別れ
「うぉぉぉ!!」
遥か上空、ユウトの声が空気を裂き後ろに流れていく。
『はっはっは! どうだ! ドラゴンの背中に乗った感想は』
「すごいな! めっちゃ速い!」
ジェットコースターに乗ったような、自分で飛んでいる時と全く違った感覚。
風の影響を受けない巨体のおかげでぐんぐんスピードが上がっていくことに、ユウトの興奮は最高潮に突入していた。
『それは良かった。で、お前が来た方角はこっちでいいのか?』
「うーん……。多分あってると思うけど……。何分暗かったからな」
ユウトはドラゴンの背中から下を除く。
まだ霧がかっているが、恐らく飛んできた場所であろう。
ユウトが眠りから目覚めたのは今から10分前のこと。
睡眠時間約2時間で仕事開始のブラック企業でも、ロッテのためなら眠気も吹っ飛ぶってもんだ。
みたいなことをドラゴンに話したら、もっとお前と話したいなんて言うもんだから、せっかくだし背中に乗せてもらうことにした。
『自分の来た町の名前も知らぬとは困ったものだな。なにか特徴とかないのか?』
「そうだなぁ……。美味いビックポークの肉を出す店があると言うくらいしか」
『む? それは“リーズス”という店ではないか?』
「リーズス……」
当然ながらその名前にピンと来ていない。
『この方角からして間違いない。ユウト、お前は“始まりの街──アスカトラ”から来たんだな。ほら、見てみろ』
ユウトは言われて進行方向に視線を移す。
まだまだ先ではあるが、見慣れた木造の建物がある。
あれは俺が所属するギルドだ。
「おぉ! そうだそうだ。でもよくわかったな」
『うむ。リーズスの肉は最高に美味いからな』
ドラゴンは味でも思い出したのか、ジュルルとヨダレを吸い、ごくんと喉を鳴らす。
しかし、このサイズの客なんてどうやってもてなすのだろうか。
そんなことを考えているうちに、ドラゴンは俺がグリフォンと戦った森に降り立った。
『何分この姿でこれ以上近づくのは目立つのでな。済まないがここからは歩いていってくれ』
「いや、むしろここまで送ってくれてありがとう。それにしても本当に良かったのか? 爪やだけじゃなく、牙や鱗まで貰っちゃって」
『なに、ちょうど生え変わりの時期だったからな。構わんさ。それに……お、お前には我の全てを貰う権利がある! って何を言わせるか! 恥ずかしいではないか』
「お、おう」
いや、おっさんが何恥ずかしがっちゃってるんだよ。
いたたまれなくなっちゃうだろうが。
「あ、そうだ。これ」
『これは……』
俺はドラゴンの背中から降りて、真正面に立つと、人間の指のサイズでちょうどくらいのリングを取り出した。
「いや、ほんの気持ちだよ。ほら、角……折っちゃっただろ? だから折れた剣と、使わなかったポーションで作ってみたんだ。生憎、“物質成形魔法”が苦手なもんでこのサイズしか作れなかったけど、手に持っとくだけでも傷の治りは早くなるだろうからさ」
『回復効果の付いた指輪のエンチャントなど、国宝級の代物だろうに……』
ドラゴンはそう言って呆れながらもどこか嬉しそうに、手のひらに乗る砂粒のような小さい指輪を見つめる。
「俺の知り合いのやつなら、この手の指輪なんて片手間に作るんだけどな」
前世の仲間のカイムのことを思い浮かべる。
彼の手先の器用さはまさに神の域で、折れた剣をものの数秒で元の形に戻すことが出来るほど物質成形魔法を得意とする。
だが、器用ではあるのだが、動物や魔物の皮をはいだり料理をするなど、自分の気分が乗らない時は普段の器用さの真逆。
どんなドジっ子にも負けないほどの不器用な人物だ。
『それは是非とも会ってみたいものだな』
「そうだな……俺ももう一度会いたいな。さて、俺はそろそろ行くよ」
『そうか……。短い時間であったが、我の人生の中で一番楽しい時間であった』
「ただ戦っただけだけどな」
『それでも楽しかったのだ』
「そうか」
『そうだ』
一人と一匹は静かに笑いあった。
そして、ユウトはじゃあなと手を振り歩き出す。
小さな一人の少女の願いを叶えるために。