幕間 とある猫の思い出 ③
縄の輪をくぐった先は、天国だった。
「おめでとうございま~す!!!あなたは私に選ばれて、異世界に転生することができちゃいま~す!!すごいでしょ!」
目を開けると、満面の笑みを携えた、金髪のやけにハイテンションな、天使がいた。
「やけにハイテンション、とは何ですか!!別にこれぐらい普通ですよ!あなたがローテンションすぎるだけです!!」
天使は豊満な胸をはり、こちらをビシッと指さす。
「ほらほら、みんなの憧れ、異世界転生ですよ、異世界転生!そんな死んだ目してないで、もっとワクワクしたらどうですか?
もう~、そんな風に暗いから、じさ…ちょっと~睨むことはないじゃないですか~」
ま、そんなルックスで睨まれても、怖くもなんともないんですけどね~、と付け足しながら、ご機嫌な子供が遊ぶように、足をぶらぶらとさせている。一見可愛らしく見えるが、今の状況も、彼女も、何もかも、全く得体が知れない。本能的に、体は踵を返して走っていた。
「あっ!!ちょっまっ逃げないでくださいよ~!!おねがいします!ほんとに、あの、謝りますんで!あの、ほんとに、ど、どうしよう。このままじゃ納期に間に合わない、上に怒られる…!」
振り返ると、さっきまでの威厳はどこへ行ったか、土下座した天使がいた。羽までペタりとこうべを垂れて、五体投地ならぬ七体投地だ。さっきのセリフと今の状況が昔の自分と重なり、自分には関係ないことだ、とどうしても言えなくなってしまった。
床に向かう天使の顔が、ニヤリとゆがんでいるとも知らず。
「分かった、分かったから。で、ぼ…俺は何すればいいの」
「ありがとうございますぅぅ!では、お願いします、魔王として転生してください!!」
「…は?」
「あっ違うんです!!その、魔王といってもそういう名前の称号を手にするだけで、魔物たちの上司になる訳でもないし、なんの責任も発生しません!別に魔物全体の命を預かる訳ではないですよ!むしろ能力が向上しやすくなったりと、メリットもりもりです!!何より、今から行く世界でたった1つのスキルですよ?オンリーワン、激レア、SSRです!」
「分かった、分かったから…。そんなに鬼気迫るように説明しなくとも…」
「あっすみません、つい熱が入っちゃいましたね!それで、何かご要望はありますか?こんな種族になりたいとか、こんなスキルが欲しいとか…。大抵のことは叶えられますよ!」
それなら、ずっと前から、願っていたことがある。
「…ねこになりたい。」
「え!?えっと、その外見でそんな、ネコになりたいって言われますと、こう、地球で読んだ薄い本の知識が…」
「うわやめろ!ネコ科ネコ目のイエネコだよ!」
「えへ、ごめんなさーい。ちょっとした冗談ですよー。ま、あなたにこの冗談は少し悪ふざけが過ぎましたかね?」
ごめんなさいと言いつつも、全く悪びれる様子もなく、心底楽しんでいる、という感じだ。
「OKでーす!!他になにか要望はありますか?こんなチートスキルが欲しいとか、この世界で最強になりたいとか、色々…」
「ない。」
「ほう。と、いいますと?」
「生まれつき強くなりたいとか、特別になりたいとか、そんなのは、ない。努力もなしに人より優れたって、いい事なんてないよ。平凡に凡庸に、それなりに生きて、それなりの幸せをつかんで、それなりに死ねたなら、それでいいんだ。」
「…やっぱり、あなたを選んで正解でした。」
ここに来て初めて、ふざけた様子以外の天使を見た気がする。
「でも、その代わり教えて欲しいことがある。君たちの世界の仕組みってどうなっているんだ?」
僕を転生させないと上に怒られると、天使は言っていた。天使にも人間のような社会があるのだろうか。
「うーん、どこまで話しますかねぇ…。私たち天使にも、人間と同じように上下関係や役割分担、その他諸々がありまして。他世界の管理は、その仕事の内の一つなんですよ。エリート中のエリート職業です!!この座を勝ち取るのは大変だったんですよ~?」
天使はドヤァァという効果音がつきそうな程に、清々しいドヤ顔をしている。
「あっそういえば、今からあなたが行く世界は、前任者が堕とされた所ですね!」
「えっ堕と…?」
「はい。クロノアに、気を付けて。」
天使は俺の胸をトン、と押すと、音は遠ざかり、視界は眩い白で覆われて行った…
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懐かしい夢を、見た気がする。
毒のネギを食べてからというもの、僕は長いこと眠っていたいたようだった。目を覚ますと、知らない天井だった…いや、岩で覆われたこれを、天井といっていいのか。そこは洞窟の中だった。
「おっ、やっと目が覚めたね。いくら腹が減ってたって、草なんか食う馬鹿がおるかね!」
未だ夢現の頭で現状を整理していると、二足歩行をした人間大の化け猫が現れた。僕は助かった…のか?
一人称のズレは、わざとです。