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転生不死者、炎の癒術師さま  作者: 一条さくら
第一章 出会い
6/19

 それから老女の家を後にしたレドガルス達は、昼食を摂る為に街中の食堂に足を踏み入れた。この食堂は平民向けの為に随分と安く、そしてボリュームたっぷりの食事を味わう事が出来る人気の大衆食堂でもある。きょろきょろと店の中を見渡す二人は何処か落ち着きがなく、まるで大衆食堂に来たのはこれが初めてだと言わんばかりだった。とはいえ、別段その背景を突っ込む気は無く、運ばれて来た食事に手を付ける二人を見つめ、レドガルスは一つの疑問を二人に投げかけた。


「で、これからどうするんだ、お前達は?」

「へっ?」

「へっ、じゃないだろ。体には何の問題も無かったんだ。そろそろ家に帰るべきだろう?」

「そう、ですけど…」

「けど、何だよ?」

「ええっとそれは……」


 お昼時という事もあって賑わう食堂の一角、隅に置かれたテーブル席で昼食を食べながら俺は曖昧な返事を返すライドを見つめた。歯切れ悪く口ごもり、視線を逸らして俯くライドをこれ以上追求しても答えは出なさそうだ。

故に今度は俺の問いに対して無言を通すルーンに視線を合わせる。若干気まずそうな空気を纏っているのは、二人の背景がそんなに複雑だからなのだろうか。しかし俺とて引く気は無い。大体、未成年者である二人を放っておけば、無駄な事件にまた巻き込まれそうだからな。それに、これは先延ばしにしても良い問題ではない。

 ここできっちりと解決しておかなければ、後々問題が膨らんで来そうだ。


「で、どうするんだ?」


 更に畳み掛けてそう問えば、食べかけのパニーニを皿に置いたルーンは、「まだ帰れない」と呟いた。


「それはどういう意味なんだ?」

「………」

「言えない何かがあるっていう事か」


 思わず深いため息が漏れる。そのため息が大きすぎたのか、何処か怯えた様子で二人の肩が揺れた。それはまるで叱られる直前の小さな子供のようだ。無論、二人は大きすぎて子どもと呼ぶには些か語弊があるけれど。しかし、ここで止まっていても仕方が無い。レドガルスは更に踏み込んだ質問をする。


「あの山に入った理由は何となく察しが付いている。けれどそれをどうこう言うつもりは無い。だが帰れないのであればお前達を強制的に送る事になる。理由があるならはっきり言ってみろ」

「強制的に送る、って」

「テレポートだ。それ位分かるだろう?」


 安価な果実水をごくごくと飲み干して二人の顔にびしっと人差し指を向ける。少しばかり驚愕に満ちた二人の表情は、俺が向けた人差し指を注視してすぐさま我に返ったように表情を引き締めた。その警戒感は何なんだ? と思いながらも俺が言うべきことは一つしかない。


「兎も角、俺はお前達の一応保護者って立ち位置に在るんだから、さっさと理由を吐けよ」


 でないと俺も自分の事が出来なくなるからな。

 そう付け加えれば、二人共視線を合わせて観念したように俯き加減に首を振り、ルーンが「分かったよ」とぶっきらぼうに返事を返す。漸く話す気になったかと安堵し、「それで、理由は?」と問えば、ルーンは迷うように周囲を見渡した。


「誰もこっちの話に注目なんぞしていないから安心しろ。というより、その為にこの繁盛してる店に来たんだからな」

「あっそ。なら言うけどな…俺達はその、薬草を取りに来たんだよ」

「それは分かってる。というよりそれしかないからな。で、何の薬草だ?」

「オレオンの妖精草だ」

「―――幻の薬草、か」

「ああ。でもあの山に妖精草が生えていると聞いた事があったから、それで採取したくて行ったんだよ」

「僕たちが行ける場所で発見例があるのはこの山しか無かったんです、レドガルスさん」

「成る程なあ」


 確かにオレオンの妖精草と呼ばれる幻の薬草であれば、あの危険な山に分け入ったのも納得がいく。何せオレオンの妖精草は、全ての癒しの源である癒術に最大限作用するという効能を持つ草なのだ。飲んで良し、食べて良し、煎じて良しと、どのような扱い方をしても同程度の効果が得られるので、癒術の素人でさえも扱える貴重な薬草だ。

 けれどもその名の通り、妖精の如く発見が難しい薬草としても有名で、これまでその発見例は極僅か。元々群生するような薬草ではないし、幾つかの条件が重なった豊かな土壌にのみ生えるものだから、栽培する事も非常に困難。管理の行き届いたハウス栽培でさえ、一つ条件が損なわれれば直ぐに枯れてしまう繊細な薬草でもある。

 それだけに、幾ばくかの希望を持って山に入ったのはある程度理解できるが、かといってそれを支持する事など出来はしない。結果的に命の危機にまで晒されていたのだから。


「オレオンの妖精草、ねぇ」


 ぽつりと呟きながら、そろそろと食事を再開する二人をぼうっと眺める。兎も角事情は知らないが、その薬草を得られるまで帰るつもりはないのだ、という事は理解出来た。

 まあ仕方ない、か。


「一度俺の家に帰るぞ。話はそれからだ」

「あっ、はい」

「おう」


 食事を終えた二人を伴って食堂を出ると、一度特大の溜息を吐いて、家に帰るべく足を進めた。流石にもう、自分の用事は今日は出来そうにない。肩から零れ落ちる一房の髪を手に取り、髪を切るのはまた今度だなと決意して足早に町を後にした。





 それから家に帰って来ると、取り合えず二人をダイニングで寛がせ、俺は家の裏手にある畑に向かった。ここでは俺自身の手で丹精込めて作り上げた野菜達が実っている。しかし今はここに用は無い。畑の奥、山側の斜面に背を向けるようにして立っている小さな小屋が俺の目的地だ。

 小屋の中から幾つかの道具を持って家に帰り、一階の寝室の反対側、丁度キッチンの裏に当たる食品貯蔵庫(パントリー)に入って行く。ここは四畳ほどの大きさがあって、中に入ると分かるが所狭しと様々な物が並べられている。後ろ手できっちりと鍵を閉めて奥に向かうと、壁に手を這わせて二重壁となっている小さな窪みに指を滑らせた。

 まあ所謂指紋認証というやつだ。とはいえこの世界では人それぞれ魔力の波長が違うため、認証として用いているのは魔力の波長測定なのだけれど。

 カチッという音がすると、静かに壁が横に開いていく。

 ポケットに入れた分厚い皮の手袋を装着し、壁の棚に並べられた幾つかの瓶の内、目的の瓶を慎重に取り出した。中央に置いてある作業台に一度置き、空の小瓶を引き寄せて瓶の中にある薬草をピンセットで小瓶に移していく。きちんと移し終えると小瓶にしっかりと封をし、瓶を棚に戻して二重壁を元に戻した。

 小瓶をポケットに入れ、付けていた皮の手袋を作業台に置き、しっかりと鍵を掛け直した後、食品貯蔵庫を後にした。


「すまん、待たせたな」


 ダイニングに行くと、ライドとルーンが落ち着かない様子で何事か囁き合っていた。本当に仲が良いなあ、この二人は。


「あっ、お帰りなさい!」

「ああ。ただいま…っと、二人共座ってくれ。ちょっと話があるからな」

「は、はい」

「おう」


 思わずと言った様子で立ち上がった二人を再び座らせ、「さて」と二人を見つめる。


「食堂の続きだ。オレオンの妖精草は、何に使う? ああ、嘘は止めろよ。面倒だからな、そういうの」

「あんたは本当に、明け透けな奴だな」

「ルーン、ちょっと!」

「あんたに言う必要を感じない」

「ほう、そこまで言うとは中々面白い奴だ。けど、話して貰うぞ。俺はお前達を助けたんだ。それ位は許して貰わねばな」

「…確かにそれは礼を言う。けど、俺達の問題にあんたが立ち入る必要なんてないだろ」


 ムッとした様子でふざけた事を抜かすルーンに思わず人差し指を向ける。全く、なんでこんなに生意気なんだか。


「お前達にオレオンの妖精草が見つけられると思うのか? いいからさっさと吐け。でないと、町の自警団に無断に山に入った挙句魔物に襲われた間抜けな子どもとして突き出すぞ。あの山は私有地なんだ。さてそうなればどうなるだろうなあ?」

「くっそ、なんでそんなに性格が悪いんだ!」

「それはお前らが悪い。この期に及んで隠し立てしようとするからだ。ほら、さっさと吐け」


 ほらほら、と煽る様に言えば、ルーンが盛大に顔を顰め、ライドはおろおろとした様子でルーンを見上げ、やがて諦めたようにルーンが話し出した。全く手間かけさせやがって。まあ、渋る気持ちは分からないでもないけどな。結局俺はこいつらにとって赤の他人なのだから。


「治してやりたい奴がいるんだよ。オレオンの妖精草の効能は分かってるだろ? それで奴を―――あいつを、治してやりたかったんだ」

「どんな病だ?」

「魔力欠乏症、って言えば分かるか? 何処が原因なのかは分からないんだ。けど、数年前に突然そうなっちまって、今は命を繋ぐのがやっとなんだよ」

「臓器は正常に動いているのか?」

「一応はな。でも、そろそろ危ないらしい。俺は、だから……」

「成る程なあ」


 魔力欠乏症。それはこの世界の人間にとって死を意味する病だ。発症する原因は不明。けれど誰しもが持っている魔力を失う事によってどんどん臓器や筋肉が動かなくなり、最終的には死に至る難病だ。進行を止める特効薬は、今の所開発されておらず、高位の癒術師でさえも、魔力欠乏症の進行を緩める事は出来ても完治させる事は出来ない不治の病。

 確か百万人に一人が掛かるという疾患で、先天的な病気ではなく、後天的な病気の為ある界隈では奇病だとも言われている病でもある。


「ごめんなさい、レドガルスさん。でも僕たち、彼を助けたくて…っ!」

「それは俺も同じだぞ、ライド。俺達の手で助けたいんだ。あいつはここで死んでいいような奴じゃない!」


 わんわんと泣き始めるライドと対照的に、ルーンは涙こそ流さないけれど、その声は悲しい程に震え、昂った感情を表すようにぎゅっと拳を握りしめている。

 何と言ったら良いものか迷うな。ぽりぽりと頬を掻き、兎も角俯いてしまった二人に顔を上げるよう促す。


「お前達はそいつを助けたいんだな?」

「ああ、そうだ」

「はい、必ず助けるって決めました、だから!」

「―――分かった。じゃあ質問だ。お前達は何でもするのか? そのオレオンの妖精草が手に入るのならば」

「……! それ、は!」

「不治の病を持つ者だけじゃない。オレオンの妖精草は誰もが喉から手が出る程に求めている薬草だ。それを手に入れる事の意味位、お前達に分からない筈もないだろう?」


 二人の凍り付いた眼差しを見て、確信する。やはりこいつらは安易な気持ちで薬草を得ようとしていたのだと。そして次に言うべき言葉を紡ごうとした瞬間、二人の表情が決意に満ち、次いで禍々しいとも形容する事の出来る強い意志を滲ませた視線が俺を貫いた。


「それでも、僕たちは決めたんです。絶対に手に入れるって」

「ああ、そうだ。俺達は手に入れてみせる。あいつを助ける為なら、なんだってするさ!」

「そうか」


 その意思の強さに思わず安堵したのはどうしてだったのか。まあ、魔物に襲われてさえもオレオンの妖精草を求めたいその思いの強さは理解出来た。まあこいつらなら、良いか。


「分かった。じゃあ二人共、手を出せ」

「えっ?」

「良いから早く」

「お、おう」


 差し出してきた二人の両手を握り、俺は魔法契約を行使した。


『誓約の名の元に誓う。彼の者達がもたらした在処を探す事能わず。彼の者達の在処を探す者共からの守護を希う。ここに誓約の儀を持って彼の者達の加護を締結する』


 俺と二人の間にぼうっと青白い光が現れ、俺の誓約と共にふうっと消えていく。


「な、なんだよこれ!」

「魔法契約だ。まあ、誓約の儀だから拘束力は随分と緩いもんだけどな」

「本当にあんた、何者なんだよ!」

「そこでこれはなんだ? とか聞かないあたり、魔法に精通しているな、お前ら」

「うっ」

「まあ、良いけどな、別に」


 自分たちの手の平をグーパーを開きながらそう絶叫する二人を宥め、俺はポケットから小瓶を取り出した。そこで動きを止めた二人は、俺がテーブルの上に置いた小瓶を見るなり声にならない絶叫を上げる。


「―――オレオンの妖精草?!」

「本物か?! でもこれ、形が少し違わないか?」


 まじまじと小瓶に顔を寄せて眺める二人は、まるで幼い子どものようだ。ってあれか、まだこいつら子どもだったもんな。


「これはオレオンの生薬だ」

「生薬、だと?!」

「そうだ。というより、いちいち叫ぶな。煩いだろうが」

「わ、悪い…でも、なんで生薬なんかがここにあるんだよ!」

「そりゃ俺が作ったからに決まっているだろうが」

「はあ?!」


 再び絶叫したルーンの声に耳を押さえて顔を顰めれば、肩を揺らして口元に手を当て、「悪い」と呟く。


「オレオンの妖精草は繊細な管理が必要な薬草だぞ? もし生えているものを見つけたとして、そのまま持って帰れる訳無いだろうが。そもそも直ぐに枯れるぞ?」

「あっ、そうか」

「忘れてた」

「忘れてたってお前なぁ。まあ、そんな訳でこれはお前達に譲る」

「良い、のか?」

「ったく何のためにさっき誓約を施したんだと思ってるんだ。これを持ってさっさと帰れ。ああ、俺の事は伏せてな。分かっているとは思うけどな」

「…分かってる」

「じゃあさっさと行け。ほらほら、時間が無いんだろう?」


 二人を家の外まで追い出して、俺はにこりと笑って手を振った。もう何がなんだか、と呟くライドの声は黙殺する。


「じゃあな」


 ―――後にまさかこの選択がとんでもない事態を引き寄せる事になろうとは、この時の俺には思いも寄ら無かった。

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