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恐怖のドラゴン戦 上

「……ふぅ」


アルシャは火照った体を冷ますように息を吐き、剣を鞘に納めた。

一体何時間剣を振っていたのだろうか。

汗が谷間を超え、腹筋にまで流れ込んできて気持ちが悪い。


「あぁもう!」


しかし、剣と違い納める場所のないもの。

それこそ恋する乙女の怒りなのだ。


「どこいったのよアイツ!」


その火種を作ったのがアイツ──つまりユウトである。

間違っても、アルシャが練習用として使っている『ユウト』と書かれたボロボロの鎧のことではない。


私がパンケーキに夢中になっている合間にっ!

てっきりトイレかなにかだと思って待ってたのに全然帰ってこないじゃない!

町中探してもどこにもいないし。

一体どこいっちゃったのよ。そんなに私といるのが嫌だったわけ!

ていうか、そもそもなんでこんなにアイツの事でムキになってるのよ!

これじゃまるでアイツのことすっごく好きみたいじゃない! いや好きだけども!


「…………」


心の中で自爆し、ようやく落ち着きを取り戻したアルシャは竹筒に入った水をごくごくと流し込む。


「……とりあえず、明日も探しに行こうかしら」


そんな彼女はまたもオカン級の面倒見の良さを見せ、照れを隠すように竹筒をぎゅっと握りしめると、『アイツの事なんて全然興味ないですよ~』と冷静を装うのであった。



さて、アルシャの恋の葛藤が続く中、当の本人であるユウトは草木をかき分けドラゴンの元にたどり着いていた。


『……ようやく来たか』

「これでも飛ばしてきたんだぞ?」


ドラゴンが着いてから約一分後の到着を『ようやく』と言うあたり、なかなか鬼畜である。


なんなの、そんなにかまって欲しかったの? かまってちゃんなの?


ここはグレバス山の山頂。

麓や中腹とは違い、『誰がてっぺんハゲやねん』とツッコミを入れちゃうくらい、何も無いさら地である。


結構広い場所であるため、多少激しめに動いても問題なさそうだ。


『我には数百年の月日が流れたのかと思ってしまった』

「あまり生き急ぎすぎるのは良くないぞ」

『ふっ……減らず口め』


押しつぶされそうな重圧の低い声。

強者のみに許されるこの威圧感。

見上げる首がいつへし折られるかわからない恐怖。


いやほんと、一度異世界経験しててよかったわ。危うく話しかけられるだけでビビっちゃってたわ。いきなり外国人に話しかけられたような反応しちゃうとこだったわ。


『……そろそろやるか』

「あぁ。いつでも大丈夫だ」


そう言って俺は足を前後に広げ、ファイティングポーズをとる。

それを見たドラゴンは不思議そうにこう言った。


『……変なことを言うようだが……その……武器は構えなくて良いのか?』

「ん? あぁ。生憎、武器を買うお金もなくてな。ポーションで精一杯さ」

『だから武器も持たずに来たというのか? ふふっ……ふははははっ! 拳ひとつで我に挑んでくるなど……ふふっ。やはり面白いな』

「いや、俺にとって笑えない出来事なんだが……」

『それは済まない。ふふっ。我は全力のお前と戦ってみたいのだ。この中から好きな武器を選ぶがいい』


驚いたり笑ったりと忙しい奴だな。


俺はファイティングポーズを解き、『タスカ』と魔法を唱えるドラゴンに苦笑を浮かべた。


さて、この“タスカ”という魔法。

簡単に言えば四次元ポケットだ。


異空間にしまい込んだ物を取り出すことの出来る非常に便利なもの。


そうだな……ブラックホールに入れて、ホワイトホールから取り出すというイメージを持ってくれたらわかりやすいと思う。


『……驚いているようだな。この魔法はもう使える人間などいないのではないか? なんせ古い魔法だからな』


ドラゴンは言いながら空間から剣や杖やらを大量に取り出す。

その数約数千個。

中には……マジか。聖剣クラスの剣があるぞ。


『それか? その剣の持ち主は自分のことを“勇者”だとか言っておった。だがなぁ……我が少し吠えただけで逃げ出してしまってな……取りに来るまで預かっておる』


つまりは、これだけの数の冒険者たちが戦いを挑み武器を捨てて逃げ出したという訳か……。


「せめて勇者くらいは戦って欲しかったけどな」


そう言いながら、手近にあった剣を山の中から引き抜く。

刀身60センチほどの変哲もない剣。


うむ。何も問題なさそうだ。


俺は二、三回ブンブンと素振りを行い、再度ドラゴンと向き合った。


「待たせて悪かったな」

『随分と無作為に選んだな。そっちの聖剣でもいいんだぞ? まぁ、お前にその剣を持つ資格があるかどうかは分からんがな』


普通、剣というのは魔法を斬ることが目的で作られているため、魔力を通さない仕組みになっている。

しかし、それらの剣と違い魔力を通すことの出来る剣こそ『聖剣』と呼ばれるものだ。

魔力を通すことにより、剣の強度や振るうスピードの向上と言った様々な恩恵を受けることが出来る。


もちろん、魔力を通すことが出来ればという話なのだがな。


剣を自分の手足のように操るのだから、それなりの相性と剣の技術がなければ、まともに持つことすらできない。


ドラゴンの言う『資格』というのはこのことを言っているのだ。


「だからこっちの剣で行くんだよ」

『……少しは我を楽しませてくれよ?』


そこでお互いが口を閉じた。


長かった前置きはここまで。


ユウトは剣の持ち手をギュッと握りしめ、肩の力を抜き呼吸を整える。


シーンと静まるグレバス山。

まるで空気がドライアイスで凍らされたように冷たく感じる。


戦う前の緊張感はどの世界も変わらないな。


「行くぞ!」


その声が開始の合図となり、ユウトはドラゴン向かって一直線に走りだす。


『はやいな!』


(ただ走るだけでこの硬い地面に穴をつけるか……こいつは本当に人間か? まるで飢えた獣だな)


ユウトのスピードにドラゴンも驚きの声を上げる。

しかし、人の域を超えた存在はドラゴンも同じだ。


ドラゴンはユウトの動きを予測し、タイミングを見計らって右手を掲げ──一気に振り下ろす。


(この早さにも反応するのか……やっぱりほかのドラゴンと違うな)


ドンピシャの位置だ。

このまま進めば確実にペシャンコにされ、とてもお見せできない光景が広がってしまう。


まるで巨大な隕石。

そう感じてしまうほどの迫力。


だんだん視界に影が広がる。


だが、ユウトは極めて冷静であった。


「アクセル!」

『なっ! アクセル!?』


(身体強化の魔法だと? まさか、我の腕を受け止める気か!)


ドラゴンの手が僅かに魔力を帯びたことを感じる。


(このドラゴンは俺が手を受け止めるとでも思っているのか?)


もちろんそんな訳ない。

そんな脳筋プレーをしていたら命がいくらあっても足りないからな。


ユウトは身体強化の魔法を、右足に集中して掛けた。


──100から0へ。


その特急列車のように凄まじいスピードを右足だけで殺すために、ユウトは魔法を使ったのだ。

アクセルを使っていなかったら右足がバッキバキに折れるからな。


ドラゴンは自分の手が邪魔をして何が起こったのか全くわからないだろうが、仮に見ていたとしたらこう思うだろう。

──『時が止まった』と。


──ドゴーン!


ドラゴンの手が地面についた。

いや、もうこれは手と言うよりも本当に『隕石』ではないのだろうか。


この硬い地面に半径数メートルのクレーターを作る“それ”は、紛うことなき災害である。


立ち込める土煙。

曇る視界。


(魔力反応はもう無くなった。……あっけなかったな)


ドラゴンは勝利を確信した。


『久しぶりに楽しませてもらったぞ。お前はなかなか面白い人間であっ……!?』


だが、あれっぽっちの攻撃でユウトが死ぬなど、パチンコのリーチよりも期待できないことだぞ。


“面白い人間であった”そう言おうとした瞬間、砂塵を切り裂きドラゴン目掛けて何かが飛んでくる。


目の横を寸前のところで躱したそれは、刃渡り60センチほどの剣。


(この剣……)


「何勝った気でいるんだよ!」


突風が砂塵を吹き飛ばす。

そこに居たのはあの人間だった。


『まさか!』

「そのまさかだよ! “タスカ”!」

『な、なに!?』


ドラゴンからしてみれば、自分が潰したはずの人間がそこにいる時点でもはや怪奇現象なわけで、使える人間などいないと思っていた“タスカ”を唱えだすなんて思っても見たかった。


僅かに反応が遅れる。


(あの不意打ちの攻撃を避けるとか、なんちゅー反射神経してるんだよ)


だが、結果オーライ。

予定とは違ったが、僅かにでもドラゴンに隙ができた。


俺は数メートル離れた場所にある“ドラゴンが出した”聖剣を手元に引き寄る。


「うぉらぁぁ!!」


──カキーン!


耳元で音響弾を打たれたみたいだ。

鉄の鎧が豆腐のように感じてしまうほど、ドラゴンの爪というのはそれほど硬かった。


……そうだな、簡単に言うと勇者が愛用していた聖剣がポキッと折れるくらいメチャ硬い。


「硬ってぇっ!!」


それでも流石は聖剣。

ドラゴンの爪は地割れのように、パキパキとヒビが入っていき、やがては聖剣を叩きつけたところを境目として折れていく。


(無事斬れたが、聖剣折るなんてどんなに硬いんだよ)


俺は横綱の胴体のような爪を背負うようにして、クレーターから飛び出る。


『………………』


ドラゴンは折れた爪先を一瞥し、重々しく右手を持ち上げた。


(ど、どういうことだ。なぜこの人間は生きているのだ)


それを知っているのはユウトだけである。


ドラゴンの手がユウトに当たる瞬間、ユウトは0になったスピードを100にし、一足飛びに後方に飛んだのだ。

アクセルを使った力の爆発は残像を残すほどであり、この戦いを見ている妖精達でさえも全く見ることができなかった。


それがユウトが生きている理由である。


しかしドラゴンには、ユウトが生きていることよりも聞いておかなければならないことがある。


『我はなぜ斬られたのだ……その剣は聖剣ではないか。なぜ持っている……いや、タスカを使ったのだろうが、我はその剣をしまい込んでいるところを見ていない。そもそもタスカを使える人間など……』

「まぁ、落ち着けって。説明するからさ」


ドラゴンの慌てた様子に少し緊張感が緩いだユウトは、ふっと笑う。


「簡単だよ。タスカを2回発動させただけだ」

『ど、どういうことだ!』

「どういうことって……ほら、こんなふうに、『タスカの中でもう一度タスカを発動させる』んだよ」


ユウトはドラゴンの出した剣の山から適当に選んだものを、再度タスカから持ち出す。

瞬間移動マジックのようだ。


タスカは説明したように、しまったものを取り出す魔法。


だから、一度タスカを発動させて“自分の手を”しまい込み、アルシャがやったように魔力操作で聖剣近くで自分の手を取り出す。

そこでもう一度タスカを使い、聖剣を空間にしまい込んで腕を引き抜くと同時に、しまい込んだ聖剣を掴んでくる。


俺はそうドラゴンに説明した。


原理としては非常に簡単なことだ。

ただ──


『ま、魔法を二つ使うなど……嘘をつくな! お前がドラゴンというのならまだ分かる。しかし、人間のお前が並列魔法など!』


それは理屈で説明できるようなことではないのである。


どれくらいおかしなことを言っているのかというと、『水に片足が沈む前に、もう一方の足を出せば水の上を走れるよね』と言っているようなものなのだ。


たしかに、ユウトがボートやトカゲなら分かる。

しかし、人間であるはずなのにその“水の上走れる理論”を唱えたところで信じられるはずもないだろ。


「使えたんだから信じろよ」

『た、確かに目の前で起こったことではあるが……いや、そもそもなぜお前……魔法が使えるのだ』

「タスカのことか? なぜって言われてもなぁ」

『違う。タスカもそうだが、アクセル自体使えることがおかしい。お前、“魔法封じ”の結界はどうしたのだ』

「魔法封じ? そんなのあったか?」


魔法封じの結界。

その名の通り、その結界内にいる者の魔法を封じると言うものだ。


いや、正確に言えば『魔力を奪い続ける』という結界らしい。


前世で一度ディアナにかけられてそう言われたことを覚えている。


確かその時って、どうやって解除したっけな……。

あ、そうそう。魔力を上げたんだった。


風船という名の結界に、空気という名の魔力を注ぎ続けるといずれ破裂する。


理論としてはそんな感じ。

つまりは、ゴリ押しのパワープレー。


でも、今回は魔力を上げたつもりなんてないぞ。


ユウトはこの山に入ってからここに至るまでの出来事を思い出す。


解除した時はなんかこう……ピリッと体に電撃が走ったんだよな。


そんなことあったか? ……あったな。


「あー……もしかして山の入口に張ってあったか?」

『山の入口だけではない。この山全体にかけていた』


うん。間違えないな。


「その結界なら壊したぞ」

『は?』

「いや、結界が張ってあるとか知らなくてさ。入った瞬間に、こうバチッと……」

『まさか、結界が魔力を吸収しきれなくなったというのか?』


(いや、ありえない。この山全体に結界を張っていたのだぞ。つまり……この結界全体に魔力が行き渡って初めて破壊できるはずだ! そんなことありえるはずがない。だってこの山は……)


“登りきるのに数年はかかると言われる──天界の山……グレバス山なのだぞ”


ドラゴンの額に汗がにじみ出る。

ドクンドクンと心臓が脈打つ。

人が、“恐怖”と表現するそれを、ドラゴンは初めて味わった瞬間である。


そして、ドラゴンは静かに笑った。


『ふっ。我の爪を斬る剣士か……。余程人間界では有名なのだろうな』


ドラゴンの魔力がどんどん上がっていく。

言いようのない圧力。

揺れる大気。


「残念ながら、俺はお前が期待してるような人物じゃないぞ。まぁ、“F級の冒険者”っていう意味ではある意味有名かもな」

『この魔力に耐えられる者がF級クラスか……ははっ面白いな。人間界というのは!』


(……なんか果然やる気出しちゃったよ。最初から爪が折れただけで降参するような奴じゃないと思ってたけどさ)


地下鉄の階段を吹き抜ける風のように、話す言葉が力を帯びる。


お互いがジャブを打ち合ったところで、第2ラウンドが幕を開けるのであった。

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