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A級の強さ

吹き抜ける風が頬をなぞり、それにつられるように草木がザーと音を立てる。

今俺たちがいるのは町の高台からでも見ることができる広大な草原だ。

馬や牛が自由気ままに生活しているこの場所を抜け森のほうに進むと、オークが生息している場所につく。


しかし、念願だったC級依頼の前に俺の心はどんよりとしていた。


「なぁ……わざわざこんな朝っぱらから行かなくてもよかったんじゃないか?」


歩くたび、犬のしっぽのようにふらふらと揺れる赤い後ろ髪に向かってボヤく。


「仕方ないじゃない。私はユウトの実力知らないんだし、基本的な動きとかも教えてあげたいじゃない」


昨日会ったばかりのやつに、依頼どころか稽古もつけてくれるなんてどんな世話焼きだよ。ありがとうございます。

だからと言って、いつものように公園で野宿している俺を朝日とともに迎えに来るのはやめてもらいたい。

そのおかげで、ザッ……ザッと草を踏む音と、変わらない景色は脳には刺激が足りず思わずふぁ~……と欠伸が漏れてしまう。


「あのねぇ……さっきから欠伸ばかり。ユウトには緊張感がないの? き・ん・ちょ・う・か・ん!」


それが赤い髪の持ち主──アルシャの気に障ったのか、くるりと俺のほうに向き、言葉を強調させながら一歩ずつ詰め寄った。

長いマツゲの奥にある赤い瞳とばっちり目が合うと俺のハートもノックアウト寸前。


危ない危ない。俺が男子中学生だったらうっかり惚れちゃって告白とかしてフラれてたよ。フラれちゃうのかよ。


だが、こうして注意してくれる辺りもやはり世話焼きだ。オカン級だな。


「はいはい分かったよお母さん」

「はいは一回でしょ……って誰がお母さんよ!」


オカン……じゃなく、アルシャは続ける。


「もぅ……ていうかそんなに退屈ならあなたの実力でも教えてほしいんだけど」

「実力……そうだな。素手でドラゴンと渡り合えるとかか?」

「はぁ? そんな人間いるわけないじゃない。ドラゴンを見たら、生き残るためには神に祈るしかないって知ってる? まず勝てる相手じゃないのよ」


どうやら、ドラゴンが強いというのはどこの世界でも一緒のようだ。

確かに、鱗は固いし魔法使うし空飛ぶしでめんどくさい相手ではあるが、慣れてしまえば大した事はなかった。


「まぁ、あなたの馬鹿さ加減は分かったわ……質問を変えるわ」


アルシャはあきれたように溜息を吐き、自分の腰に付けた剣を抜く。

まさか、次信じられないことを言ったら斬り捨てられちゃうのかしら。


「あなた、剣は使える?」


そう言って見せるのは波紋が炎のように波打っている両刃刀。

ソードと言えば伝わるだろうか。

異世界と言ったらこの剣! ってかんじだな。

しかしながら俺は扱かったことがない。

というのも、『やっぱ武器は刀だな!』という謎のこだわりのせいで、日本刀のような片刃刀しか使ってこなかったのだ。


仲間の一人──サクヤが、刀研ぎの名人でもあり刀の達人でもあったためよく稽古してもらった。

というわけでアルシャの質問に対する答えはNOである。


「いや、使ったことないな」

「そっか。じゃあ、魔法は? 初級魔法なら使える?」


初級魔法というのは、火・水・土・風の4種類のうちから一つの属性を選び、野球ボールくらいの大きさの弾で飛ばすというもので、魔法を使うのなら真っ先に覚えなければならない魔法である。

それは俺も例に漏れない。


少し話がそれるが、魔法には適正というものがある。

火の魔法が使えたら、水魔法は苦手という風に。

しかし、初級魔法なら全種類使える魔法使いは数多く存在している。


要するに簡単なのだ。

俺も全属性使える。てか、上級魔法も問題なく全属性使える。

問題なのは威力のほうだ。


初級魔法の威力は先ほども述べたように『野球ボールくらい』なのだが、いくら初級魔法の詠唱をしようとも俺から放たれるのは『クレーンにつるされた鉄球』くらいの大きさになってしまうのだ。

これでは初級魔法とは言えない。

よってこの答えもNOだ。


「いや、使えないな」

「そ、そうなのね。じゃ、体術! 何かの大会で優勝とかない?」

「あ、それならあるぞ。俺一人しかエントリーしてなくて強制的に優勝した」


そうなのだ。

大会エントリーを済ませようと受付に行ったら『お、おい。あいつって』『嘘だろ……もう優勝は決まったもんじゃないか!』『お、俺エントリーやめてくる! 命のほうが大事だ!』

俺も俺もと数は減っていき、しまいには俺一人だけエントリーした状態だったことがある。

そのあと、主催者側は観客にチケット代を返し、加えて俺に優勝賞金を払ったことで倒産したらしい。


「なんなのよその大会……そんなんじゃ実力なんてわからないわ……」

「戦ってないんだからな」

「はぁ~……もういいわ。あなたには基礎から教えてあげる」

「あ、ありがとう?」


別に必要ないがせっかくの厚意なのだ。ありがたく受け取っておこう。


「実戦で見せたほうが早いかしら。そうねぇ……あ、ちょうどいいのがいるわ」


アルシャの指さす方向を見てみる。

そこには牛より一回りほど大きく、象のような牙を持つ大きな豚──“ビックポーク”がいた。

属性てんこ盛りである。

気性は穏やかでこちらから攻撃をしない限り襲ってこない、魔物というよりも動物に近い生き物だ。

ちなみに、滅茶苦茶うまい。

ふごふごと鼻をひくつかせながら草を食べているこの姿に、『愛らしい』という人もしばしば。


「じゃ、よく見ててね?」


アルシャは近くにあった小石を三つ拾って、そのうちの一つをビックポークに投げつけた。

距離にして50メートルくらいか。


──フゴー!


ピュンっ! と風を切り裂いて進んだ小石は見事ヒット。

ビックポークの敵意を引き出すには充分な威力である。


敵意むき出しのビックポークは、ドドドと四足の短い脚をちまちま動かしてアルシャに突っ込んでくる。


それを確認したアルシャは俺から距離をとり、戦闘態勢に入った。


「まず最初にやるのは相手の動きを観察することよ。相手の移動方向、スピード、大きさ……それらを観察するの。そして──」


そう言い残し──


「最小の動きで躱す」


アルシャは舞った。


──フゴッ!?


おぉ……なかなかいい動きだ。


俺はビックポークを、体を丸めて回転しながら飛び越えるアルシャに見とれていた。

回転するたび尾を引く赤い髪は彼女の存在を引き立てる。

さすがA級だな。動きに無駄がない。

闘牛士ならぬ闘豚士だな。


「躱した後は相手の背中も取れるから攻撃につなげられるわ」


4メートル程のビックポークを跳躍だけで躱したアイシャは、空中で体制を立て直すと持っていた石を一つ投げて背中に当てる。


──フゴゴゴゴ!


ビックポークはかなりお怒りのようだ。

確かにこんな舐められた戦いをされたら怒るだろうな。

しかし、ビックポークには突進攻撃しか出来ない。

着地したアルシャに向かって突っ込んでくる。


「戦いには常に余裕を持つことよ。じゃないと体が緊張していい動きができないから」


だから怒りに任せた突進なんてぜったいしちゃダメ。と付け加え、アルシャは最後の小石を天に投げたあと手をビックポークに向ける。


「我に火の力を──“ファイアーボール!”」


初級魔法のファイアーボールだ。


──フゴッ!? フゴゴゴゴ!


いきなり目の前に現れた火の玉に動物ながらの本能でどうにか当たらないように急ブレーキをかける。

しかし、相手の反撃など考えてなかったのか地面をえぐりながら止まろうとするもスピードは落ちない。

このままだったら直撃だ。


「あと、魔法を鍛えればこんなことだって出来るのよ?」


アルシャはかざした腕をブンっと振り下ろす。

すると、既に手から放たれたファイアーボールが軌道を変えたのだ。


遠距離魔力操作か。なかなか器用なことをするなぁ。


軌道を変えたファイアーボールはビックポークの足元に落下する。


──……フゴ……フゴゴ……。


ギリギリのところで地面に落ちたファイアーボール。

もう少し前に行けば、美味しい豚足の出来上がりだっただろう。


ビックポークは危機一髪の状態で理性を取り戻したのか放心状態。

するとそこにアルシャの投げた小石が降ってくる。


コツンとヒットした小石。


──フゴー! フゴー!


それがビックポークの思考回路スイッチをONしたのだろう。

コイツには勝てないと悟ったのか一目散に逃げて行ってしまった。


「どう? わかったかしら」

「んー。まぁ、綺麗な戦い方だった」

「ふふ。それ褒めてるの?」


汗一つ流さず息切れもない。

お手本のような無駄のない戦い方だ。

何より動じない心。それは流石というところだな。


「まぁユウトにはまだ早いと思うけど、いつか絶対強くなれるわ!」

「だといいけどな」

「なれるわよ! ならせてみせるわ! とりあえず今は依頼を達成しましょうか」


短い会話を交わし草原をあとにする。

少し寄り道もあったが俺たちはオーク討伐依頼を再開した。

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