覚醒のグリフォン戦 下
シーンと静まり返る森の中。
はらりはらりとグリフォンの翼が舞い散る。
「いったい何が……」
簡単な話だ。
グリフォンの魔法に俺の風魔法を当てて打ち消しただけ。
──クァァァ!
先程の攻撃で仕留められなかったことに激昂したグリフォンは次の攻撃に移った。
前足でカッカッと地面を掘る仕草。
それを見た俺は、言ったきり放心状態のアルシャをヒョイッとお姫様抱っこで持ち上げて、少し遠ざける。
「なぁ、ひとつ聞くが……」
アルシャを木陰に置いて、先程の位置まで戻りながらグリフォンに向かって気になってることを聞いてみた。
──クァァァ!
しかしながら、もちろん聞いたこっちゃないグリフォンは話を途中で遮り、その岩も粉々にする頑丈な嘴をこちらに向けて走りだしたのだ。
その嘴があれば、工事現場の穴を掘るのも楽なんだろうけどな。
グリフォンが走るたびに湧き上がる土煙。
砂場を馬が走っているような感じを思い浮かべてくれたらわかりやすいだろうか。
「あ、危ない!」
アルシャがそう叫ぶ。
放心状態から立ち直ったのだろう。
だったら安心して見とけ。
俺は右手を前に伸ばす。
瞬間、感じる衝撃。
……それ以外さっきと何も変わらない。
──クァ!?
「嘘でしょ……」
怪我どころか、先程立っていた場所と数ミリたりとも動いていない。
それどころか、あの嘴を素手で掴んでいるのだ。
こんな乱暴な戦い方があっただろうか。
そもそもこれを戦いと呼べるものだろうか。
答えはNOである。
ユウトは戦う気など全く無いのだから。
「さっきの話の途中だけどな」
ユウトは嘴を掴んだままゆっくりと話す。
──クァッ! クァァ!
そのことに恐怖を覚えたグリフォン。
ドタバタと暴れたり、風を起こしてみたり抵抗するが全て無駄である。
「ひとつ聞くが……お前。迷子か?」
──グア。
その問に一瞬の怯みを見せた。
言葉が理解出来たのか分からないが、その怯みと、対面した時感じたグリフォンの焦燥感からユウトは肯定と捉えて話を進める。
「お前、体はそこそこでかいがまだ親離れしてない歳だろ? どっかではぐれでもしたのか?」
「ちょ、ユウト何言ってるのよ! 今チャンスのなのよ!」
「まぁそう言うなよ……」
「で、でも!」
「アルシャに一ついいことを教えといてやろう」
「何よ……」
「俺は子供には優しいんだよ」
アルシャの中では何がどうなってるのか分からないのだろう。
A級の魔物を片手一本で無力化させてるF級の冒険者。
ほかの人に言えば、『なにそれ、何かのなぞなぞ?』と言われるだろうが、アルシャは実際にその現実離れした現場を目撃してるわけだ。
さらに加えてユウトが放った一言。
『俺は子供には優しいんだよ』
考えるのをやめた瞬間であった。
──グァァァ!
「そんな暴れるなって。ほら、今離してやるからさ」
とりあえず、こいつの警戒心を解かなきゃな。
ユウトはこの迷子グリフォンの親を探すことを決めていた。
早く親を見つけなければ、今みたいに見境なく暴れて危険だからだ。
「とりあえずどっから来たんだ?」
──グァァ!
優しく声掛けてみてもそう簡単に野生の魔物が警戒心を解くはずがない。
グリフォンは俺と距離をとって翼を羽ばたかせる。
──グァァァ!
お次の攻撃は羽飛ばし。
投げナイフのように、あるいは数千の矢のように羽を飛ばし相手を串刺しにする恐ろしい攻撃だ。
しゃーない。
少し本気だすか。
俺は顔面めがけて弾丸のごときスピードで飛んできた最初の羽を掴む。
鋭いのは羽先の部分だけで、根元の部分は安全なことは分かっていた。
その羽をタクトのように振る。
おぉ。意外と使いやすいな。
縦……縦……横……横。
俺が振るたびに地面に落ちていく羽。
──クァ! クァ!
まだまだ攻撃をやめないグリフォン。
それを見たユウトは持っていた羽を捨ててこの戦いが始まって初めての一歩を踏み出した。
──クァ!?
その瞬間、グリフォンの体には雷撃が走った。
そんなことなど知らないユウトは踏み出した右足に力を込めて飛び上がる。
そのあとすぐ通り過ぎる複数の羽。
飛び上がったユウトは体を横に半回転させ、脇腹をかするように放たれた翼を躱すとその勢いのまま、振り下ろすように右足で蹴りを繰り出す。
ブォン! と生み出される風に何枚かの羽は勢いを殺され地面に落ちていく。
それだけではない。
半回転時に本来ならば通り過ぎる羽を3枚ほど右手で掴んでいた。
それを地面に着地すると同時に投げてみせ、腹と両足めがけて飛んできたグリフォンの羽にぶち当てる。
ユウトの前には最小の動きで躱せる羽しか残っていなかった。
「落ち着けって。別になにかしようってことじゃないんだから」
ヒュンッ……ヒュンッと耳元を通り過ぎる羽。
首を少し傾けるだけで空を切っていく。
──クァ……クァ……。
疲れてきたのか。それとも恐怖を感じたのかユウトが近づくにつれてグリフォンの攻撃は段々と弱まっていく。
もはやグリフォンに残された選択肢は一つしか無かった。
──グァァァ!
グリフォンはユウトから視線を外し、木陰にへたりと座り込んでいる女性に攻撃をスイッチさせた。
「アルシャ!」
「……へ?」
アルシャの脳はユウトの声で再起動。
しかし回避が間に合わない。
アルシャは反射的に顔を守るように体を丸める。
「…………」
だが、いつまで経っても痛みが現れない。
痛みを感じる前に死んでしまったのだろうか。
アルシャは恐る恐る目を開く。
そこにいたのは──ユウトだった。
「大丈夫か?」
「え、えぇ。羽が飛んできて……それから」
アルシャは自分の体に傷一つ無いことを確認すると地面に散らばる無数の羽に気がつく。
目を瞑っていたアルシャには分からなかったが、グリフォンは見ていた。
見ていたが理解したわけではない。
抉られた地面。
それに感じた突風。
羽を放った瞬間、ユウトは地面を蹴って50mほど離れた場所に一秒にも満たないスピードで追いつき、アルシャの前に立ってすべて落とした。
魔法などは一切使っていない。
己の動体視力と反射神経、そして二度の転生で得た超人的な運動能力によって無力化させたのだ。
そんなことが目の前で起こされたグリフォン。
普段ならなす術なく立ち尽くす所だが、ユウトが自分から女性の方に視線が動いたことを確認するすると、避けようが避けまいがとるべき行動は決まっていた。
──クァァァ!
グリフォンは翼を広げると四本の足で勢いをつけて飛び立つ。
逃げ出したのだ。
野生の本能が『こいつと戦っても勝てるわけない』と理解したのだ。
「おぉ……そんなに逃げなくても」
俺は小さくなる影を見上げながらアルシャから距離をとる。
「よっと」
そして重力魔法を使って飛び上がった。
「まぁ、待てよって。あれだ俺が親を探してやるよ」
──クァ! クァ!
グリフォンはもう関わりたくないのか必死の抵抗を試みる。
しかし、ユウトはグリフォンに跨った。
──クァ~!
うわ! 暴れるなよ。
……乗ってみると分かるが、結構フカフカだな。
……うむ。
振り落とそうと急上昇や急降下を繰り返すグリフォン。
しかしユウトは風に揺れるハンモック程度としか考えておらず、羽毛を楽しむのであった。
おっと、早く探してやらんとな。
「サーチ!」
名前の通り、捜し物をする時に用いる魔法だ。
ユウトはグリフォンの魔力と酷似する魔力反応を数キロ先に渡って探し出す。
すると──
「お、あったな」
それらしき反応が一つ見つかったのである。
「よかったな。あっちの方角に飛んでいけ。親もお前のこと探してるみたいだしすぐに会えるだろうよ」
──クァ! クァァ!
とりあえず伝えたいことは伝えられた。
俺が飛び降りるやいなやグリフォンは脱兎のごとく伝えた方向に飛んでいく。
これでもう安心だ。
「ふぅ……いい仕事をしたな。それじゃあ、帰るか」
俺は何事も無かったかのようにアルシャの元に降り立ち、立ち上がらせようと腕を差し出す。
アルシャは今どんな気持ちなのだろうか。
目の前で繰り広げられた神業の数々。
F級だと思ってた人物がA級……いや、それ以上の力を持っていた。
「…………」
「ん? どうした?」
──だが、手を差し出す彼の顔を見ると、考えるのをやめた。
「なんでも無いわ!」
信じられないことが起こった。
しかしそれはすべて私自身が見たことだ。
すべて現実なのだ。
この冷静な考えも、彼女がA級の冒険者でいられる所以でもあろう。
ただ唯一納得出来ない部分がある。
「なんだよー。そんな顔を真っ赤にして……怒ってるのか?」
「べ、別に何にもないわよ!」
私が彼の事を好きになったということだ。
「そんなことより!」
アルシャはこれ以上追求されるのも困るのでユウトの手を掴み立ち上がると、ズイっと顔を寄せて詰め寄る。
「……女の子にむかってカッコイイとか言われても嬉しくないわよ」
そういや、カッコイイとか言ったっけな。
俺は近寄った瞬間に顔を勢いよく逸らし、腕を組んでプリプリと怒ってるアルシャを見て自然と笑がこみ上げる。
「ははっ、そりゃ悪かったな」
「まぁ、でも……ちょっとは……その……かっこよかった……わよ……」
「ん? ごめんなんて言ったんだ?」
「な、何でもないわよ!! ほら、さっさと帰るわよ!」
こうしてオーク討伐依頼は思わぬ形で幕を閉じた。
問題を解決したはずのユウトは新しく生まれた問題にどうなって行くのかはまた別の話である。
──────
「ここがギルド……」
砂漠に咲いた一輪の花のように似つかわしくない人物がユウトが属するギルドの前に立っていた。
甘ったるい声。
ぎゅっと依頼が書かれた紙を握りしめる手は紅葉の葉のように小さい。
少女──と表現できる年齢だろう。
少女は首が痛くなるほど高い建物に改めて圧巻される。
しかし、少女は逃げ出さなかった。
それはこんなに頑張って歩く理由があるからだ。
「ここに頼めば……お姉ちゃんを助けてくれる」
少女は自分の目的を再度声に出して、重たい扉を押す。
それがユウト達が依頼を終え帰ってくる数十分前のことである。