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「―――で、結局の所、何の用なんだよ?」
心底うんざりとした様子で―――というか実際面倒臭いことこの上ないからそうなるのも仕方が無い訳だが―――目の前に立つ男達を見つめる。
ここまで来ておいて言うのもなんだが、一刻も早く帰りたくなってきた。そう、今直ぐにでもだ。けれどもその空気を瞬時に悟った俺を挟む形で立つ二人が、荒い口調でそう吐き捨てた俺を宥めるかのように、俺の両腕を掴む手に力を込めた。
手を放せと言えれば良いのだが、如何せん二人には俺に対して悪気というものがないだろうから、うんざりと流し見ることだけに留めた。もう面倒臭いから、さっさと用事を済ませてとんずらするに限るな。じろりと睨み付けるものの、一向に動こうとしない男達に苛立ちが募っていく。
というか呼びつけておいてあちらから口火は切らないわ、攻撃を仕掛けてくるわ、こいつら何なんだ本当に。
「おい、逃げやしないから二人共、俺の腕を離せ。ってか少しどいてろ」
「いやだ。というか、あんたさっき何の魔法を放ったんだよ! あんな防御魔法知らないぞ!」
「ああ? 簡単な防御壁だろうが。わざわざ魔法なんぞ使わねえよ」
「で、でも、魔法の効果が完全に打ち消されてましたよね? あんなの初めて見ましたよ」
「打ち消したんじゃねぇ。魔法を吸収すると同時に防御壁を壊しただけだ」
「はぁ?! そんな事聞いたこともねえぞ!」
「そりゃお前達が不勉強なだけだろう? 睨むな。そして腕を放せ。いい加減面倒だ」
少しばかり乱暴に二人の手を剥がせば、ルーンとライドがしゅんと落ち込んだ様子を見せて僅かに距離を取る。けれど次の瞬間には再び俺の横にぴったりと引っ付き、「これなら文句はありませんよね?」とばかりに見つめて来る。文句は無いが動き難い。まあ俺が我慢すれば何の問題もない訳なんだが。
「―――取り合えず、座りませんか? 落ち着いてお話しましょう。レドガルスさん、宜しいでしょうか?」
「あーもうそれで良い。さっさと終わらせたいからな」
「ありがとうございます。学院長、癒術院長もそれでよろしいでしょうか?」
「ああ」
ミハイルの一言で漸く皆が腰を落ち着けると、一番年を取った男が頭を下げた。身なりの整った様子から察するにこいつが一番偉い人間なのだろうな。ありふれたブルネットの髪を撫で付けた年配の男は、優雅な所作で挨拶する。その瞬間、ライドとルーンが慌てて姿勢を正した。
「先程は失礼をした。私が魔法学院院長のトラベリア・マクベス。今回君を招聘した一人でもある。隣が癒術院院長のロバート・キャス。今回君を招聘したのは、我が校の生徒の命を二人も救ったという君の話を聞いたからでもあるのじゃよ。彼等には悪いが、眉唾物だと思ってはいたのだがの」
「あ、そう」
最初から同席する事は決定事項だったのだろう、俺を挟む形で座るライドとルーンの二人を交互に見つめ、トラベリアは苦笑する。教育者としては優秀なのか、ライドとルーンの畏まった様子から察するに、生徒からの信頼も厚いのだろう。その証拠に二人がトラベリアに向ける眼差しは、とても穏やかなものだ。
まあ若干、トラベリアの当て擦りに頬を引きつらせてはいるが。
「まさか本当に、このような逸材が魔法学院以外の場所で眠っていたとは。なんとも奇妙な話だ。そうは思わないか?レドガルス・ホーク君」
「君の経歴を少し調べさせて貰ったが、魔力量はごく平均値で属性はありふれた火属性。特異な点といえば、幼年学校を極めて短期間の内に卒業した事位のものだが、その他は平凡の一言に尽きる、と。君は何処でその高度な魔法を習った?是非ともご教授頂きたいものじゃ」
皮肉っぽい笑みを浮かべる若干若そうなロバートは何とも底意地悪く俺を見つめ返してくる。俺を遥か下に見下した傲慢さが鼻に付いた。実際こいつらがどれだけの偉業を成し遂げてきたなど興味の欠片も無いが、俺がわざわざ素直に答える義理もない。
俺がこいつらに興味がないように、こいつらも俺が例えば多少使えるのであれば確保しておこうという程度の興味しか持ってはいないのだろうから。
「とりあえず、あんた達の目的はどうだって良い。それと、俺をどう思おうがあんたらの勝手だ。そもそも今回来たのは、単にこいつらに頼まれたからであって、面倒事を避ける為でもある。魔法云々について俺が答える義務はないし、義理もない。兎に角、俺はここにやってきた。経緯はどうであれ、な」
視界の端でミハイルが慌てて立ち上がる姿を確認し、俺は目の前に座る横柄な男二人をきつく睨み付けた。今さら動いても遅い。
「いや、待て。まだ話は終わってはいない―――」
「レドガルスさん! お待ちをっ」
「話は終わりだな。俺は帰る。邪魔立てするなら、今度はこっちからあんたらを攻撃させて貰う」
呼び止められる前にさっさと立ち上がり、俺は素早く部屋を後にした。
*
「ま、待って下さい、レドガルスさん!」
待たない。
というか待ってと言われて待つ奴など居る筈もないだろうに。
サクサクと校舎の中を進み、漸く表玄関にたどり着いた所で俺に追い付いたらしいライドが、そのまま帰ろうとする俺を引き留める。生憎、もう待ってやる義理もないんだし帰るぞ、と玄関を出た所で、デジャブの如く息切れしたルーンとライドが俺の両腕にのし掛かってくる。
「おい、放せ」
「放したら、僕達の話を聞いてくれますか?」
「お前達が俺をこれ以上面倒事に巻き込まないと約束出来るなら聞いてやっても良い」
「…分かった」
二人の手が離れ思わず腕をさすると、ライドが言いにくそうに「一緒に来て欲しいんです」と言った。ルーンとライドの何処となく必死な様子から、俺は引っかかるものを感じてライドに向き直った。
「それで、どうしたって?」
「レドガルスさんに頂いた薬草、あれのお陰で友人が命を救われました。彼に、会って頂きたいんです」
「命を救った…?」
「先にも話しましたが、友人は、魔力欠乏症に掛かっていたんです。それで――…」
成る程な。さっき魔法学院院長が二人を救った、と言っていたのはこの事だったのか。というか、オレオンの妖精草を渡した時に魔力欠乏症だと言っていたな。
そうか治ったのか。それは良かった。
だが、俺が実際に救ったのはライドのみだ。その友人とやらを救ったのは薬草であって俺の力ではない。
「気にするな。俺の力じゃない」
「そんな訳ないだろ! あんたが居なきゃ、オレオンの妖精草だって手に入らなかったんだ!」
「そ、そうですよっ、レドガルスさん! あなたが居なければ、僕と彼は今頃…」
ルーンの言葉が尻すぼみに消えていく。そんなに負い目を感じる必要はないというのに。けれど二人は必死な様子で俺の服をぎゅっと握りしめる。多分、ここで俺が「うん」と言わなければ、二人は最後まで折って来る…んだろうなあ。
仕方ないか。苦しそうに眉を寄せて僅かに頭を下げたライドとルーンに向き直った。
「あんたには本当に面倒だとは思うけど、でも、頼むから…」
「分かったわかった。会ってやる。でも会うだけだからな?」
「ありがとうございます、レドガルスさん!」
それから二人は言質は貰ったとばかりに素早く俺の手を取り、俺が言葉を翻さない内にと、ぐいぐいと早足でその友人が居るらしい寮へと案内していった。
*
「でかっ」
思わず内心の言葉が漏れてしまったが、本当に大きい建物だ。これが生徒寮だなんて嘘だろう? いや、でも俺が生きていた時代でも賢者を集めた塔などはかなり巨大だった気がするが、それでも普段は行き来する事のない場所だったから、なんというかその存在感に圧倒されてしまう。
「こっちです」
ルーンの案内で向かった先はどうやら生徒寮の中でも奥まった場所にある部屋らしく、大分長い事建物内を歩いている気がする。
というか、これだけ広いのであれば階数ごとに簡易な紋章によるテレポーテーションを設置すれば良いのにな。ああでも、やっぱり生徒寮だからこそ、歩く事を義務化しているのか。だって一度さぼり癖―――というか便利さが極まる―――が付くと皆歩くよりもテレポーテーションを優先させてしまって、筋肉も衰えていくしな。これが老体であればもう少し事情が違うんだろうけど。
うんうんと頷いている内に、友人が居るという部屋に到着した。
ここまで他の生徒とすれ違わなかったのはどうやら授業が行われているせいらしいが、この二人は授業に出なくても良かったのだろうか?
思わず疑問が頭を擡げる。でも答えなど出る筈もなく、先に部屋に入室したルーンが何事か部屋の中で話す声が聞こえ、それから俺はルーンの招きでライドと共に部屋の中へと入って行った。




