7.コミヤショウコ
それなのに・・・
噛み付いてやるって思ってたのに、なんだかタイミングが見つからなくて結局できなかった。 そしてそうこうしている内に、あの女はどこかへ行ってしまった。
あたし達はその後休憩して、ボール遊びや滑り台でひとしきり遊んだ。すっごく楽しかったのに、あのコミヤショウコに会ってからなんだか気分がモヤモヤしたままだった。
そして、数日後。
急にパグぞうさんがやってきた。
「おいっす!元気か?」
「・・・・・・」
「あれ?いつものやかましさはどこ行った?」
「あたし、もうパグぞうさんとは口きかない」
「口きいてるじゃん」
「~~~!とにかく、ハナに言われたから、もうパグぞうさんには会わない!」
「なんだよ、せっかく心配して来てやったのに。この前はほったらかしにして帰っちゃったから」
「あの日はなんとか家に帰れたよ。でも家を出ていったせいでハナとケンカになって、絶交だって言われたんだよ。悪魔と手を切るまで口きかないって」
「そのハナって奴、よっぽど悪魔のこと嫌ってるんだな。まともな犬なら当然か。ま、そういう事なら二度とオイラはここには来ないよ。あんたにも用はないしな。もう、くだらない嫉妬なんかでオイラを呼ぶなよ。・・・?どうした?ウンコが出そうで出ないみたいな顔してるぜ?」
「何よそれ!違うよ!・・・この前、サトルの女とばったり会っちゃったの!」
「ほぉ!やっぱり女がいたのか!で?ガブッとやってやったか?」
「タイミングが合わなくてできなかったの!あれからずっと後悔してる。でもあのコミヤショウコって女、絶対サトルから引き離してやるんだ」
「!!!」
パグぞうさんはビクっとしてあたしを見た。
「なあ、今、女の名前何て言った?」
「え?コミヤショウコ?」
「本当にそう言ったのか?年齢は?外見は?」
パグぞうさんがなんだか急にコーフンし始めた。
「どうしたのパグぞうさん」
「あ、いや・・・」
パグぞうさんは恥ずかしそうにうつむいた。
「んーとね、年齢はサトルと同じくらいだったよ。見た目は・・・うーん、何て言ったらいいかわかんない」
「どこで会った?」
「ドッグランだよ。・・・あ、そうだ。あの女、サトルと同じ会社だって言ってた」
「それ!!重要情報!こうしちゃいられん!じゃあな、サンキュ!」
パグぞうさんはパッと消えてしまった。
ヘンなの。急にコーフンしだして、何が何やら・・・
あたしは床にうつ伏せになって、急に静かになった部屋を見渡した。そして考えた。
今頃サトルはあのショウコって女と一緒にいるのかな
?もしかして、あの二人、ケッコンするの?
いろいろ考えてたらだんだん寂しくなってきた。
あたしだけのサトルだったのに・・・
◇ ◇ ◇
そして数日後。またしても、急にパグぞうさんが現れた。
「おいっす!」
「うわあ!びっくりさせないでよ!」
「あ、悪い悪い。ところでよ、今日はあんたに頼み事があって来たんだ」
「何よいきなり。頼み事って?」
「ゴホン。・・・頼むっ!人間になってくれ!」
パグぞうさんは、両前足をパチンと合わせて言った。
「は?」
「そんで、詳子に伝えてほしいことがあるんだ」
「ショウコ?ショウコってこの前の?どういうこと?」
「実は・・・詳子はオイラが生きてた時の飼い主なんだ」
「生きてた・・・?飼い主・・・?」
あたしは何のことやらチンプンカンプンだった。
パグぞうさんは言った。
「あのな、オイラ達悪魔っていうモンは、最初から悪魔ってわけじゃないのさ。元はこの下界で生きていて、死んで、その後いろいろあって悪魔になってるってことよ」
「はあ・・・」
「それでオイラは、昔は下界で生まれて、詳子のウチに引き取られて、詳子とはきょうだいのように育った。でもあの子が6歳の時にオイラは死んだ」
「何で?何で死んじゃったの?」
「それは・・・」
パグぞうさんはしばらく黙って、そしてやっと口を開いた。
「あれはオイラのせいだったんだ。自分が詳子の言うことを聞かなかったから。・・・あの日、詳子はおやつにチョコレートを食ってた。オイラは一口食いたいって、ワンワン鳴いてせがんだ。でも詳子は『これは犬は食べちゃダメ』って言った。それなのにオイラは、あの子のポケットから落ちたチョコレートをこっそり食っちまったんだ。そしたら・・・」
パグぞうさんは、口ごもってしまった。
パグぞうさんはそれから黙ったまま、うつむいていた。あたしは怖々、切り出した。
「それで・・・死んじゃったんだ?」
パグぞうさんは、顔を上げて言った。
「おう。天国に行く前、下界の様子が見えたんだが、詳子がワーワー泣いてた。自分のせいだって言って・・・。オイラのせいなのに。オイラが食い意地張ってただけなのに・・・」
あたしは何も言えなかった。食い意地が張ってるのはあたしも同じだ。実際この前、人間にしてもらった時にポテトチップスを食べてしまった。
パグぞうさんは話を続けた。
「だからオイラはあの子に謝りたいんだ。あの子が生きてるうちに転生できないんなら、せめて謝りたい」
「テンセイ?何それ?」
「あー・・・話し出すと長くなるんだがな・・・」
そしてパグぞうさんは語りだした。
「オイラ達が死んだ後の話さ。死んだらまずは裁きにかけられて、生きてる間にものすごく悪いことをしていたら地獄行き、それ以外は天国に行けるようになってるんだ。そんで天国に行ったら、次にこの下界に生まれ変われるまで50年かかるわけよ。でもな、天国の神様に使える天使ってのになったら、なんと10年で転生、つまり生まれ変わることができるんだ」
「へー!すごいね!」
「でもオイラは天使になれなかった。見習いの時点で落ちこぼれて、嫌になって天界から逃げ出した。そしてそんな奴らの行くところが悪魔の世界ってわけよ。悪魔になったら二度と転生なんてできない。まあ、地獄に落ちたらいつかは転生できるらしいが、あんな恐ろしい所には絶対行きたくないね」
パグぞうさんはいつになく、よくしゃべった。
「ま、話は長くなったが、そんなわけでオイラは詳子に謝りたいんだ。でも犬の悪魔は人間に語りかけることができないし、自分自身が人間に変身することもできないから、あんたに頼んでるってわけよ」
「うーん・・・」
「もちろん、あんたの寿命はそのままにしておくぜ。オイラの頼みでやってもらうんだからな。それに、あんたにとっても悪い話じゃないはずだ。飼い主のいる会社へ行くんだから。働いてるところ、見てみたいだろ?」
「サトルの働くところ・・・」
そう、サトルは毎朝、あたしの知らない所へ出かけてゆく。あたしが留守番してる間、いったいどんなことをして過ごしてるんだろう?知りたくてもわからないことがわかるなら、行ってもいいかも・・・。
あたしはいつだってサトルのそばにいたい。
うん、わかったとパグぞうさんに言おうとした時、またしてもハナの顔がパッと浮かんだ。