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転生不死者、炎の癒術師さま  作者: 一条さくら
第一章 出会い
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「こっちだ」


 目の前に立ち俺達を先導しているのは、先程共に家を出たレドガルスである。朝食後に外出用のかっちりとしたチュニックに着替えたレドガルスはそれはもう眩い美しさを醸し出し、清らかな美貌を引き立てている。時折送られてくる流し目に鼓動が高鳴るのは、ただの条件反射だと思いたい。というより、物珍しさからくる緊張感とか。

 でないと、俺がちょっと可笑しくなっているように感じてしまうから。


「ねえルーン、ちょっと顔が緩みすぎてるよ?」

「すまん、条件反射だ」

「うん、分かってる。僕も同じようなものだし…」

「格好いいよな、あいつ」

「本当にね」


 前方に視線を遣れば、迷いなく歩いていくレドガルスの後ろ姿が見える。俺達を連れて歩いているからか、幾分か歩調が緩やかだ。それにしても健脚だなと思うのは、同じ歩調、同じペースでもうかれこれ二十分程歩き続けている姿をこの目で見ているからだろうか。あの細い体の何処にそんな体力が隠されているのか不思議になってくる。


「ねえ、あのレドガルスさんって本当に癒術師じゃないの?」

「あの人は違うって言ってるけどなぁ…」

「うん。でも絶対、癒術師だよね」


 こそこそと囁き合いながらレドガルスが真っ直ぐ前を向いているのを良い事に、その背に無遠慮な視線を向ける。その視線に気付いているのかいないのか、レドガルスは歩調を変える事なく歩き続けている。ピンと伸びた背中に流れるシルバーブロンドの髪が歩く度に柔らかく揺れていた。


「だってさ、あんな怪我を一度に、しかも何時間も掛けずに治せるだなんて、絶対に高位の癒術師(ヒーラー)じゃないと無理だもん!」

「まあな。ってかライド、声がでかい。少し声落として」

「ううっ、ごめん。少し興奮しちゃった」


 恥ずかしそうに顔を伏せるライドは可愛らしい。けれど幼馴染と言っても差し支えのないライドの顔はもうすっかりと見慣れているからか、鼓動が高鳴るなんて事は無く、俺はそっと息を吐いた。

 ライドが思わず興奮してしまうのも、同じ魔法学院の生徒だからこそ、よく分かるのだ。高位の癒術師(ヒーラー)なんて人には滅多にお目に掛かれるものではない。大体、この国でも最高峰と言われる癒術師だって、高位の癒術を扱える者など僅か三人しか居ないのだから。

 その人たちも、レドガルスと同程度の癒術を行使出来るのかという点については疑問が残るけど。何せ、瀕死の重傷を負った人間を後遺症もなく完璧に治すことなど神でなければ無理だ。俺自身は、そう思っている。


「でもどうして癒術師じゃないなんて言うのかなぁ? やっぱり高位の癒術師だと、強制的に国家癒術師にされるのが嫌なのかな」

「かもな。何せ国家癒術師は、殆どが中位癒術しか使えないしな」

「うん、だよねぇ」


 だから実際、ライドが虫の息になってしまった時点で俺はもうほんの僅かな諦めと途方も無い絶望に苛まれていたのだ。

 俺は、大切な人を目の前で失ってしまうのだ、と。


「ごめんな、ライド」

「……? うん、どうしたのルーン?」

「俺のせいで、お前が死んじゃう所だっただろ、だからさ」

「ルーンのせいじゃないよ! これは僕の意思でもあったんだから…!」

「いや、でも」

「でもじゃないでしょ。僕は、僕の意思でここまで来たんだから。だから謝らないでよね。それに僕は結局こうして生きてるんだから」

「それでも、だよ」


 苦し気に唸る俺に、ライドは苦笑する。その顔はただただ優しく目の前のレドガルスへと向いていた。


「僕は今生きているんだから、もう何も言う必要なんてないよ。僕たちは今、ここに居るんだから。ね?」

「…そうだな」

「うん、そうだよ!」


 にこやかに微笑むライドの顔を見ていると、強張っていた意識がゆるゆると緩んでいく。でも、俺は俺自身のせいで起こしてしまった出来事を無いものとして振る舞う事は出来ない。だから自戒を込めて、「もう二度と大切な人を危険に晒さないからな」と呟き、自分の胸に刻み込んだ。


「それにしても、不思議な人だよなぁ」


 何というか不意にそんな言葉が口をついて出たせいで思いがけず立ち止まってしまった俺に、数歩先を歩いていたレドガルスが初めて振り向いた。


「なんだ、どうかしたのか?」

「いえっ、何でもないです。レドガルスさん!」

「そうか? まあ、もうすぐそこだから、もう少しだけ歩いてくれ」

「分かりました」


 俺の代わりに大きく頷いたライドを横目に、街の大通りから一本外れた路地へ向かうレドガルスの背を追った。


「二人共、疲れただろう?」

「いえっ、そんなことないですっ」

「無理しなくて良いぞ。癒術師の家にはもう着く筈だからな」

「はい、ありがとうございます。レドガルスさん」


 満面の笑みで頷くライドと俺達を気遣うように歩調を緩めて半身を振り返って会話するレドガルスは、それはもう傍目から見ても仲が良い。というより、ライドが一方的に慕っているような図式だな、これだと。別に、俺自身が蚊帳の外にされて寂しいとかムッとしているだとか、そんな事は無いけれど、なんとなく―――ほんのちょっとだけ、気に食わないのは、俺自身が子ども染みた嫉妬心をライドに抱いているからなのだろうか。

 面白くない、と眉を潜めた瞬間、レドガルスがひたと俺に視線を向けて来る。


「グラディウスも大丈夫か?」

「大丈夫だ。っていうかあんたは大丈夫な訳? 俺達はまだ体力があるから良いけど」

「俺を年寄り扱いするつもりか? これでも鍛えてるからな。これ位は訳ないさ。―――ああ、見えてきた、あれが癒術師の家だ」


 レドガルスの指が向いた先には、温かなレンガ造りの一軒家が立っている。一見造りは安っぽく感じるものの丁寧に手入れされ、庭先から窓、家の敷地内すべてに美しい草花が植えられているお陰で、なんというか心落ち着く空間となっている。家の門から家まで続くアーチが美しい、住んでいる人の人間性というのか、人となりをを感じさせる温かみのある家だった。


「さあ、行こうか」


 少しだけ歩調を速めたレドガルスに引き続き、俺達も家の門を潜って行った。





 町の癒術師―――あくまでも便宜上ではあるけれど―――と呼ばれる人々は、その殆どが薬師である。即ちそれは癒術による治療ではなく、薬術による治療を主にしているという事でもある。まあ、小さな町で国から認定を受けた国家癒術師が居る事すら珍しいのだから、仕方の無い事かもしれない。大きな町であれば中位の癒術を扱う事の出来る癒術師が一人いるけれど。

 山ばかりに囲まれたこの辺境の町に常駐し、さして儲けも取れないような場所で癒術師をしようなどという人間は、恐らく少しばかり変わり者に違いない。


「おやまあ、これは若い男がいち、に、三人も…けけけっ」


 即ち目の前の老女はその変わり者の一人という訳だ。

 老女の言葉にひくひくと隣に立つ少年達の頬が引き攣り、僅かばかり後ずさりするように身を引いている。無理も無い。この老女は中々どうして、一筋縄ではいかない雰囲気を持っているのだから。

 しかし少年達よ、老女に聞こえぬようにと声を落として、「魔女だ」「だな。絶対食われるぞ」「えええっ」なんて話しているけれど、俺も含めてばっちり聞こえているからな。この老女は地獄耳なのだ。

 にたにたという表現がしっくりと来る老女の笑みにがっつりと引いている少年達の背を押し、老女の座るソファーへと少年達を導いた。そのソファーに座った瞬間、少年たちは老女にとって診察するべき患者へと姿を変える。


 老女は少々悪戯好きな部分があり、若い男や老女の姿に引いている人間を見ると思わずからかってしまうようだ。まあ、その性質を知っている人間からはスルーされているし、何の反応も示さない人間を見るとつまらなさそうにソファーを指さし、直ぐに座るように指示を出しているのだが、これ程までに老女に対して反応を返す人間は久しぶりだったのだろう。老女の演技にはかなり熱が籠っていた。まあ手加減している方だとは思うけれど。俺の時なんてもっと凄かったしな、色々と。

 ソファーに座った少年達を見て、老女はテーブルの端に置かれていたカルテを手に取った。そのカルテに目を落としながら、老女は少年達に問う。


「それで今日はどうしたんだい? 見た所、怪我も病気もしていないようだけど」


 この老女は見た目で侮られる事を殊の外嫌っている。だからわざとおどけて見せたり、道化となって患者を先ず観察するのだ。その観察眼は本物で、家に入った瞬間から―――もっと言えば、家の敷地内に入った瞬間から診察は始まっているのだ。

 この老女は言わば“本物”の癒術師だ。即ちそれは、国から認められた国家癒術師の一人でもあるということだ。まあ老女の話では王都で華々しい癒術師デビューをした後に、何故かこの町に流れ着いた癒術師崩れなどと表現する事もあるが、その腕は本物だ。俺自身も老女が診察し治療している所に立ち会った事があるから、それは間違いではない。

 かりかりと老女がカルテに何事かを記入する音が部屋の中に響く。


「患者はこの子です。ほら、自己紹介しな」

「あっ、僕はライド・ファングと言います。よろしくお願いします…?」

「ふんふん、ライドねぇ。で? 何処が悪いんだい? お前さん、怪我もしていないみたいだけど。あれかね。ちいっとばかし、体力というのか生命力が削られているから、ここに来たのかい?」

「おばあさん、分かるんですか?」

「あたしゃこれでも天下の癒術師様だよ? 分からない筈が無いさね」


 一度言葉を切り、老女はテーブル越しにずいっとライドに詰め寄る。よせば良いのに真剣な眼差しで穴が空く程見つめるものだから、ライドがソファーの背もたれに体を引っ付けるようにして身を引いていた。


「あの、実は僕先日…っていうか昨日、怪我をしまして」

「ふんふん、腹部の方かい? それにしては綺麗なもんだけどねぇ」

「あっ、はい」


 頷きながら僅かに服を捲り上げて腹部を見せるライドは、隣に座るグラディウスに「このおばあさん、凄い人かも」「だな。魔女じゃなくて良かったな」などとまた話していた。おい、聞こえて居るぞ、と声を掛ける前に、老女はうーんと腕を組んでじろじろとルーンを見つめカルテに視線を落とした。


「で、どんな怪我だったのかね?」

「えーっと…」


 何故か縋るような眼差しで見つめられ、俺は「魔獣と遭遇したらしいんですよ」と助け船を出した。


「魔獣ねぇ。どの魔獣だい?」

「それがえっと、ダイアウルフに」

「ダイアウルフ?! 単体だったのかい?!」


 思いがけず発せられた老女の驚愕した声に、ライドとグラディウスは飛び上がらんばかりに驚き、しどろもどろで弁明する。


「いえ、群れでした」

「多分、五匹は居たんじゃないか?」

「そうかも。こっちを追いかけてきてたし。二匹はどうにか殺せたけど…」

「あれも運が良かったから、なんだろうけどな」


 冷静に話し合っている側で老女は再び顔を強張らせて、「ダイアウルフが五匹も?!」と叫んでいる。何というか、カオスになってきたな。


「それが本当なら国家魔術師は何をしてたのかね? ここらではダイアウルフが群れで居るだなんて聞いた事もないがねぇ」

「あっ、と。僕たちはその…山で遭遇したので」

「山?」

「あそこにある山です」


 ライドが指を指したのは、町から少し離れた場所にあるあの山だった。老女は驚愕した様子でライドとグラディウス、そして山を交互に見つめ、「よく生きてたもんさね」と呟いた。

 実際、死んでいても可笑しくなかった状態だったがな、と心の中で同意すれば、若干申し訳なさそうな表情を浮かべるライドとグラディウスの姿が見え、僅かに首を横に振った。

 兎も角、今ここに生きているのは確かなのだ。だから今はそれだけで十分。


「その傷とやらは誰に治してもらったんだい? 見た所かすり傷一つ付いてないがねぇ」

「内臓の方は、どうですか?」


 ライドの腹部に視線を向けてそう言えば、老女は一瞬ぽかんと口を空けた後、がばははっと大きな笑い声を上げた。


「内臓を治せる癒術師が居るなら連れてきて欲しいもんさね! まあ、あたしの見立てじゃ何もなってない、綺麗なまんまさね」

「そうですか」

「ああ。所であんたがこの子たちの保護者って所かい? 若いのに苦労人さねぇ」

「まあ、今回の怪我はある意味俺の責任でもあるので」


 そう、ある意味では、だ。慌てたように俺を振り仰ぐ二人を見つめ、俺は僅かに笑みを浮かべた。


「ああそうだったのかい。でも、もうあの山に入るだなんて危険な真似をさせちゃあいけないよ。今度は死んでしまう可能性もあるんだからねぇ」

「はい、分かっています」

「それなら良いんだよ。さて、診察も終わったし、お代だけどね」

「はい、おいくらですか?」

「そうさねぇ…まあ治療はしてないし、十ガルネーツ(5000円)で良いかね」

「そんなにお安くですか? 本来ならもう少し高く―――」

「良いんだよ。あたしが良いって言ってんだ、気にしなさんな」


 あひゃひゃと笑う老女の隣で、ライド達は大層驚いていた。その金額の安さにではない、高さにだ。

 俺の住むこの世界では、基本的に平凡な村人の平均月収は二十ガルネーツ(20000円)だ。その月収から考えれば決して安い金額ではない。しかしこの辺境の村でのみ言えば、村人の平均月収はこの平均よりもぐっと金額が下がり、大抵は十三ガルネーツ、良くて十五ガルネーツといった所だ。

 これに対して診察費用が十ガルネーツというのは割高に聞こえるかもしれないが、その分、深刻な病状――例えば内臓が腐っているだとか、足が千切れているだとか――で無い限りは大抵の病と傷が癒えるし、体の隅々まで丁寧に診察して貰えるのだから良心的な値段ではあるのだろう。実際、王都などに常駐する癒術師はもっと高い費用が必要だと言うしな。


 このような費用の高さから、大抵の村人は薬術師の元に掛かり、費用が少なくて済む投薬治療を主に受けている。

 俺が財布代わりの巾着袋から十ガルネーツを取り出そうとした瞬間、老女はぎらぎらとした目でこちらを見つめ、


「もし、あんたの傷を治して貰ったっていう癒術師に会わせてくれるんなら、費用はまけといてあげるけどねぇ」


 と爆弾発言をかましてくれた。お陰でライドとグラディウスは固まってしまうし、空気も一気に凍り付いてしまった。その言葉には答えず、一心にじいっと俺を見つめて来るその意味ありげな視線を躱しつつ、テーブルに十ガルネーツを置いて、二人を引っ立てるようにして老女の家を後にした。

 老女が俺達が出て行った玄関を見て、「分かりやすい子だねぇ、けけけっ」とけたたましい笑い声をあげた事など、足早に立ち去った俺達が知る由も無かった。


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