5.リリィ、迷子になる
少し開いたドアの隙間に体をねじこんであたしは外へ出た。サトルの匂いは・・・こっちだ!
あたしはマンションの廊下をダーッと走り抜け、階段をぴょんぴょん降りてマンションの外に出た。
クンクンクン・・・あたしはサトルの匂いのする方向へ走りだした。
パグぞうさんが追ってきて言った。
「おい、もうこれで最後だからな。金輪際呼ぶなよ。ところで、どんな女の所へ向かってるんだ?」
「え?ううん、サトルの匂いを追ってるの」
「は?女の所じゃないの?」
「うん、だってどんな女か知らないもん」
「は?女、いるんだろ?」
「うん。いつも何人かの女の匂いつけて帰ってくるもん」
「それって・・・ハァ」
あれ?パグぞうさんがなんかガッカリしてる?
「なあ、それってサトルの恋人じゃなくね?たとえば仕事仲間とか」
「うーん・・・わかんない。でも、どんな女でもイヤなの。サトルに近づいていい女は、あたしと、サトルのママと、サトルのお姉ちゃんと、お隣のおばさんだけ!」
「どんだけ嫉妬深いんだ」
「あっ!サトル」
「え?」
あたし達は、駅前まで来ていた。向こうの通りを歩いているのは確かにサトルだ。そして、その隣にいるのは・・・女だ!
「やっぱり女といる!」
「え?あれか?でも恋人じゃないかもだぜ?」
「いいの!ガブっとかみついてやる!」
あたしはサトルの女めがけて走りだした。でも、ここでとんだジャマが入った。
「わー見て見て、トイプードルじゃない?超かわいい!」
「迷子かな?」
わらわらと近寄ってくる女子高生たち。ジャマだっての!
「すごいちっちゃい」
「モフモフだね」
「本当にカワイイ♡」
「でも怒ってるよ?」
「歯をむきだしにして唸ってるー」
その内に女子高生だけでなくいろんな人が集まってきて、サトルの姿が見えなくなってしまった。
「おい、どーすんだ」
パグぞうさんが言った。
あたしは寄ってくる人間にガウッとキバを向いて追い払おうとするものの、なかなか人が減らない。サトルが行っちゃうよ!
「どーするったって・・・」
その時、一人の人間が言った。
「迷子なら、近くの交番に連れて行きましょう」
そしてあたしを抱え上げた。イヤだ!
「イテッ!」
あたしはその人の手をガブッと噛んで逃げた。
クンクンクン・・・サトルはこっちか!
あたしは、もう姿の見えなくなったサトルを匂いを頼りに探していた。
「なあおい。あんな騒ぎ起こして、今度は交番のおまわりが追ってくるんじゃないの」
「・・・・・」
「おい、どうした」
「サトルの匂いが消えちゃった」
「えっ!?」
あたしはとりあえず、人間に見つからないように薄暗い路地裏に入った。
「どうすんの」
「どうしよ?」
ピリリ・・・
ビクッ!な、何の音?
するとパグぞうさんが首輪に向かってしゃべりだした。
「はい、こちらパグぞうです。・・・はい、はい。すぐ戻ります」
「どうしたの?」
「オイラ、すぐ会社に戻らないと。悪いな、あんたも諦めてもう帰れよ。じゃ!」
「あっ、ちょっと!」
パグぞうさんはパッと消えて、あたしは一人ぼっちになってしまった。
あたしは一人、薄暗い路地裏でうずくまっていた。せっかくサトルを見つけて、女をとっちめてやれると思ったのに。
路地裏にいると、なんだかいい匂いがしてきた。食べ物の匂い。おいしそう・・・なんだかおなかが減ってきた。どこから匂いが来てるんだろう?
匂いがする方にノロノロと歩いて行ったら、急に人間がドアを開けて出てきた。ドアの奥から食べ物の匂いがする。ドアに近づくと、その人間はあたしを見てどなった。
「コラッ!どっか行け!食いもんはねえぞ!」
そしてあたしを蹴ろうとしたのであたしは必死にそこから逃げた。
あたしは走って走って、どこか知らない所へ来てしまった。あの女子高生たちの言うとおり、本当に迷子になってしまったらしい。
どうしよう。家に帰りたいのに・・・
全く知らない土地なので、カンを頼りに帰るしかないようだ。あたしはとりあえず、ノロノロと歩き出した。
周りは家が多く、門の向こうから知らない犬が吠えてきた。
「ウウ~ワンワン!!(知らない奴だな。誰だ!)」
吠えている奴に、ここはどこですかと聞いても仕方ないので無視して歩いた。
しばらくテクテクと歩くうちに、だんだん日が暮れてきた。暗くなるとサトルが家に帰ってきてしまう。あたしがいないとわかったら、どう思うだろう・・・?心配して探しまわるかな?ああ、会いたい。サトルに会いたいよ。
もうすっかり日も暮れた中を歩くうち、なんだか見なれた所に行きついた。匂いがわかる。
クンクン・・・家はこっちだ!
あたしは匂いのする方へ走りだした。すごく疲れてるけど、早く家に帰りたくて走った。
やがて、マンションが見えてきた。ああ、よかった!
マンションの階段を一段一段、よっこらしょと登り、やっとの思いで家の前まで帰ってきた。ドアの隙間が開いたままだったので、また体をねじ込んで入った。サトルはまだ帰っていないようだ。
クンクン・・・ごはんの匂いだ!
部屋に入ると、お皿にごはんが入っていた(ウチのごはんは、サトルがいない時は勝手に機械から出てくるのだ)。あたしはごはんに飛びついて、ガツガツと食べた。
ああ、おいしい・・・!
あたしはあっという間に食べ終わると、急に眠くなってきた。
うとうと・・・それにしても、サトルが帰ってくる前に帰ってこれてよかった。心配かけたくないもんね。
目が覚めたら朝になっていた。サトルが帰ってきたのにも全然気がつかなかったらしい。サトルがあたしを抱き上げて言った。
「リリィ、昨日はどこに行ってたんだ?」
久々に見る、サトルの怒った顔。
「クーン・・・」
ごめんなさい。サトルの女をやっつけに行ったなんて知ったら、怒るかな?
あたしは、目をうるませてサトルをちらっと見た。サトルは笑った。
「聞いても仕方ないか。とりあえず、風呂に入るぞ。こんなに真っ黒に汚れて。さ、きれいにしてやるからな」
あたしはお風呂は大好きなので、しっぽを振り振り、喜んでお風呂場に走っていった。サトルにわしゃわしゃと洗ってもらったので泡だらけになった。あー気持ちいい・・・
気持ちよくてうっとりしていたら、ふとあの人のことが思い浮かんだ。そういえばパグぞうさん、あれからどうしてるんだろう?