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転生不死者、炎の癒術師さま  作者: 一条さくら
第三章 癒術院
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 二度目の学院長室はそれほど居心地は悪くなく、共に入室したミハイルに促されるままに豪奢なソファーに座る学院長の対面に座った。

 にこやかに微笑む学院長の狸面を見ていると、どうにも胡散臭く感じられるのは、初対面から歯に着せぬ物言いで煽られた事が原因なのだろう。

 いや、多分絶対にそうだ。


「癒術院院長は、少し席を外しているのでな、我々だけで進めさせて貰うぞ。…さて、レドガルス・ホーク君、先ずは癒術院入学おめでとうと言わせて貰おう。優秀な国家癒術師が増えるのは歓迎じゃ」

「……ありがとうございます」


 そう返事はしたものの、警戒も露わに学院長を見れば、隣に立ったミハイルが「今後のことですが」と切り出した。


「レドガルスさんには、癒術院で講師を務めて貰います。勿論、基礎的な癒術理論について、ではありますが」

「…俺は生徒として入学した筈だよな?」

「ええ、その通りです。ですが、生徒が講師を務めてはならぬ、という規則はありません。それにこれは―――」

「王太子殿下直々の指示じゃ。故に、そなたには生徒兼講師として働き、同時に一月に一度、レポートを提出して貰う」

「はあ? なんだそれは、どういうことだよっ!」


 荒々しく机を叩いて立ち上がると、ミハイルが落ち着いて下さいと宥めに掛かる。けれども学院長はそんな俺の様など気にした様子もなく続けて言った。


「簡単なことじゃ。そなたの持つ知識は、宝であり、同時に稀有な宝石だということ。それを今現在、魔法や癒術について学ぶ未来の原石達に教えぬ道理も無かろう? それともそなたはやはり、王太子殿下のお側で救世の癒術師として名を馳せたかったのかね?」

「冗談も大概にしろっ。誰がそんな事を求めていると思っている!」

「ならば受け入れることだ。そうでなくばその力、国の監視下に置かれ一生を過ごすことになりかねぬのだぞ? それでも良いというのであれば、私が殿下に口添えしよう」

「こ、の…!」


 怒気も露わに学院長に詰め寄れば、学院長は諦めろとでも言うように俺の肩を叩く。同時にミハイルが俺の腕を引いて、着席を促した。

 これが黙っていられるか! と叫ぶことが出来ればどんなに良かっただろう。けれどももう何を言った所で事態を悪化させてしまうだけなのだと悟る他なく、俺は諦めの境地と共にソファーに深く腰掛けた。

 もう何もかもが嫌になって脱力して深いため息を吐き、ぐったりとソファーの背に寄りかると、目の奥がちかちかと明滅し、頭痛を起こした。


「それで、俺はどうすれば良いんだ?」

「先ずは生徒として授業を受け、新設した癒術講座で教鞭をとって貰う」

「…分かった。それから?」

「既に殆どの魔法知識について理解していると聞き及んでいるから、受ける授業は実技だけで構わぬ。その他の時間は、癒術院で研究に当ててくれれば良い。もし助手が必要というのであれば手配するつもりじゃ」


 御免被る。何が悲しくて、助手まで付けられなければならないのか。


「それは必要ない。で、癒術に関する論文やレポートを纏めれば良いんだな?」

「そうじゃ。ああそういえば、王太子殿下が先日そなたに提出して貰った、魔力欠乏症のレポートを国家癒術師全員に配布するよう言われておる。必要があれば、その講義も行うようにと通達があった」


 嘘だろ? という言葉を懸命に飲み込み、俺は苛立ちと脱力感に苛まれながら立ち上がった。もうこんな場所にひと時として居たくはない。

 結局、俺は駒としてすり潰される運命にあるということなのだろう。くそがっ。


「…分かった。とりあえずはそれだけ、だな?」

「そうじゃ。後のことは癒術院長とミハイルに聞くが良い。健闘を祈るぞ、レドガルス・ホーク君」


 学院長のにやりとした笑みに拳を握りつつ、俺は入室した時と同じように足音高く学院長室を後にした。





 レドガルスが学院長室を退出した頃、ライドとルーンは広大な敷地を持つ魔法学院の訓練場で、魔法実技の授業を受けていた。

 魔法学院は初等科、中等科、高等科と一応の区切りがあるものの、基本的に魔法実技の授業は科全体で行われているもので、その年齢も様々だった。

 魔法学院は実力主義の学校だ。それ故に、必要な単位さえ取れば、学年や科をスキップすることは容易だが、実の所それは二年以降の話で、中等科一年は基本的にそれぞれの学習度合いに合わせながらも、必須単位を履修するまでは皆同じペースで進んでいく。


 そういう意味で言えば、中等科一年の上澄みだけを集めたSクラスに所属している二人にとって、平均的な魔法師に合わせて行われる魔法実技の授業ほど退屈な科目は無かった。

 とはいえ、二人は来月スキップを果たし、中等科二年Sクラスへと進級する。そうなればこの科目ももう少し実践的でより充実したものとなる筈なのだ。


 悪戦苦闘する同級生達を横目に、ルーンとライドはこそこそと小声で会話する。皆の輪から少し離れて立っているから、多分皆には聞こえる筈も無いだろうけれど、やはり私的な雑談を真剣な眼差しで授業を受けている同級生たちの側でするのは憚られ、ことさら声を潜めて二人は癒術院の研究棟に視線を向けた。


 白状してしまうと、二人とも今日は早朝からそわそわとして落ち着かず、授業があるというのに、どこか上の空でまだ見ぬあの人の姿を思い浮かべていた。そう、あの美しいシルバーブロンドの髪と目を持つ、中性的な美貌の、けれども少しだけ口調が荒っぽい、二人にとっての恩人たるレドガルス・ホークという名の少年のことをだ。


「今日だよね、レドガルスさんが学院に編入してくるのって」

「だな。あの人、ってか周りが無事かな…うちの学院、保守的な奴ばっかりだし、うっかり爆発して自宅に帰ってないと良いけどな」

「そうだよねぇ。レドガルスさんならぶっちぎって帰っちゃうかもしれないし」

「ああ。だからこの授業が終わったら、直ぐにあの人を探しに行くぞ。もうすぐ昼前だし、多分捕まえられる筈だ」


癒術院の研究棟は、魔法学院の生徒であれば自由に行き来する事が出来る開かれた空間だ。まあそれでも、用のない生徒が近寄る事は殆どない、普段から静寂に包まれた場所でもあるのだが。


「うん、そうだね。きっとレドガルスさんも一人だろうし。頑張って見つけないと」


 ぐっと拳を握るライドに、ルーンは笑って頷いた。


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