18
走って来た影響からか足をがくがくと震わせ、顔を真っ赤にしてレドガルスの胸板で嗚咽び泣く二人を宥めて廊下の隅に寄ると、いつの間にか学生達に囲まれていた事に気付きひくりと頬を引き攣らせた。
なんというか、視線が集中し過ぎている気がしてならない。
一部の人間は何故か視線が合うと顔を赤らめているが、何がどうなったら頬を赤らめられるんだ?
あーこれは、どうしたもんか。
思わず視線を遠くへやってしまったが、今のこの状態を収められるのは俺一人であることに気付いて深く息を吐いた。
二人がもう少し小さかったら俺のローブの中にその姿を隠してやることも出来るのだが、流石に身長がそう変わらない二人にはそんなこと出来る筈もなかった。
―――仕方ない。
取り合えずは走り疲れて満身創痍の二人を回復させるべく、ごく軽い仕草で二人の背を撫でて癒術を施した。
ようやく興奮が納まって来た二人がそろりと恥ずかしそうに顔を上げた。あーその顔に癒される。何というか、多分かなり精神的に疲れていたのだろう。思わず二人の頭を撫で、大きく息を吐く。
ライドとルーンが恥ずかしそうに身動ぎするのも、今は癒しにしか見えない。
ただまあ、流石にこのままでは居られないだろう。
そう判断し、抱き寄せた二人の耳元に唇を寄せ、周囲に聞こえぬようそっと囁き声を落とした。
「取り合えず、場所を移すか」
顔を赤く染めた二人がこくこくと頷くのを確認し、やんわりと二人の背を押して、俺達はその場を後にした。
*
―――うわあ、すごく見られてる。
三人でやって来た研究棟内の食堂は、他棟の食堂と比べても遜色ない程広い。出来るだけ目立たない席を意識して窓際の隅に腰を下ろしたものの、突き刺さるような視線が和らぐ気配は見えない。
それもこれも、目の前に座る美貌のウンディーネ…じゃなかった、レドガルスさんが原因だ。
無造作に束ねられたシルバーブロンドは、今日も今日とて光輝いている。月の雫を溶かし込んだかのような見事な白銀は、それだけで宝石の如く白皙の美貌を引き立たせている。
元々レドガルスさん自身が線の細い中性的な美貌であるためか、首元を緩めたシャツとローブの隙間からちらりと覗く白い肌が壮絶な色気を醸し出していて、何の下心も持たないライドでも思わず頬が赤くなるのを止められない程だった。
隣に座るルーンですら、目元を主に染めている。
勿論、レドガルスさん自身には何の含みも無いのだろうけれど―――というか多分絶対、レドガルスさんは自分の容姿が周囲にどのような影響を与えるのか分かっていないのだ―――差し向かいでどうしてもその肌が見える位置に居るライドとしては、出来ればシャツのボタンをしっかり留め、ローブで肌を覆い隠して欲しいと思ってしまう。
それはライドの心の底から願う切実な思いでもあった。
そろりと周囲を伺えば、幾人か首と鼻の下を伸ばしてレドガルスさんを見つめている人が見え、思わず背筋を伸ばして窓際に座るレドガルスの姿を隠した。
うん、分かってる。これじゃあ隠しきれていない、っていうことは。
でも、レドガルスさんに「シャツのボタンを留めて欲しい」なんて言うことは、流石のライドでも出来そうにない。というか、多分言ってもレドガルスさんにはその意味を理解して貰うことは難しいだろう。
複雑な顔で唸るライドを見かねてか、隣に座るルーンが助け船を出してくれた。
「あー、レドガルスさん。制服を着崩すのは良くないと思うぞ。ってか、編入初日のあんたがそんな恰好してたら、注目を浴びると思うけど」
「ん? ああ、やっぱりそうか? こういう衣装は慣れなくてな。まあでも、制服を着崩すのは、流石に不味いか」
ルーンの一声でレドガルスさんはすぐさまシャツのボタンを留め、コートもローブもきっちりと留め直した。どこからか落胆の声が聞こえた気がするけれど、今は無視だよね、無視!
ようやくレドガルスさんの首元から発せられていた匂い立つような色気が納まって、ライドは思わず安堵から溜息を洩らした。
頬の熱が徐々に納まっていくのを感じ、ライドは改めてレドガルスさんに視線を向ける。
「そういえばレドガルスさん、編入おめでとうございます。言うのが遅くなってしまって、ごめんなさい」
「いや、別に気にしてない。一応ありがとうと言っておく。まあでも、お前達と講義が被ることは無いだろうから、それが少し残念ではあるかもな」
「レドガルスさんは午前中、何をなさっていたんですか?」
「んーああ、座学は出席しなくて良いって言われてたから、さっきまで研究棟内を見学していたんだ。実技と…後は、俺自身が教鞭を取る時だけは、授業に出る形になってる」
「―――えええ!」
素っ頓狂な声を上げ、ライドとルーンは思わず身を乗り出してテーブル越しにレドガルスに詰めよった。
「座学は受けなくていいって、どういうことですか?!」




