第9話 別れ ①
眠っていた少女は、起き上がって、くあぁ、と伸びをすると、湖の方へ歩いていった。日が暮れる前に水浴びをするようだ。
そして、周りを気にする様子もなく、さらり、さらりと身に纏う布を解いていく。
そっっ、そそそんなっ!破廉恥な!?警戒心はないんですか!?アリスさん!!
なんだか見てはいけないような気がして、視点を切り替えようとした。
しかし、その光景に、目を離すことが出来なくなった。決して下心からではない。
酷いのだ。傷が。
全身の軽い引っかき傷や擦り傷なんかは、彼女自身のヒールにより、ほぼ治りかけている。しかし、背中に、抉られたような、深く痛々しい、大きな傷跡があるのだ。
心配している気配を察知したのか、大丈夫だよ〜とでも言うように、笑って何かを喋りながら背中の傷跡を軽く叩いている。実際、HPに減りはないのだろう。傷跡ならば、ヒールをかけても、もう治っているのだからこれ以上治らないのも納得だ。
ああ、でも。
HPに減りはなくとも、心は、減っていないとは思えない。
せっかくこんなに可愛いのだから。
いつか治してあげよう、と私は心に決めた。
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夜になり、アリスはまた眠り始めた。
そういえば、この体は眠った方がいいのだろうか…?特に眠気はやってこないのだが。
まあいい。眠くなった時に寝る、これが自然の摂理というもの。というわけで、今日は夜更かししちゃおうと思います!
まずは、自分のステータスの確認だ。戦闘もあったことだし、結構強くなっただろう。
名前:[設定されていません]
種族:小屋 Lv:2
状態:正常
HP:12/55 MP: 13/25
攻撃力:0
防御力:72
素早さ:0
魔力:16
特殊スキル:
魔王の運命 --/--
鑑定 1/10
種族スキル:
魔王城の意思 --/--
魔法:
ポルターガイスト 8/10
土操作 4/10
水操作 1/10
称号:
「転生者」
〈条件を満たしています。通常スキル:魔破砲を獲得しますか?〉
へっ?もっもちろん!もちろん欲しいですとも!
〈通常スキル:魔破砲を獲得しました。〉
よっしゃあぁぁ!!初!攻撃スキル!
このスキルは、この前の戦闘で私がオオカミに床に穴をあけられたやつだ。今までは小石でペシペシするしかなかったからな。これでようやくまともな攻撃手段がゲットできたよ。
でも何故こんな突然…?「条件を満たしています」とか言われたけど、その条件とは一体なんなのか。分かれば効率的にスキルをゲット出来そうなのだけれども、まあ、これは今考えても仕方がないかな。
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ぐっもーにんアリス!そしてサプラーイズ!!
朝っぱらから意気揚々と挨拶してみてもどうせ聞こえないのだが、アリスは変化に気がついたようだ。鼻をくんくんとさせ、驚いたような顔をしながらヨダレを垂らしている。
そして、その匂いのもとに辿り着き、よりいっそう驚いていた。
そう、そこには私が一晩かけて用意した、オオカミ鍋があったのだ!残り少ないHPをなんとかやりくりして石製の鍋を[家具創造]で生成し、そこに水とオオカミの骨を入れ、アリスが肉を焼いていた時に使っていた火で、ひたすらグツグツ煮込む。十分に出汁がとれたら、肉と山菜を入れ、塩で味を整えたら完成だ。味見が出来ないので味の保証は出来ないが、きっと…多分、美味しいはずだ。美味しいことを願っている。
アリスの方はというと、余程嬉しかったのだろう。ふにゃり、とした笑顔を見せてくれた。その笑顔だけでも、こちらの苦労が浮かばれるというものだ。
はぁーーかわいい!!天使!!
〈個体名:アリス の種族名称を「天使」に設定しますか?〉
突然どうした鑑定さん!?違う、そうじゃない。天使っていうのはものの例えで…って、説明しても無駄なのかな。ああ、もう!人間!そう、人間って設定しといて!
〈個体名:アリス の種族名称を「人間」に設定しました。〉
ふう、思わぬ横やりが入ってしまった。意識を戻すと、アリスはいただきます、と小さく呟いてから、ワクワクと臆しもせずに、鍋に箸をつけていた。
作った本人である私が言うのもなんだが、アリスは警戒心がなさすぎなんじゃないかと思う。得体の知れない料理なんて、何が入っているか分かったもんじゃないから。まあ、信頼してくれるのは嬉しいんだけどね。
ふぅ、ふぅ。ぱくり。小さいお口でしっかり味わうこと20秒。
あれ?遅くない!?と思っていると、ふいに、アリスはポロポロと涙を流し始めた。
うーん…。あまりの美味しさに思わず涙してしまった…という考えは、楽観的過ぎるかな。というかそんな雰囲気じゃないし。ということは、思い当たる節はただ一つ…
すっすみませんでしたぁぁあ!!!
この家を気に入ってもらういい機会だと張り切ってしまったが、泣くほどのクソマズ料理を提供してしまったぁ!私は家なので土下座なんて出来ないが、心の中では床に額を擦り付けんばかりの土下座をしている。
アリスはそのまま食べ進めてくれているが、申し訳ない気持ちがザワザワとして煩わしいし、何より外がガヤガヤと煩い。ええい、こちらは傷心中なんだ!静かにしろぉ!と外へ視線を移すと、10、いや20はいるであろうか。たった一体でも苦戦を強いられたあのオオカミが、群れをなしてこちらへ来ていた。恐らくは、鍋を調理している時の匂いに釣られたのであろう。
え…?申し訳なさが天元突破しているんだが…?既に土下座をしている私にこれ以上どうしろっていうんだ、床に額をめり込ませればいいのか…?
などと馬鹿なことを考えている場合ではない。アリスは異常を察知し、すぐさま外へ飛び出した。そして、オオカミの群れと対峙する。
怖いだろうに。恐ろしいだろうに。泣きわめいて逃げ出してしまいたいだろうに。
その細い体躯に負わせるには、折れてしまいそうな程の、あまりに大きすぎる恐怖だ。
しかし、彼女はそうはしなかった。しっかりと前を見据え、一歩を踏み出し…刹那、彼女は別人になった。否、別人になったかのように思われた。彼女の持つ雰囲気が、一瞬にして変わったのだ。さっきよりもどこか大人びた…諦めた?そんな顔をしていた。
そうして、多勢に無勢の激闘が始まった。




