空から舞い降りし男
冷水をぶっかけられたと思える肌を刺す急激な寒気と、パタパタとはためく服の丈の音で目が覚めた。
正直言って最悪の目覚めである。
──しかし、このままだったら永遠の眠りに付かなければならない。
「うそだろぉぉぉぉ!!」
景色は下から上にものすごい速度で流れていく。
そりゃそうだ。
俺が上から下に落下しているのだから。
ここは上空。
何メートルかはよくわからないが、少なくとも人間がノー命綱でフライして良い場所ではない。
「あの女神!」
思えば一度目の転生の時もひどかった。
なんたって活火山の中腹で目覚めたのだからな。
起きた瞬間から流れてくるマグマとデスレースした転生者なんて俺くらいだろう。
そんな経験があったからか、死闘をくぐり抜けたからか、今回の俺は早急に頭の切り替えが出来た。
舌打ちを一つすると両手を羽のように横に開く。
今から使うのは重力制御。
簡単に言えば空中に自分の体を固定する魔法だ。
「今度会ったら絶対に泣かす!」
異世界に来て初めての目標を掲げ、発動させる魔法のイメージをする。
普通は詠唱を唱えるために時間を費やすのだろうが、こんな使い慣れた魔法なんかに詠唱などいらない。
俺は地面に向けて両手を突き出し、魔法を発動させる。
すると、体はググっと急ブレーキをかけたように一定速度まで落ち、そこから慣性移動のようにスピードは減少していく。
そして数秒後なんの問題もなく俺は空中に浮遊。
そこでようやく深い安堵の息を吐けるのであった。
「……あ、あせった」
先ほど切り替えができたとか言ったが、あんなのは気休めだ。
寝起きにスカイダイビングとかどこのクレージー動画職人だよ。
「しかしまぁ、この世界でも魔法は問題なく使えるようだな」
いきなりクライマックス的展開であったが、ようやく地面に降り立つ。
大地の素晴らしさと、若干の浮遊感、それにここから新しい人生が始まることにワクワクしながら。
「とりあえず、町だか村だかを探すか」
ユウトは軽く伸びやら屈伸やらをし、自分の体がこの世界にも適合しているかを確かめて歩き出した。
しかしまだ気がついていない。
ユウトが降り立った地点、そこは何者かによって押しつぶされたかのような巨大なクレートになっている事を。
それこそ、上空から重力魔法でも使ったかのような真新しいものだということに。
──────
ユウトは震えていた。
「嘘だろ」
本日2度目の信じられないことが目の前で起こっていたからだ。
──ゴガガガガ。
人間の膝くらいの身長しかない全身緑色の小さな生物。
手には自分たちで作ったのか、木の棍棒を持っており醜悪な笑顔を浮かべ振り回していた。
その生物の名は──ゴブリン。
異世界ではお馴染み、低級の魔物だ。
そんなゴブリンが、今にも襲いかかってきそうに俺のことを取り囲む。
数は3匹。
「おいおい! マジかよ! 俺、ゴブリンに囲まれてる!!」
ゴブリンとは元々臆病な性格だ。
自分より強い生物なんか絶対に襲ったりしない。
──ゴガ? ゴガッガッガ!
俺の急激なテンションの増加を不思議に思ったゴブリンであったが、いずれ来る死に頭が可笑しくなったと判断し高らかに笑う。
俺は震えていた。
もちろん恐怖などではない。
あまりの嬉しくさに震えたのだ。
『異世界』というと剣と魔法なんかを使ってド派手に戦闘! というイメージを持った人が多いと思う。実際俺もそうだった。
しかし、女神から貰った力はあまりにも強大で人や魔族──つまり、魔王率いる軍隊なんかに使うと数秒で肉塊になってしまう。
そうしてしまうと救ったはずの村人にまで恐怖の目で見られてしまうから普段は力をセーブして戦っていた。
しかし、人だろうが魔族だろうが見境なく襲う魔物はその例にならなかった。
モラル的な問題だろうか、倒せば倒すほど感謝されたのだ。
普段セーブしている力を存分に発揮できる相手。それこそ魔物。
だが、いつからか魔物は俺だけ襲わなくなった。
仲間の一人に聞いたのだが、『ユウトのとてつもない魔力で魔物達は本能的に死を感じているのだにゃ。襲ったら殺されることなんて考えんでも分かるにゃ』とのことで、ゴブリン、ゴーレム……果てはドラゴンに至るまで全てに逃げられてきた。
──俺だけハブられたら気分だ。
されどそれは過去の話!
「おい、ゴブリン共! 一応言っておくが俺は手加減なんかしないからな? いいな!?」
──ゴガァ? ゴガガガガ!!!
よしよし。警告もしたし、これでも襲ってこようとしているのだから正当防衛だよな。
しかし、なんでいきなり襲ってくるのだろうか。
魔法は問題なく使えるから俺の魔力が下がったわけではないだろうし……もしや、このゴブリン超強いのか?
──ゴガッ!
考えるのはあとだ。
戦闘はすでに始まっている。
まず向かってきたのは目の前にいたゴブリン。
1m程の跳躍で俺の頭めがけて棍棒を振り下ろす。
それを左足を右足方面に寄せることで躱し、ガラガラのボディにむけて反射的に膝蹴りをくれてやった。
ゴブリンは空高く飛んでいく。
「……あれ?」
仲間がやられたことに激怒したのか両サイドで余裕そうに見ていたゴブリン達も戦闘を開始。
1匹は頭、1匹は足元に狙いを定めて棍棒をスイング来てくる。
来るのだが……拍子抜けするほど遅い。
いや、遅くはないのだが警戒していた割に普通のスピードに驚きを隠せないのだ。
俺は振り下ろされた棍棒を片手と、踏みつけでバキバキに砕き、あいた片手でひょいと足元のゴブリンを掴んで空中のゴブリンにぶつける。
痛そうに頭を抑えるゴブリン。
それに加え、丁度空中から落ちてきたゴブリン達は互いに顔を見合わせ、──ゴガ……ゴガガとないた。
こいつ……強い!
みたいな反応だがイヤイヤ待ってくれよ。
俺は魔法どころか攻撃らしい攻撃なんてしていないぞ!
「あ、あのぉ。まだ戦いますよね?」
──ゴガガ! ゴガガガガ……ゴガガァァァ~!
やばい! あいつまだ戦うつもりだ……逃げろぉぉぉ!
みたいな言葉を残してゴブリンたちは逃げて行ってしまった。
てか、なんでこんなに言葉がわかるんだよ。
あれかな? 思いが強ければ言語なんて関係ないってことかな。
「…………行くか」
分厚い袋とじなのに中身が『応募者全員サービス!』みたいなガッカリ戦闘に不満を残しながらとぼとぼと歩き始める。
町はもうすぐだ。