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この話前聞いたよ?

「迷える人の魂よ。あなたは死んだのです」

「……は?」


目覚めて最初の言葉は間の抜けた返事だった。


そりゃそうだ。

目が覚めると金色の髪を腰まで伸ばした碧眼の美女が、たわわに実った禁断の果実をたゆんたゆんと強調しながら天使の子守唄のような声で話しかけてきているのだから。


むしろちゃんと言葉を出せただけでも褒めてもらいたい。


「……えーと……ゴホン……迷える人の魂よ。あなたは死んだのです」


この女性が一番映えるであろう切込みの入った白統一のドレスからチラチラと覗かせる足を一本前に動かし、再度同じことを話す。

どうやら反応がないのに困っているようだ。


「いや聞こえてるよ」


俺は短く答えると、ニカッと笑顔を作ってこう続けた。


「……で、お前の言いたいことはそれだけか?」


すると目の前に何かが飛んでくる。

いや、正確には飛んできて……落下した。


「大変ッ! 申し訳ありませんでしたァァ!」


その正体は、さっきまで神々しく祈るようなポーズで俺に“死んだ”と報告してきた人物がズサーと音を立てジャンピング土下座を決め込んだものである。


「いやですね? ほら、ここって何にもないじゃないですか? だから人間界ってどうなってるんだろーって興味本位で下界と通じるゲートを開いちゃったんですよ! そしたらたまたま……ほんとたまたま近くにあったマンガがですね……落下してしまってですね……はい」

「落下したところに俺がいた……と?」

「はい……」


色々とまくし立てるように話していたが、まぁ要するに不注意が原因で俺に災いが降り掛かったというわけだ。


「とりあえず顔を上げろよ」

「えっと……許してくれ……」

「るわけないだろ! 顔挙げないと殴れないんだよ!」

「ひぃぃい! ごめんなさいユウト!! いや、ユウトさま!!」


水嶋 優斗──それが俺の名前だ。

そしてこの目の前にいるコイツはガッカリ美人こと、女神“アナト”である。


さて、ここで冒頭に戻ろう。

俺は開口いちばん、間の抜けた返答をした。


それは確かに“死んだ”と言われたからであるが、問題はそこではない。


「あのな! 二回も殺されてるんだ。許せるわけないだろ!」


一瞬夢でも見てるのかと思ったよ?

だってこのやり取り二回目だもん。

そりゃ間の抜けた返事もするし、怒りもこみ上げてくる。


俺はこのポンコツ女神のせいで日本から異世界に転生するハメになった。

理由はたしか……そう! 目覚ましがうるさくて投げ飛ばしたら下界の俺に当たったとかだったな。


その時もブチ切れたが、剣と魔法の世界に転生させ、尚且つチート級の魔力を授けるという条件で納得した。


「だ、大体なんで私が落とした所にユウトがいるのよ! しかも片手で持てるくらいの小物よ!? 当たる方がおかしいのよ! むしろ私は被害者ではないでしょうかッ!」

「被害者なのは俺だ! ……本当なんなんだよその独特な神からの選ばれ方!」


なおも口論は続く。

両手をムキーッと上げながら怒るさまは、全く威厳が無かった。


「……ぜぇ……ぜぇ。そういや、俺の死因って何になるんだよ」

「……はぁ……はぁ。死因? あぁ。魔王と相打ちって所かしらね」

「相打ち? 何言ってるんだ。魔王なんて名前だけ立派なタダの雑魚じゃん。最後の方なんて“この魔王め!”って魔王に言われたし」

「あんたが強すぎるのよ」


アナトは引きつった笑いをこぼし、ちょいちょいと俺を手招きすると、アナトは“オープンゲート”と唱えた。

A4用紙ほどの空間がぽわわんと歪み、こことは全く違った様々な建物が並ぶ街並みを上空から映し出した光景が浮かぶ。


「んーと。ここは違うわね。えーと……」


その景色は、アナトがタブレットを操るようにスライドさせたり両方向に引き伸ばしたり拡大縮小させることで変わっていった。


しばらくその操作を黙って見ていると──


「ユウト! ねぇ……ユウト!」


と嬉しそうな声が鼓膜を揺らす。


そこに映し出されていたのは、魂の抜けた俺のことを大事そうに抱き抱える1人の女性と、それを囲う複数人の男女。

一緒に魔王討伐に出かけた仲間達だ。


全員少なからず怪我はしているようだが、五体満足の姿に俺は少し安心する。


「……何やかんやあったけどこうして心配してくれる仲間が居たんだな」


なんて言うか……死んだことが悔やまれるなぁ。


『ユウト! あなたが死んじゃったら誰が魔物の皮とか剥ぐのよ! 私嫌だよ! 気持ち悪いもん』

『いや“ミーニャ”よ。それは俺たちでもやるから……』

『“キング”がやったら皮がボロボロになって売り物にならなかったじゃない!』

『……確かに困ったな。俺も死んだ魔物の皮をはぐなんてしたくねぇし』

『いや“カイム”よ。俺が言いたいのはそういう事ではなくてな……』


……ん? 聞き間違えかな? 彼らの会話を頭の中で整理すると、俺のことを“皮剥職人”かなにかと勘違いしているようだが。


『皆! 何を言ってるにゃ。魔物の皮とかどうでもいいにゃ』


おぉ! “フェリル”そうだ言ってやれ!


『ご飯はどうするにゃ!』


……フェリルちゃん?


『こう見えて“ディアナ”も“サクヤ”も料理下手だにゃ。食えたもんじゃ無いにゃ』

『まぁ! なんてことを言うの“フェリル”ちゃん! 私だって料理くらい出来ますわ!』

『……そう言って出てきたのは大皿いっぱいに注がれた水というのがあったな。あれは皿を食えと言っていたのか?』

『あらあら。サクヤちゃん。そんなこと言ってるけれど、料理はできるのかしら?』

『私か? 私は口に入ればなんでも食える』

『そう言えばお皿もバリバリ食べてたにゃ……』

『……あなたはもう少し乙女らしさ──いえ、人間らしさを学ばないとですね』


──ブチッ。


言い終わるか言い終わらないかくらいでその中継は電源を無理やり落としたように切れた。


「えーと……た、楽しそうだったわね!」

「…………」


そうだったな。よし、俺も参加させてもらおう。

とりあえず、話題提供ってことでこのマンガを投げ込んでやろうかな。


「うわぁぁぁ! ちょっとちょっと! ダメダメこれ以上問題なんて増やせないわよ!」


どうやらキレたのは中継だけではなく、ユウトの堪忍袋であるようだ。


「うるせぇよ! こっちはただの雑用やってたわけじゃないっての! 命懸けて勇者やってたっての! それがなんだよ、 誰も俺のこと心配してくれていないじゃないか!」


喉が痺れるほど雄叫び、アナトに後ろから羽交い締めに合いながらもなんとか投げてやろうと躍起になる。

背中にあたる感触なんてこの際無視だ。


「確かにそうだったけど。あ! みんな照れ隠しよ! ほら、戦場で涙を流すなんて……ぷぷっ」

「お前今笑っただろ!」


まさか長年連れ添って戦場を共にした奴らからそんな雑用感覚で扱われてたなんて……。

死んだことよりそっちの方が腹立つ。


俺が神様だったら迷わず地獄送りにしてやってたのにな。

あ、そう言えばここにも一応“神”がいるじゃないか。


「……なぁ。神様ぁ。俺一生に一度のお願いがあるんだけどぉ」


さっきまでの刺々しい声を剥きたての卵みたいに丸くして話し続ける。


「お願いします! あいつらに天罰を与えてくれませんかねぇ。そしたら俺とっても嬉しい!」

「……キモ」

「なんだよ!! 元はと言えばお前が!──」


──────

「えー。迷える人の魂よ。あなたは新たなる旅立ちに出るのです」


目の前にいたのは全身ボロボロ、髪はくちゃくちゃの美女──アナト。


「……それ前に聞いた」


その天使のような声に答えるのは、こちらも全身ボロボロ。というか心もボロボロの俺──水嶋 優斗。


「んっ……んん! えー。あなたの旅路に幸あれ」


こうして俺の一度目の異世界生活が幕を閉じた。


そして二度目の異世界生活を始めるのである。



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