ユウトの強さ
不思議と痛みはなかった。
一撃でトドメをさせてくれたのだろう。
あんなにも膨大な魔力を持っていたのだ。
それくらい造作もない……か。
死ぬなど考えても見なかった。
さて、死後の世界とは一体どのようなところだろう。
恐怖はない。
むしろ死後の世界というものに好奇心を寄せている自分に、僅かばかり驚きを覚え、ゆっくりと目を開く。
眩しい……。
それが初めての感想だった。
暖かな明るさと言うよりも強烈な光。
ドラゴンは眩む目を何度か瞬かせ、辺りを見渡す。
『…………』
いや、見渡したと言うと語弊があるな。
たしかに見渡そうとした。
しかし、バチバチと音を立てて光るS級魔法──サンダルフォンが目の前にあると、見渡す場合でないことは明白である。
「お、あったあった」
ましてや、その一国をも破壊できるような魔法をライト替わりに地面に這いつくばって何かを探している人間なんぞ、一体なんの冗談だというのだろうか。
「はぁ……あんな硬かった爪が粉々……あの尻尾に鉄でも仕込んでるんじゃないか」
『……いや、ただの筋肉なのだが』
我は思わず声を出した。
すんなりと声が出たのも驚きである。
「おぉ。起きたのか」
『……いや起きとるわ……永遠の眠りについたことには変わらんがな。それより何故お前がここにいる。何をしているんだ?』
「何をしてるって、お前が馬鹿みたいな威力でぶっ飛ばした爪の欠片を拾ってるんだよ」
我の問いかけに、ユウトは立ち上がるとサンダルフォンを消して責めるように我に近づく。
『いや……我が言っているのは、なぜ死後の世界にユウトがいるのだということだ。S級魔法の使いすぎでお前も死んだのか?』
だが、我からの返答にユウトの怒りは呆れに変わった。
「何言ってるんだ?」
その目に一切の敵意がない事がなんとも馬鹿にされているようで腹立たしい。
だが、ユウトの立場になったらそれも当然か。
『…………?』
「お前が死んでないからだよ」
『……我が……死んでない?』
「いやいや、なんで死んだと思ったんだよ」
『何を言う。戦いに負けたものは死ぬ。それがこの世界のルールではないか』
少なくとも我はそう思って数千年生きてきた。
「確かにそうかもしれないが、俺は戦いに来たんじゃないぞ? 最初に説明しただろ?」
そう言ってユウトは自分の頭をチョンチョンと指さす。
その行動の意味は、自分の頭をさすることで理解した。
自分の角が折れているということに。
確かユウトは言った。“その角を俺にくれないか”と。
つまりは最初から我の命など狙っていなかったということか。
『……なるほどな。我は殺す気でお前と戦っていたからすっかり“殺し合い”をしておったわ。ふっ……あれがお前の本気でないなら、本気のお前というのは全く……どんな化け物だろうな』
「化け物って……俺はいつまで経っても普通の人間だよ」
『そうか……ははっ負けたよ。完敗ってやつだ。ユウト、お前は強者だ』
清々しい……。
誇り高きドラゴンである我が、人間に頭を下げる時が来るとはな。
生きているといいこともあるもんだ。
「いや、別に頭を下げることでもないんだけどな。ていうか、もうちょっと早く認めてくれてたら粉々になった爪を土まみれにならずに探せるんだけどな」
そう言うとユウトは笑った。
「さて、“サンダルフォン”」
『S級魔法を無詠唱か……もう何も驚かんわ』
バチバチと音を立て、またも雷の手が天から降りてくる。
相も変わらず神々しい。
「どこだぁ……?」
『ははっ。ドラゴンに勝った人間とは思えん姿だな』
「そう思うならお前も探してくれよ」
『爪をか? 爪ならここにあるではないか』
「ん? どこだ?」
ドラゴンは右手の爪を噛み砕き、ユウトの目の前に置いた。
『ほれ。爪だ』
「……いいのか? そんな簡単に2本目をもらっちゃって」
『ドラゴンに強者と認められると言うことがまず難しいのだ。簡単なことではないぞ』
「なるほど。確かにそりゃ一苦労だわな。しっかし、ドラゴンの素材って爪と角だけでいいのか?」
『ん? ユウトは金儲けのために来たのではないのか?』
「確かにお金は全く持って無いが、今回来たのは別の目的だ」
『ふむ。聞かせてくれぬか? 我にできることなら手伝うぞ』
「ほんとか? それは助かるな。それじゃあ……まず、ロッテっていう子の話からしないとな」
俺はドラゴンにこのグレバス山まで来た目的を話した。
──────
────
──
「って訳だ」
『……まさか、登るのに数年かかるグレバス山に、そんな軽装で来るとはな。お前はあれか? 馬鹿なのか? 馬鹿なのだな?』
「いや馬鹿じゃないわ! ちゃんとポーションも買ってきたし!」
『……馬鹿だ』
今度はドラゴンがユウトに哀れみの目を向ける。
仕方ないのだ。F級の冒険者にはポーションを買うのでさえ少し躊躇うのだ。そこそこ高いのだ。1本お中元くらいの値段がするのだ。
「…………」
『だが……自分のためではなく、他人のために自分の命をかけるとはな……。しかも子供とはいえ亜人族。やはりただの人間ではないな』
ドラゴンは暖かい笑をこぼす。
「なぁ、なんであんなに亜人族ってその、嫌われてるんだ?」
『ん? 知らないのか? ドラゴンである我でさえも知っているぞ』
そう言うとドラゴンは話し始めた。
俺は黙って聞いている。
しかし、聞けば聞くほどよくある話だった。
結論から言おう。
“人間とは違う種族だ。だから差別する”
それが人間族の考えだった。
太っているから、背が高いから、可愛いから、不細工だから……まったく、どの世界でも同じだな。
『だが、ユウトほどの実力があればその依頼など簡単なのではないか?』
「受けれさえすればな。だけど説明した通りS級の依頼なんだよ」
『それだ。我は未だに信じられん。なぜS級の魔法を使う冒険者がF級なのだ。魔力量はS級以上だと思うのだが』
「……それ、本気で言ってるのか?」
『本気も何も、タスカ、アクセル、おまけにはS級魔法でさえも無詠唱で使い、並列魔法も使える冒険者など、S級以上の実力があると思うのが普通なのだが……』
いったいどういうことだ。
なんで、聞く人によって俺の魔力量がバラバラなんだ。
カーナさんは俺から魔力を全く感じないと言い、アルシャはB級クラス、ドラゴンはS級クラスの魔力量があると言う。
全員嘘を言っているのには思えないが……。
「確かにそうだよな……んー。なんで皆バラバラのことを言うんだろうか」
『なんの事だ?』
「魔力量だよ魔力量。全く感じないって言われた人間が、ドラゴンからはS級だとか言われてるんだぞ?」
『ふむ……考えられるのは、そのカーナとかいう人間にはお前の魔力量を正しく測りきれなかったということだろうな』
「どういうことだ?」
『例えば、ユウトには“早すぎてゆっくりに見える”という現象を味わったことがあるか?』
それはある。
扇風機の羽とかそうだな。
動体視力がいい人とかは正確に羽の枚数を数えられるのだろうか。
「それがどうしたんだ?」
『まぁつまりは、“お前の魔力が高すぎて、人間には低く感じられた”ってところだろうな』
「……は?」
『鑑定系の能力が高い者、魔法操作が上手い者、そういった者達はユウトの魔力量をより正確に理解出来るはずだ。ユウトの話から聞くと、アルシャというものは魔法のセンスがいいのだろうな』
まぁ、我ほどでもないがな。
ドラゴンはそう付け足した。
ドラゴンの話を信じると、カーナさんはそのどれもには当てはまらなかったというわけか。
ってことは、魔力を下げることでカーナさんでも魔力を感じられるのだろうか。
確かに言われてみればしたことなかったな。
しっかし、魔力を下げるなど普通しないぞ。
俺は試しに魔力を下げてみた。
すると──
『なっ!?』
ドラゴンが小さなうめき声をあげると、ガタガタと震え出した。
歯はガチガチと音を鳴らし、なんなら半泣き状態。
その姿に驚いた俺はすぐさま魔力を元に戻す。
「ど、どうしたんだよ」
『はぁ……はぁ……ユウト……一体何をしたって言うんだ』
「なにって……お前の話が正しいのなら、魔力を下げたら他の人も俺の魔力量をわかってもらえると思って」
『下げた……? 嘘だろ? 上げたのでは無く』
「そ、そうだけど……」
『我でさえもお前の魔力量を測りきることは出来ないということか……』
ドラゴンが感じたのは、先程までの戦いでは味わえなかった純粋なる“死”というもの。
数千もの刃物が自分の首筋に向かい、切込みの入った縄に括られた巨大な岩がキシキシと頭上で音を立て、グツグツと煮えたぎる溶岩の上に、身動きひとつ取れば崩れ去るであろう薄い氷の上に立っている。
そんな感覚。
殺気というものだろうか。
ユウトに負けるまで、世界最強と称されていたドラゴンでさえこの恐怖。
普通の人間ならとても耐えられるものでは無い。
ユウトの魔力を理解できる者などこの世界にいるのだろうか。
『ユウト。我でさえもこうなるのだ。人間にお前の魔力を理解させるのは難しいだろうな』
「そうみたいだな」
『まぁお前ほどの実力があればS級の冒険者になることなど造作もないはずだ。その武闘会とやらに参加してさっさとランクを上げることだな』
ユウトは目に見えて残念そうな表情をする。
これが女神アナトから貰った力。
二度目の転生により、一度目の異世界の2倍の魔力が今のユウトの力である。
つまりはハンパないってことだ。
「そうするしかないみたいだな。ま、結局は当初の目的通りだから別にいいけどさ」
ユウトはそう言ってドラゴンからもらった2個目の爪をタスカにしまった。
「じゃあ俺はそろそろ帰るよ」
『今日くらいは休んだらどうだ? 体力が万全でないと頭が回らんぞ?』
「……そう言われたら、流石に眠たくなってきたな」
今日一日の疲れがようやくユウトの体を襲う。
朝からオーク、グリフォン、さらには世界最強のドラゴンと戦ったのだ。
いつぶっ倒れてもおかしくはない。
『良ければ我の寝床でも使うか?』
「ほんとか? 寝てる時間ももったいないが、確かにいざって時に睡眠不足で判断を見誤るかもしれないしな。お言葉に甘えさせてもらおうかな」
『よし。そうと決まれば戻るとするか。少しばかり人間にも食べられる果物などもあるから好きなだけ食べるといい』
ドラゴンはそう言うと、俺の首根っこをヒョイっとつかみ背中に乗っけてくれた。
ゴツゴツとした硬い鱗であるが、なんというか俺の体にフィットしている。
「いいのか? 背中に乗せてもらって」
『ふっ……言ったであろ? 我はお前を認めた──と』
ドラゴンは満足気に笑うと鼻歌交じりに来た道を歩いて帰る。
ドシンドシンと心地よいリズムは、ゆりかごのようで、俺は自然と目を瞑る。
こうしてユウトの長い一日は幕を閉じるのであった。