ。
「――いつか。それが現実になる日々を願っているからだ」
ライトはその言葉に肩透かしを食らったような、もっと言えば阿呆を見るような表情をする。リューシャは少し驚いたのか、普段はとろんとしている瞼を僅かに張っている。
「……その願いを捨てておけ、と言ったつもりだが?」
「でも、人は夢や目標を捨てては生きていけない。ライトだって夢はあるだろ。リューシャ、お前は?」
「「……」」
二人は揃って沈黙を返す。
カグラは二人の『過去』を知っている。忘れぬよう、その身に刻み込んだ『絶望』を知っている。
カグラは二人に過去と向き合え、とは言わない。自分の一言が選択をする権利を奪ってはいけないからだ。
しかし、過去を認めねばならないのも真理だ。
「……そうだな」
ライトは存外にあっさりとカグラの発言に首肯を返した。少しだけその反応を意外に思う。
「ええ、ライトお前……。こんなめんどくせーこと認めるような奴だったか……? お前ひょっとして偽物なんじゃねーか?」
「じゃあ、殺し合うかリューシャ? 『暗剣殺』が使えたら本物だ」
「うへぇ、めんどくせー……。一回それほんとにやったじゃん……。俺、もうケイさんに叱られんのイヤだぞ……」
「大丈夫だ。俺がいる。四肢の欠損ぐらいならば何とかなる!」
「いや、殺し合いを止めろよ、まず……」
さっきまでの空気は何処に行ったのか、周囲には柔らかな雰囲気が漂い始める。
本気で愛刀を持って、術式の構えを取ったライト。
うげ、と面倒臭そうにさっさと逃げの姿勢になるリューシャ。
周りに被害が行かないよう、自分も術式を組み始めたカグラ。
やや物騒だが、これもカグラの言った幸せの一つだろう。忘れてはいけない、日常の一枠だ。
――だが。結局は自分たちは陰陽師なのだと、また後日に思い知る。




