逆さまの水
ペットボトルの水を飲み干すと、物が逆さまに
見えるようになりました。重力に反して落ちない水は
底にくっ付いたまま。
「知らない人から貰った水は飲むもんじゃないな」
少年は、参ったなと思いつつも逆さまの世界を楽しんで
みることにしました。
すべて上下が逆になっていますが、ただの錯覚のようで、
体は普通に動きます。
「おはよう。その飲み物なに?」
友達に話しかけられ、太ももに返事をします。
「おはよ。飲む?上下が逆に見えるんだ」
怪訝な顔をして、首を横に振りましたが、見えないので
分からず、太ももに水を飲ませようとします。
「やめてくれよ。人が口をつけたの、イヤだろ」
そうは言っても、太ももに話しかけられているので
微妙な感じです。
「飲まなくてもいいけど。ところで、今日は天気が変だよね
アスファルトみたいに灰色の空」
「それは地面じゃないか。逆さまに見えるんだろ」
すると、空から魚が降って来ました。
「ほら異常気象だ。竜巻のせいで海の魚が地上に降るんだって」
「たしかに、空から魚が。」
「だろう?」
安心した少年は、水をどこかへ落としてしまいました。
学校へ着き、授業が始まります。
「中国では旧正月に、福の字を逆に貼る習慣があるんだ」
「先生あの水飲んだんですか」
福の字を書いた紙を、上下そのまま黒板に貼る先生に
少年が問いかけます。
「水?なんの事だい」
咳が3度ゴホゴホと出て、景色が元に戻り、ちゃんと逆になった
福の字を確認します。
「すみません。なんでも無いです」
廊下を歩く、体育の先生がバスケットボールを天井に
ぶつけて突きながら、歩いていきます。
「あの人は…分からないな」
逆さまの水がどこへ行ったかは、それきり不明のまま。
体育の先生がいつも飲んでいるペットボトルの水が、少しだけ
気になってしまう少年でした。