無色の冒険者
「おぉ。綺麗なところだな」
ゴブリン襲撃以降とくに問題もなく街に入った俺は、感嘆の声とともに歩いていた。
最初の転生で見た時は、このレンガ造りの家や木の箱に入れられて並んでいる鮮やかな果実に感激を覚えたのだが、今となっては中世ヨーロッパを思い浮かべるこの街並みが故郷のように思える。
しばらく歩いていると市場通りに抜け出た。
お昼すぎくらいだからか、あちらこちらから活気づいた客を呼ぶ声や、鼻をくすぐるいい匂い……。
「あっつあつの肉串いかがですかぁ!」
「家自慢のふわとろオムライス! 食べて行ってください!」
うぅ……食べたい。
口に入れた瞬間、溢れる肉汁と熱々の湯気が広がり、ブラックペッパーがきいた味付けと炭火焼きならではのレバーがかった肉の味……。
そんなことを考えているとついつい腹の虫が鳴いてしまう。
「そういや、昨日からなんにも食べてなかった」
魔王をワンパンで倒したにせよ、一応人間族と魔族の大戦争だったのだ。
雑魚だったといえど数が多い魔族をフルボッコにするにはそれなりの時間を費やした。
「ママー! ボク、オムライス食べたい!」
ふわとろと唄っているくらいだ。
半熟卵がケチャップライスを赤子のように包み、味の主張は控えめに……されど影から支えるような存在感が口に含んだ瞬間……。
もう考えないでおこう。
「はぁ~……一度目の転生の時もこんなんだったよなぁ。お金も無いし武器もない……それに文字さえも読めないんで軽く泣いちゃったもんなぁ」
そんな過去と空腹で虚しくなりホロりと泣いてしまう。
前世の余りある財産と名声……そんなものはこの世界では通用しない。
文字や歴史も一から勉強し直しだし、この世界で生きていくには職も必要だろう。
さすれば──
「……働くかぁ」
自然とそういう結論にたどり着く。
やだなぁ。剣と魔法の世界なのに、結局は働かないといけないなんて夢も希望もないなぁ……。
グーと腹の虫が返事したのをきっかけに立ち上がる。
目指す先は決まっていた。
──────
ギルド──聞いたことくらいあるだろう。
冒険者と呼ばれる職業につくためには、各町、各国に設置された“ギルド”と呼ばれる組合に所属しなければならない。
割と大きな街だ。依頼の難易度次第じゃ一気に大きな報酬も貰えるだろう。
学や経歴がない俺が大金を得るにはありがたい話である。
というわけで、人伝に聞きながら歩くこと数分。目的の場所まで辿り着いた。
言葉が通じたのは幸いだったな。
「ふむ。なかなか立派なところじゃないか」
木造二階建ての建物と石で作られた大きな門に鉄の柵。
ホテルか学校のような大きさの建物に、金の匂いをビンビンに感じる。
ならば早速、この宝箱を開けるとしよう。
──ギー……
「……………………」
あぁ。やはりそうなるよな。
入った瞬間感じる俺のことを探るような視線。
先程まで酒を片手に談笑でもしていたのだろう。
しかし、今じゃ言葉を発するのもはばかれるピリッとした空気が肌を刺す。
予想通りちゃ予想通りだが、強面の男達から向けられる視線は気持ちいいものではない。
コツ……コツと、俺が歩く音がシーンとしたギルド内の中に響く。
この視線を向ける理由は二種類ある。
一つは、冒険者になれる器かどうか見極めるため。こんな男達の視線ごときから逃げ出したり足がすくんでしまえば、命懸けの冒険者になんてなれはしない。
もう一つは、依頼の必死度を見極めるため。
そもそも依頼を出す場合、市役所の方に行くのがほとんどだ。
依頼の内容に合った報酬かどうかを市役所は見極めギルドに発行するという流れが普通だ。
だが、例外としてギルドに直接依頼する場合がある。
利点としては、市役所を通さない分早く依頼が発行できるかもしれないということだな。
早急に解決してほしい問題がある場合は直接ギルドに出向き、依頼を受けてくれる冒険者を自分で探すのだが、こんな視線に耐えなければならないことと、引き受けてくれる冒険者がいなかった場合返って時間を失ってしてしまうというリスクもある。
まぁ、どちらも共通して言えるのは逃げ出すと“所詮その程度”と言われて終わるということだな。
さて、そんな説明をしているうちに、あっという間に受付に着いてしまった。
「ご要件はなんでしょうか?」
青みがかったら髪をサラリとなびかせてニコぉと笑うその女性の姿は、この冷たく張った空気を払拭するような暖かなもの。
ついでにお胸もパンパンに張った素晴らしいものだったので、俺の心も暖かくなる。
視線に耐えながらここまで来たことに対する御褒美なのだろうか。
ユウトは、思わず目を奪われたことを誤魔化すように1度咳払いをして本題に入る。
「えっと……冒険者になりたいんですが」
「あ、入団を希望ですね? 了解しました。でしたら……よいしょ……こちらの水晶玉に魔力を流してくださいますか?」
ふむ。前回と同じだ。
占い師が使うような大きな水晶玉に魔力を流すと、“適性あり”の場合青色、“適正なし”の場合赤色に光る。
この適正というのは冒険者になるため一定基準の魔力を所持しているかどうかというもので、当然赤色ならば入団できない。
青色はその逆で即入団。
それとともに冒険者のランクが割り当てられる。青色の次に黄金に光ればS級、銀色に光ればA級……というよにな。
てな説明を女性から一通り聞いて始める。
気が付けば、俺の周りにはゾロゾロとギルドメンバーが立っていた。
ふふふ。驚く顔が目に浮かぶわ!
“なに!? いきなり金色!”
“な、なんだってー!”
というお約束の展開を一回目の時味わったユウトは、その時のことを思い出して笑ってしまいそうになる。
さっきまで睨みつけられた奴らが驚いた表情を浮かべるとスッキリするからな。
どれ。ここは一つ本気を出すとしよう。
俺は片手を水晶玉に載せて魔力を流し込む。やり方としては呼吸とおなじ。
慣れれば、ただ魔力を流すことなんて生活の一部として扱うことが出来る。
「はぁー!」
気合を込めた声に比例するように、水晶は“ピカー!”と光り出す。
魔力が流れたという証拠だ。
よしよしいいぞ!
だがしかぁし! 俺はまだ止めん!!
ていうか、俺はまだ本気出してないぞ?
正直、準備体操の段階だ。それも、屈伸とかじゃなく、手をグーパーさせた程度の寝転がってもできる楽な段階。
それでもその光は段々と増していき、終いには雷のような強烈な光がギルドを照らしたのだ。
「で、でました!!」
想定以上に光を放ち、俺のことを囲っていた全員が目を閉じていた中、いち早くその知らせをしたのは受付のお姉さん。
その声に“え? 嘘。全然流してないんだけども?”と不服ながら反射的に魔力を流すのをやめる。
「な、なんだこれ……」
見るとそこにあったのは……先ほどと変化していない水晶玉。
色? 私は無色透明を貫くわ! と言わんばかりの、なにも変化していない水晶玉がそこにあった。
魔力を検知する水晶の色が変わらない。
その出来事にギャラリーがガヤガヤとざわめき出す。
「え……えーと……もう1度お願いできますか?」
ちゃんと測れなかったのか? もう1度試してみる──が、されど変化は見られない。
「困りましたね……こう言ったことは初めてなんですが……そもそも、あなたから魔力を感じないんですよね。ちゃんと流してますか?」
「流してますよ! ちゃんと光ってたじゃないですか」
「そ、そうですよね。うーん……」
受付のお姉さんは困ったように顎に手を当てて考えている。
……ん? ちょっとまて、さっきなんて言った。
「あの、さっき俺から魔力を感じないって言いました?」
「へ? えぇ。言いましたよ? 私だけじゃなくて、他の皆さんも感じてないですよね?」
オロオロと胸の前で手をあたふたさせながら尋ねるお姉さんに、ウンウンと頷く男達。
そんな馬鹿な。魔法はさっきちゃんと使えたんだぞ? 魔力がなきゃ重力魔法なんて高度な技出来るわけない。
「この場合どうなるんだ?」
「しらねぇよ。魔力を流してねぇってことはないだろうから……水晶の故障か?」
「いやいや、天然の水晶が故障って……」
魔法は確かに使えた。ゴブリンに襲われたことと関係があるのか? というか、俺に魔力の反応がないだと?
……どうなってるんだ。
しばらくウーンと悩む女性と、それに釣られて悩む男達。
すると女性は俺の隣にいた男性を手招きした。
「すみませんが、ちょっと魔力を流してくださいませんか?」
「あ、あぁ」
男性が魔力を流し始めると磨りガラスから見た電球のような光を水晶が放ち、しばらく待っていると段々と弱まっていく。
「出ました。うーん……青色……次は黄色ですね」
黄色……つまりC級だな。
「うーん……これで水晶の不具合ということではないということですね」
「確かに俺はC級だ! まちがいねぇ!」
またもその事実にガヤガヤしだす。
しかし、受付の女性はなにか踏ん切りがついたのか大きく頷き、ガタリと席を立つ。
「えー皆さんも見ていたと思うのですが、あの光の量から見て入団は認められるものだと思います。それに加え、視線に耐えられる度胸もお持ちです。ですが……級がわからない分勝手な判断は出来ません。なので貴方は一番下……つまりF級から始めて頂きたいのです」
どよめくギルド内。
「F級なんて初級魔法すらろくに使えない……言わばギルドの雑用係だろ?」
マジで!? そんな事実があったなんて知らなかったぞ? ……いや待て、そういや前のギルドでも皿洗いとか酒を買ってきたりしてた奴がいたな。あれがF級のやる事だとしたら……。
「いやいや! ちょっと待ってくださいよ! せめてC級位にしてください!」
「うーん……そういう訳にも……。納得されないのでしたら隣町にあるギルドを紹介するのでそちらに……」
「……ここで冒険者にならせてください」
「あ、あはは。……すみません」
隣町までどれ位の距離があるかどうか分からないが、ギュルルとなる腹が気力を奪っていく。
ま、まぁ昇級すればいい事だし、背に腹は変えられないよな……。
パチ……パチと、途切れ途切れになる拍手の中、俺の乾いた笑いがやけに大きく響いた気がした。
こうして俺は“無色のF級”となったのである。