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少女の願いとアルシャの夢

「いてて……」

「うぅ……悪かったわよ」


こんな痛みは暫く受けてないぞ。

またうっかり転生するはめになっちゃう。


「どっからその力が出るんだよ」

「うぅ。そうよね。私なんて脳まで筋肉で出来てる筋肉の化身よ。いいえ、筋肉の化け物だわ」

「いや、誰もそこまで言ってないんだが……」

「……私なんて自己防衛本能が強い小動物だわ。なんて可愛らしいのかしら……」

「いや、誰もそこまで言ってないんだが……」

「なら私ってなんなのよ!」

「いや、知らないけども!?」


なんで知らないのよ! とプンプン怒るアルシャ。


そこには、先程までのどう接していいか分からないような距離感を感じることは無かった。


これが叩きケーションってやつだな。

よし。絶対に流行らせないようにしよう。


その後もアルシャとあーだこーだ言い合っているうちにあっという間にギルドについた。


何はともあれこれで肉にありつける! ありがとうC級依頼! ありがとうオーク!


俺は意気揚々と門を潜り抜け、扉へと進む。

しかし、俺はそこで足を止めることになった。


『……します!』


分厚い木の扉越しにでも聞こえる誰かの声が聞こえたのだ。


「なんか騒がしいな」

「そうね……何かあったのかしら」


そういうと、後からついてきたアルシャも俺の横に並んで足を止める。


アルシャがそう思うのも仕方ない。

このギルドは比較的静かなほうだ。

昼間っから喧騒があふれているほうではない。

そのことをアルシャはユウト以上に知っていた。


『う……せぇ! 何回頼ん……じなんだよ!』

『……えれっ! お前の……なんて聞く奴はいないんだよ!』


どうも穏やかな話ではないな。


「ま、入ってみんことにはわからん!」

「あ、ちょっと!」


俺はアルシャの静止を聞かずして扉を開く。


「…………」

「…………」


すると、ギルド内にいた男たちの視線を一身に浴びることになった。


なにこの他のクラスに間違って入っちゃったときみたいな空気……気まずい。


「もぅ。先に行かないでよ……って聞いてる?」

「アルシャ。お前がいてくれると安心するな」

「な、え、ちょッ! なに言ってんのよ!」


やっぱり、知り合いがいてくれると安心する。

そう思ったのは俺だけではないらしい。


「ア、アルシャ! お帰り!」

「おいおいどこ行ってたんだよ。探したんだぜ?」

「みんなまで……どうしたのよ」


先ほどの『おいこいつ誰だよ』状態などどこへやら。

まるで正月の福袋を買いに来た主婦たちのように皆アルシャに群がっていく。


アリでもそんな群がらんぞ。


「アルシャ聞いてくれ!」

「こういう時どうしたらいいんだよ。アルシャ!」

「アルシャ愛してる」

「俺たちでどうこうできる問題じゃねぇんだよ」

「助けてくれよぉアルシャ」

「アルシャちゃんペロペロ」


おい誰ださっきから。混乱に乗じて自分の欲望駄々洩れのやつは。


「みんな落ち着いて……いったいどうしたのよ」

「それがその……」

「ん? なに?」


一人の男が言いにくそうにアルシャに目線を送る。


俺は群がる大群から避難していたのでアルシャのように背伸びをしないでもよく見えた。


「あ……えっと……」


カウンターの前にきゅっと両手を握りしめ、大きな茶色い瞳を潤ませながら黙ってこちらを見ている少女のことを。


アルシャもその子のことが目についたようで、群がる男たちの合間を縫いその子のもとに向かう。


「君は……」

「あ、あの! お願いします!」


少女は瞳と同じ色の髪を何をお願いするのかも言わず、がばりと頭を下げた。

それほど切羽詰まっているということだろう。


しかし、男どもは何をそんなに困惑することがあるのだろうか。


この子が可愛すぎて目覚めちゃうとかってことか?


少なくとも、少女をこんな切羽詰まった状況にさせてる事は万死に値するがな。


「落ち着いて。ごめんね? 男ばっかりで怖かったでしょ? 話してごらん」

「えっと……ごめんなさい。えっと……あの、お姉ちゃんが……」


アルシャの落ち着いた声音に、少女も落ち着きを取り戻し拙いながらも言葉を紡ぎ出す。

しかし──


「黙れ亜人族! アルシャさん! そんなガキの言う事なんて聞かなくていいですよ!」

「そーだそーだ! 亜人族が人間族の土地を踏むんじゃねぇ!」

「帰れ!」


誰かが言ったのを皮切りに、『帰れ、帰れ』と声を荒らげる。

そんなことされれば少女は怯えるしかできない。

またも俯き、せめて泣くまいと必死に両手でスカートの裾を握りしめている。

よく見ると、そのスカートはシワだらけだ。

俺達が帰ってくる前にも同じようなはめにあってたに違いない。


「……亜人族か」


俺はポツリと呟いた。

亜人族──いわゆるケットシーとかエルフとか……人間の姿をした獣と表現したらわかるだろうか。

確かに少女にはリスのように小さく三角形の耳が付いている。

幻術系の魔法と瞳と同じ茶色い髪の毛の中に隠していたようだが、見るものが見れば──いや、この程度の魔法なら誰が見ても少女が亜人族と見破ってしまう。


前の世界同様、こちらも亜人族にとって住みづらい環境なのだろうか。


「……う……うぅ」


帰れ帰れと反響するギルド内でも、少女の声ははっきりと聞こえる。

その声をきくたび、心臓に一本一本針を刺されるように苦しい。


その苦しみは怒りに変わる。


「おい──」

「黙れ!!!」


俺の言葉を遮るように一人の人物は雷鳴のごとき叫びに似た声を上げる。

予想外のことに驚いたのか、ギルドの中は静まり返った。


「あなた達は何のために冒険者になったのよ。憧れて? お金が欲しいから? ……誰かを守りたいと思って冒険者になった人はこのギルドにはいないの?」


さらに続ける。


「私はこの力を誰かのために使いたい。この力で誰かを守りたい。……誰かの悲しみは私が斬り倒す。誰かの笑顔は死んでも守る。それが私の夢。そして、それが私の生きる意味! だから私の前で誰かを泣かせる奴がいるのなら。もしも……私の夢を邪魔するような奴がいるのなら……私は、躊躇いなく叩き潰すわ」


──シーン。


……まるで、一流の演奏を聞いたようだ。


その一言一言に魂が宿り、聞くもの全てを魅了する。

圧倒的な存在感を感じたのだ。


暫く誰も動けなかった。


全く……いちいちカッコイイんだよな。


「ははっ……」

「……なによ」

「いや、アルシャがそう言ってくれて嬉しくてさ」

「……どういう意味よ」

「アルシャが種族とかそんなんに囚われないで誰かのために命をかける……そんな奴で良かったってことだよ」

「なっ! ふ、ふんっ! 当然よ」


そう言ってぷいっとそっぽを向くアルシャの顔はどこか嬉しそうだ。


ここまでスッキリ言われたら、俺の怒りもどっかに行ってしまった。


俺はかつかつと二人の前に歩いていく。


「俺も手伝うぞ」

「……あんたならそう言うわよね」

「当然。俺は子供に優しいからな」


ニカッと笑ってみせるとアルシャに肩をすくめられてしまった。


「あ、あの……」

「あぁ……。俺の名前は水嶋 優斗だ。で、こっちのカッコイイお姉さんはアルシャ」

「カッコイイって何よ……好きなように呼んでくれて構わないわ」

「わ、私は“ロッテ”……です」

「ロッテか。宜しくな」


少女──ロッテは、言い終わるとアルシャの背中にササっと隠れる。


恐らく恐怖心だろうな。

超展開にまだ付いてきてないのだ。

先程まで冷たくあしらわれた人間族から急に声をかけられて、あまつさえ声を荒らげたのだ。


俺だったら後で何を請求されるのかビクビクしちゃうね。


「さて、自己紹介も終わったし聞かせてくれるか?」

「……え?」

「依頼の内容よ。そのためにロッテは慣れない魔法を使ってまで来たんでしょ?」

「……えっと」

「ま、俺たちに任せとけ。どんな依頼でも叶えてやるよ」

「ちょっと、依頼内容も聞いてないのに無責任なこと言わないでよ」

「なんだ? 自信ないのか?」

「あるわよ! どんな問題でもすぐに解決してあげるわ! ……足引っ張らないでよね?」

「ほぅ。よく言うな。グリフォンと戦った時──」

「わーわー! アレは違うわよ!」


アルシャはユウトの口を塞ぐよう手を持っていく。

それを華麗にかわすユウト。

完全に二人だけの世界だ。


全く、あれだけの啖呵を切ったっていうのになんて子供らしいのだろうか。


そんな姿を見たロッテは、少しだけ安らぎを覚えた。


「……ありがとう」


そう言ってロッテは笑って見せた。


──その笑顔は、世界中のどんな報酬よりも輝いて見えた。

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