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転生不死者、炎の癒術師さま  作者: 一条さくら
第二章 始まり
7/19

 俺の日常は基本的に刺激の少ない平穏なものだ。

 先の二人―――ライドとルーンだが―――と過ごした激動、という言葉では些か大仰に過ぎるかもしれないけれど、あの二日間がイレギュラーだったのだ。

 なにせあれは、今回の人生の中でも特大級のアクシデントだった。そう断言できる。大体あの日の俺は、あんな危険な場所で二人に出会い、結果あのような流れになるなどと想像もついていなかったのだから。紛れもなく、あれは俺の人生を揺るがす出会いだったといえる。

 まあ、もう当分は二人に会う事など無いだろうけどな。


 ああ、俺の両親が俺を置いて旅に出た事については、幼い頃からある程度覚悟していたし、そういうものなのだと納得していた事だから、今世でのアクシデントには数えていない。言わば必然の流れってやつだ。

 まあそんなこんなで今日も今日とて朝早くから牧場仕事を終え、家の裏にある畑を広げるべく畑仕事に精を出し、午後からは町に出るか或いは家でのんびりと薬を調合しつつ平和な一日を過ごす筈だった。

 そう、その筈だったというのに。


「一体全体、これはどういう事なんだ?なあ、ライド、ルーン」


 思わず玄関先で所在無げに立つ二人をじっとりと見つめる。その視線に険が混じっていなかったと言えば嘘になる。だって目の前を見遣れば、あからさまに面倒臭そうな雰囲気が漂っているのだ。これがジト目にならず何とするというのか。


「ライド、ルーン?」

「おはようございます、レドガルスさん」

「おはよう、ライド。きちんと挨拶が出来るライドは偉いな」

「…おはよう、ございます」

「おう、おはようルーン」


 ぶすくれながらも挨拶するルーンの頭をわしゃわしゃと思う存分撫で、ついでとばかりにライドの頭をぽんぽん叩く。

 照れながらも「何で俺だけこれなんだ」と文句をたれるルーンは、乱れた髪を戻して何とも言えない顔で俺を見つめている。いや、見ているのはルーンだけじゃない。ライドと、その二人の背後に立つ黒い壁が痛いほどの視線で俺の全身を貫いている。

 何だかなあ。

 二人にあの時渡した薬草は、口止め料込み(・・・・・・)だった筈だが、この二人には裏の意味が通じて居なかったのか? 全く空恐ろしいな。

 いや、待てよ。もしかしたらそれを理解した上で、ここにきているのかもしれない。二人は幼くはあるがとても賢い子どもなのだ。その可能性は十分にあり得る。ライドとルーンは見慣れぬローブを纏ったまま、視線をあちらこちらに走らせて落ち着かない様子で立っている。

 これはさっさと片付けてしまうに限るな、と心に決め仕方なく口を開いた。

 ああそれにしても、つい先日別れた二人とこんなにも早くに再会する事になろうとはなぁ。奇妙な縁だ。


「―――で、何故お前達が此処にいるんだ? まだ別れて三日しか経って無い筈だろう。事と次第によってはお前達ごと追い出させて貰うからな」

「うっ。そ、それはえっと…何と言うか」

「先に謝っておく、すまん」


 神妙な様子で謝るルーンに視線を向ければ、ルーンとライドは肩を竦めて背後をちらりと流し見た。二人の背後にはのっそりと大きな影が見える。あっ、人間とも言うか。


「レドガルスさん、その…あの、」


 おろおろと視線を彷徨わせて萎縮するライドは、まるで叱られる直前の幼子のそれだ。おい、俺は虐めている訳じゃないんだぞ、と思わず眉根が寄った。俺の反応に泣きそうに顔を歪めるライドを見つけ慌てて表情を取り繕った。


「おい待て、これは至って普通の反応だからな?」

「でも…怒ってます、よね?」

「さあどうだろうなぁ。どう思う、グラディウス?」

「怒ってるんだろ。それは分かってる、けど俺は、俺達は…」


 ライドと同じく口ごもったまま俯いてしまったルーンに再びため息が漏れる。もうなんだか、二人共先の二日間とは違い、どうにも幼さが前面に出ているようだ。まあ、厄介事を持ってきた後ろめたさもあるのだろうがな。


「お前達はまぁた俺に厄介事を持ってきたってことか。で、お前達の後ろに居る人が厄介事の元凶(・・・・・・)って訳だな」

「厄介事、って」

「違うとでも?」

「………仰る通りです、レドガルスさん」

「素直で宜しい」


 まあ、反論出来ないだろうな。あんな事があったばかりなのだから。

 ここでため息を吐かなかったのは奇跡に近い。

 ちらりと、極力視線を向けないように気を付けていた、二人の背後に立つ背の高い黒いローブを纏った男に嫌々ながらも、本当に仕方なくといった仕草で視線を向けた。

 かなりの渋面を浮かべる俺の表情が見えない筈はないというのに、男はにこにことした笑みを浮かべて状況を見守っている。反射的に腕を組んで尊大に男を見つめたのは、この場の主導権を譲るつもりがないからだ。

 けれども男はそんな俺の態度など意にも返さず、おや、もう喋っても良いのかな? とでも言うように軽く二人の肩を押して一歩前に出た。


「初めまして、レドガルスさん、とお呼びしても? 二人がとても(・・・)お世話になったそうですね」

「……」

「私の名は、ミハイル・アラン。以後お見知りおきを」

「レドガルス・ホークだ。それで? お前達は何の用があってここに来た?」

「それは既にレドガルスさんもお察しの事だと思いますが」


 面倒だ、と思わずため息を吐く。男の後ろに控えた二人が何事か手を振っている。ああ、本当に何だってこうも面倒な事態に陥っているというのか。

 その二人がさり気無くその身に纏う珍しい灰色のローブが意味する所など、余りにも分かりきっているというのに。それでもこの状況をどうにか回避したいと思うのは俺が単なる小市民に過ぎないからだ。何が悲しくて腹を括らねばならないのか。とはいえ、これ以上問答を続けて居ても意味はない。


「兎も角家に入れ。こんな玄関先でする話でもないだろう」

「おや、お招き頂けるとは有り難い。さあ、二人共お邪魔致しましょう」

「あっ、はい。先生」


 何だかなあ。いそいそと家に入って来る三人の姿に思わずイラっとしてしまったのは仕方の無い事だ。俺はリビングに三人を通し、お茶の用意をするべくキッチンへ向かった。





 それぞれソファーに腰を落ち着けた所で、ミハイルと名乗る男は、「改めて自己紹介をさせて下さい」と勝手に自己紹介を始めた。


「私の名はミハイル・アラン。魔法学院中等科一年、Sクラスの担任をしております。さあ、二人も挨拶なさい」

「魔法学院中等科一年、Sクラスのルーン・グラディウスだ」

「…えっと、同じく中等科一年Sクラス、ライド・ファングです。レドガルスさん、あの、その…」


 目を泳がせて言いよどむライドの方をルーンがそっと叩く。視線を合わせた二人は声を揃えてそろって俺に頭を下げた。


「「騙していて、申し訳ありませんでした!」」


 がばっという音が出そうな程の二人の行動は何処となく悲壮感が込められている。恐らく二人共、何かしらの罪悪感を抱いていたのだろうけれど。思わずぽりぽりと頬を掻く。


「別に騙していた訳じゃ無いだろう。言わなかっただけで。それになあ、お前達が魔法学院の生徒だって事くらい最初から知ってたよ。だから頭を下げるのは止めろ」


 ああでも、まさかあの(・・)Sクラスに在籍しているとは知らなかったが。

 驚愕に彩られた二人の顔に苦笑を返し、些か乱暴に対面に座る二人の髪を撫でた。元々整っている二人の顔が赤くなったり青くなったりと色を変え、同時に複雑そうにころころ表情を変え、最終的に脱力したように呆然とする様は見て居てなんとも面白いものだ。

 若干蚊帳の外となっているミハイルが呑気にお茶を飲んでいるのを視界に納めつつ、二人を安心させるようにもう一度笑みを浮かべた。


「別に騙されたとか思ってないから安心しな」

「な、なんでわかったんですか、レドガルスさん」

「魔法契約を知っている人間が、魔法学院の生徒でないなら驚きだよ」

「あっ…!」

「まあ、そういう事だ」


 恥ずかしそうに頬を赤らめて、今更気が付いたと言わんばかりの素直なライドの反応は、なんとも可愛らしくて良いな。然し、対するルーンは何というか苦い表情を浮かべているのが対照的だ。まあ、ルーンは自分の口で言う前に素性が暴かれていた事が少しばかり悔しいのだろう。実際、そういう感情は理解できる。


「此処に来たのは、俺の癒術が目的か?」

「話が早くて助かりますよ、レドガルスさん。ファングやグラディウスの話が確かであるとするならば、あなたは高位の癒術師…国家癒術師である筈です。けれどもあなたは高等魔法学院に在籍した事も無ければ、魔法学院出身者ですらない。一体何処でその技術を学んだのかご教授頂きたいものです」

「残念ながら、俺の癒術―――と言っても良いものか分からないが、兎に角この魔法は俺自身で作り上げたものだ」

「それならば尚のこと、あなたは癒術師になるべきでしょう。その力を国家の為に振るわないなど、国民の義務に反しています」

「国民の義務、ねえ」


 テーブルの上で冷めてしまったお茶を飲み干しながら、静かに畳み掛けるミハイルの声に耳を傾ける。


「国家癒術師は国の宝です。あなたの力があれば、我が国の癒術は今までに類を見ない程度の進歩を遂げるでしょう」

「まあ、それはあくまでも仮定(・・)の話だろう? 何せお前は俺の魔法を見てすら居ないのだから」

「その通りです。ですから、私と共に一度魔法学院へお越しください」

「行かない、と言ったら?」

「正式に魔法学院から令状を出すだけです。癒術師の確保に当たっては、国もある程度の権限を魔法学院へ預けていますので」

「それは面倒くさそうだな」

「そう仰るという事は、共に来て下さるおつもりがあると考えて良いのですか?」


 にこにこと微笑むその笑顔が憎たらしい。闇に溶けるような艶やかな黒髪も、吸い込まれそうに碧い瞳も柔らかく緩んでいるというの、その奥に宿る冷たく観察するような色ばかりが俺の目を見つめ返してくる。それは俺の正体を見極めようとするかのように、或いは俺の背景を探るかのように隙なく俺の一挙一動をそれとなく注視しているのだ。全く、この場に浅からぬ縁を持ってしまった二人が居なければ、問答無用で追い出していた所だ。


「さあな」

「おや、肯定なさいませんか」

「魔法を扱う魔法師に、言質を与えてどうする?」


 呆れ混じりにそう答えた俺の何が可笑しいのか、ミハイルは軽やかな笑い声を上げて俺達の会話をじっと聞いて居た二人を流し見る。


「御見それ致しました。―――さて、時間もあまり無い事ですし、魔法学院へ出発致しましょうか。外に馬を待たせていますので」

「まさか馬で行く、なんて言うんじゃないだろうな?」


 旧時代にも程がある、と言い掛けて口を紡ぐ。流石に高等魔法の類いがこの世界でどれ程進歩しているのかを俺は知らない。けれども魔法師ならば当然出来るだろう事が出来ないとは言わないよな?

 思わず疑問が頭をもたげた。


「勿論そのつもりですよ。何か問題でも?」

「ああ、大ありだ。おい、お前達、馬を玄関まで連れて来い。俺は出掛ける準備をする」

「あっ、は、はい! レドガルスさん」

「ミハイルも先に出ていてくれ」

「ええ、分かりました」


 ルーンとライドが慌てて外に飛び出していくのを見つめ、先にミハイルが外へ出たのを確認した後戸締りを済ませ、仕方なく外行き用の衣服に着替えた後、玄関の外へと向かった。

 息を切らして馬を三頭連れてきた二人を手招きし、三人に手を繋ぐよう促す。


「何で手なんか…」

「良いからさっさとしろ」


 三人が丁度輪になるようにそれぞれの手を繋いだ所で両端に居るライドとルーンの手を握る。


「魔法学院の入り口…門をイメージしろ」

「イメージ?」

「良いから早くしな。建物、門の形、門の場所全てをイメージしろ」

「イメージ、イメージ、」


 三人の魔力が道筋を作る。


「目、瞑ってろよ」


 そう声を掛け、俺は三人を連れて魔法学院へと飛んだ。


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