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1.あたしを拾ってくれた人

それは、ある夜のことだった。外は真っ暗で、雨が降っていた。


 あたしは毛布をしいた箱の中にいた。ガタゴト揺れる箱の中でなんだか眠たくてうとうとしていたら、ふと揺れが止まって目が覚めた。


見上げると、あの人は悲しそうな顔をして、あたしに言った。


「誰か、いい人に拾ってもらうんだよ」


 そして、あたしが入った箱は、どこかの床に置かれた。


あれ?どこに行くの?あたしも連れてってよ。ここはなんだか寒いよ。


「クーン、クーン」


 あたしの声が聞こえないのか、あの人はあたしに背を向けて暗闇の中に消えてしまった。


あたしはそれから一人、うす明かりの下で毛布にくるまっているしかなかった。


箱の中にはお水の入ったお皿と、ごはんが入ったお皿があったから、食べながらあの人の帰りを待っていた。でも、いくら待っていても帰ってこない。


寒いよ。寒いよ。寂しいよ…


 その時、人間の匂いがした。でも、あの人ではない。誰でもいい。気づいて。


眼鏡をかけた、若い男の人だ。あたしは再びクーンクーンと鳴き、気づいてくれるのを待った。


男の人がこっちを向いた。


「あれ、あんなところに捨て犬が…」


 男の人はこっちに駆け寄ってきた。あたしはクーンクーンと鳴いた。


男の人は、あたしの顔をのぞきこんで言った。


「かわいそうに。震えてる、寒いのかな?」


うん、寒いよ。どこかあったかい所に行きたいよ。


「放っておけないし、とりあえず、連れて帰るか」


 やった!


 男の人は、あたしの入った箱を持ち上げて、歩きだした。優しそうな顔を見上げながら、あたしは安心して、またうとうとしてきた。よかった。これで凍え死ななくてすみそうだ。


「あらっ!どうしたの?その子犬」


 大きな声で、あたしは目を覚ました。見上げると、知らないおばさんの大きな顔があった。


「いやあ、仕事の帰りに公園を通ったらトイレの軒下に捨てられてたんですよ。それで、震えてるし放っておけなくて。明日、動物病院に連れていこうと思ってます」


「トイプードルじゃない。こんなに可愛いのにねえ。かわいそうに」


「それで、ワンちゃん用のミルクがあれば貸してもらいたいんですが…」


「あら、あるわよ。すぐ持ってくるわね」


 おばさんは、どこかへ行ってしまった。この家は犬の匂いがする。


おばさんは、すぐに戻ってきた。


「はい。このミルクは子犬にも使えるからね」


「ありがとうございます。新しいの買ってお返ししますんで」


「そんな、新しいのなんて気を使わなくてもいいわよ。いつもハナの面倒見てもらってるんだもの」


「そうですか?じゃあ・・・お言葉に甘えて頂戴します。ハナは元気になりましたか?」


「ええ、すっかり。でもすぐに体調くずすから手がかかるわ。だから、このおチビちゃんはちょっと引き取れないわね。誰か引き取ってくれる人、知り合いにあたってみようかしら?」


「ほんとですか?ありがとうございます!僕も動物病院や管理人さんに相談してみます」


「ていうか、中野さんはこの子飼う気ないの?」


「えっ?」


「中野さんも犬好きでしょ?ハナもよく懐いてるし」


「いやあ、一人暮らしだからどうかなって」


「このマンションだって、一人暮らしで飼ってる人はいるわよ」


 ハクシュン!あ、くしゃみしちゃった。


「いけない、早く帰ってこの子をあっためてあげて」


「はい、ありがとうございます。ではまた」


男の人は、おばさんの家のドアを閉め、すぐ隣の部屋のドアを開けた。表札には「302 中野」と書いてある。


「さあ、ついたよ」


 あたしは男の人にひょいっと抱き上げられた。男の人は、なんだかいい匂いがする。


そして、お風呂場であったかいお湯をかけてもらった。あったまると、また眠くなる。


毛布にくるまってうとうとしていたら、ミルクの匂いがした。


「さあ、お飲み」


 あったかいミルクがお皿に入って出てきた。あたしはペロッと一口なめた。


おいしい!ペロペロペロ・・・


あたしはごくごくミルクを飲んだ。


そしておなかいっぱいになって、あったかくて、気持がよくて、うとうとしていたら、知らないうちに朝になっていた。


あたしはむくっと起き上がって、周りを見渡した。


あの男の人が、あたしのすぐそばで横になって

眠っていた。あたしは箱の中から飛び出して、男の人のそばにかけより、顔をペロペロなめてみた。


「ひゃっ!」


男の人は目を覚ました。おはよう、お兄さん。あたしを連れてきてくれてありがとう。


「おおっ!元気そうだな。あーよかった。よし、今からミルクやるからな」


わーい!ミルク!


「んで、その後で病院に行こうな。一応、具合が悪い所がないか見てもらわないと」


えっ!?病院!?病院はイヤだ。前もあの人に連れていかれて、チューシャとかいう痛いことされたし。


「あれ?病院って言った途端にしっぽが垂れ下がってる。さっきはぶんぶん振ってたのに。大丈夫、怖くないから。さあ、ミルクだよ」


あたしはミルクをおなかいっぱい飲んでおいた。


男の人は、あたしを車に乗せて動物病院に行った。男の人が病院の人に言った。


「あの、この子、捨て犬だったんです。元気そうなんですけど、一応体の具合が悪くないか診てもらいたいんです」


ああ、やっぱりあたし、捨てられたんだ。・・・そっか。なんかさみしいな。


そしてあたしは先生のところに連れて行かれた。


イヤだよー!


なんとか逃げようとジタバタしてみたけど、看護婦さんに羽交い絞めにされて抵抗できなくなった。先生の顔が迫る!!


先生はあたしの目やら耳やらをじっと見て、そして・・・!!!


「キューンキューンキューン・・・・!!」


痛い!チューシャってやつだ!すごく痛いよ!!


そして、しばらく後。あたしはやっと男の人に抱っこしてもらえた。あー怖かった。


「えー、ワンちゃんを診た結果ですが、異常なしですね。血液検査も、ウンチも異常なし。だいたい生後3カ月くらいでしょうか。・・・これからどうされます?愛護センターに連絡しますか?」


「いえ、しばらくウチで預かって、新しい飼い主さんを探そうかと思ってます。ここで飼い主の募集ってしてもらえないですか?」


「待合室の掲示板に飼い主募集の貼り紙を貼ってもらうのは全然構いませんが、それでも1カ月間だけですよ。次から次へとこういう子が来るもんでね。貼るスペースが足りないんです。そして、正直なところあまり飼い主は集まらないですね。ウチの子で精一杯って言う人が大半で」


「そうですよね・・・。まあ、とりあえず、連れて帰ります」


病院を出てこのまま家に帰るのかと思ったら、男の人はあたしを抱っこして、ペットショップに入って行った。あたしもあの人に連れられて来たことがある。いろんな犬や猫や鳥のにおいがしてソワソワする。


「クーン・・・」


「大丈夫だよ。今からおいしいゴハンとか、ミルクを買ってやるからな」


男の人はあたしを優しくなでて言った。


わーい!なんだか、ほっとしたらおなかへっちゃった。


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