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恋する乙女の行動

吹き抜ける風が頬をなぞり、それにつられるように草木がザーと音を立てる。

今俺たちがいるのは町の高台からでも見ることができる広大な草原だ。


……その部分は行きと変わらない。


「…………」

「…………」


唯一変わったのは前を歩く人物くらいだ。


「なぁ、なんでそんなに急いでるんだ?」


歩くたび、餌を前にした犬のしっぽのようにブンブン揺れる……というか、乱れると表現した方が適切であろう赤い後ろ髪に向かって尋ねてみる。


「べ、別にいいじゃない! その……なに? ホームシックなのよ!」

「いや初めてのお使いに出た子供でももうちょっと頑張るぞ」


俺の突っ込みにアルシャはフンッと鼻を鳴らすだけで、さらに歩くスピードを上げる。

なんなの? 町に帰ったら同人誌即売会とか始まるの?


とまぁ、考えが大事故を起こしているユウト。

しかし、そんな人物に惚れてしまった人物もまた思考回路を渋滞させていた。


ふぁぁぁ! 何言ってるのよ私ってば! 子供って思われたかしら思われたわよね! ていうか、さっきからやけに顔が熱いわね。そ、そうだわ! きっと早く歩いているかららよ。あー! 健康っていいわっ!


後ろのユウトからは見えないが、正面から似たアルシャの顔はその髪のように真っ赤で、熟れたリンゴのように甘い笑顔を浮かべている。

恋する乙女はかわいいのだ。


ただ、恋愛未経験のアルシャがこの気持ちを伝えるのには時間が全く足りない。


少なくとも、町に着くまでに伝えるなんてことなど天地がひっくり返っても無理であろう。


「予想以上に早く着いてしまった……」

「どうしたんだアルシャ?」

「なんでもないわよ……」


町に着いたとたん明らかに元気がなくなるアルシャ。

ホームシックじゃなかったの?


「そ、そうか。まぁ無事終わったんだし一度ギルドに戻るとするか」

「そうね……せっかくだし、報酬でおいしいものでも食べたらいいんじゃないかしら」

「確かにそうだな……」


時刻は昼過ぎくらい。

朝の運動を済ませ、腹の虫が活発になる時間帯だ。

だがそれは俺だけではなく、辺りを見渡すと、ちらほら飲食店に客が入っていくのが見える。


「…………」


贅沢はよくない。なぜなら俺は貧乏だからだ。

お金は計画的に使わないとだめだ。


だ、だが今日くらいはいいんじゃないか?

C級の依頼をこなした、めでたい日じゃないか。

ここは自分へのご褒美として贅沢してもいいんじゃないだろうか。

いや、するべきではないだろうか!


人間、一度欲求を満たしてしまうとまた欲しくなるものである。

食欲などまさにそれ。


昨日の料理を思い出し、ユウトのおなかの中では虫が大合唱をし始める。


「な、なぁ。この辺でうまいものってなんだ?」

「う~ん……やっぱり肉よ。特にここから少し遠いけど、絶品の肉料理が食べられるところがあるわ」


肉! 肉はいいぞ。あの焼いたとき火に照らされテカテカ光る肉汁は、まさに食べられる宝石。

食べたい……。


俺はごくりとつばを飲み込む。


「アルシャ、この後暇か?」

「特に予定はないけど……」

「じゃあその店に案内してくれると助かるんだが」

「ふぇ!? ななな、なんでよ!」


この時アルシャは思った。

これってつまり、デートのお誘いなのでは? と。


そこからの頭の回転はさすがだった。


仮に、仮によ? これがデ、デートのお誘いだとするじゃない。だったら、こんな戦闘服なんかで行くわけにはいかないわよね。

でも、着替えようと家に帰ったら「何だこいつ、食事に誘っただけですごい張り切るな」なんて思われたらどうしよう! でも、せっかくのデートよ? 普通おしゃれとかするもんなんじゃないかしら。あぁもう! こんな時どういった行動をとればいいのよ! 恋愛ってどうすれば正解なのよ……。


まぁ、残念な方向に回転しているのもアルシャの可愛いところである。


一方、急に声を裏返して若干頬が赤くなったアルシャを不思議に思っているユウト。


だが、頼みごとをするのだから「なぜ」と聞かれれば答える必要がある。


「いや、案内さえしてくれれば誰でもいいんだけどさ。早くいかないと混むだろ? だったら、今ここでアルシャに頼むのが都合がいいなと思って」

「……へ?」

「とにかくさ、案内さえしてくれれば後は帰ってくれてかまわないから。頼むよ」


両手を合わせて頼み込むユウト。


しかし、ユウトが言った『誰でもいい』『都合がいい』という言葉がアルシャの頭の中でグルグルグルグル……。

となれば、怒りの熱は外に逃げずフツフツと湯を沸かすように温度を増していき、その結果──


「こんの……」

「ん?」

「ばかやろぉぉぉぉ!!!」


鍛え抜かれた右手から繰り出される渾身のビンタが発射されても、恋する乙女にとっては仕方の無いことなのだ。


そのビンタは完全に不意を突かれた挙句、警戒心を向けてないなかったユウトの頬を貫くのであった。


──ぺシーン!


最終的に頬が赤くなったのは衝撃で宙を舞い、地面に寝っ転がるユウトの左頬だけ。

そんな姿を見たアルシャは、ぴくぴくと動くユウトに向かって早口に言葉を浴びせる。


「あぁ~お肉食べたい! というわけでユウトのおごりね! ほら、さっさと報酬もらいに行くわよ!」

「……ふぁい」


『 なぜ叩かれたのか』『なぜ奢らなければならないのか』そんなこと、ぐわんぐわんと揺れる頭では考えられず、ただ頷くしかないのである。


男というものはいつも理不尽なのである。

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