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転生不死者、炎の癒術師さま  作者: 一条さくら
第二章 始まり
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 それから俺は、明らかに場違いだと思われる豪奢な部屋に押し込まれた。もしかしたら、王族専用区域の部屋なのかもしれない。とすると、倒れていた青年は王族、か?

 そういえばさっき、聞き間違いでなければ青年を『殿下』と呼んでいた気がする。

 いや、まさかな。

 そんな想像して無意識に顔がひきつり、背筋に冷や汗が流れ落ちた。もしそうであれば、余計な事をしたかもしれない。

 

 無論、助けた事を後悔している訳ではないのだが、それでもやってしまったという思いが頭を占拠する。

 だが同時にやってしまったものは、もう仕様がないとも思うのだ。

 あそこで助けなければ、十中八九あの青年はあの場で死を迎えていたか、或いは昏睡状態になっていただろうから。


 気を失っている青年が広く大きな寝台に丁寧に横たえられるのを横目に、ミハイルにがっちりと腕を掴まれた俺は天鵞絨(ビロード)張りの長椅子に腰掛けた。クッション性の高い長椅子は絶妙な柔らかさで俺の腰を支えてくれる。

 あー癒される。もう帰っても良いだろうか?

 この椅子一つで俺の家が買えそうだな、などと少しばかり現実逃避してみるがこの何とも言えない現状が変わる訳ではない。という訳で俺は、先程から何も言わずジト目で俺を見て来るミハイルに、渋々話しかけてみた。


「あーミハイル? 何処にも行かないから腕放してくれないか? そろそろ痛くなってきたんだが」

「またそう仰って何処かへ〝飛ばれた〟ら適いませんからね。レドガルスさんは少し大人しくなさっていて下さい。院長達もまだ忙しいようですしね」


 ミハイルの視線を辿ると、確かに長官と癒術院院長は何事か部屋の外に控えた衛兵に声を掛け、青年の主治医を呼んでくるよう指示を出している。ああ、本当に面倒なことになってしまった。できる事なら今すぐ何もかも放り出して帰ってしまいたい。

 しまいたいのだが、この間の魔法学院とは違って、ここは王宮だ。様々な魔法が施されたこの場所では、特級魔法を用いても直ぐに帰ることは出来ないだろう。


「この間使った転移魔法ってのは、俺の魔力量だけでは行使出来ない代物なんだよ。この間のあれは、三人の魔力をちょっとばかり借りたから出来ただけだ。つまり、今の俺にここから飛ぶだけの力は無い、ってことだ。分かったら手を放してくれ」


 ミハイルは何処か訝しむように俺を眺めた後、苦々しい表情を浮かべて視線を逸らした。

もしかして、信用されてない?


「それでも、レドガルスさんならそんな制約なんて飛び越えて、未知の魔法を使うかもしれませんからね。ご自分の前科を省みて下さい」

「まあ、その通りかもしれないけどなぁ…大体、俺がここに居る意味は結局の所、あの男がどうして治ったのかって所だろう? それ位、説明するって。だから放せ」

「ちょっと窮屈な状態という所は我慢して下さい。―――勿論、すべて説明して下さるまでこの腕は放しませんとも」


 不意に、重苦しいため息が漏れる。

 手早く青年の周囲を整えていく女官達の姿を目に留めつつも、俺は隣でじっとりと黒い笑顔を浮かべたミハイルの重い空気に耐えられず、最初の問いに答える事にした。


「そいつは深刻な魔力欠乏症だった。加えて臓器不全を起こしていて、しかも既に対処療法は限界に近く、恐らくそう長くは生きられなかった。違うか?」

「その通りです。だからこそ、あなたがどうやって治したのか、私達は知る必要があるのですよ」

「簡単な事だ。そいつの魔力転換器が上手く作動していなかった。それが魔力欠乏症の原因なんだよ」

「……なんですって?」


 ミハイルが目を見開いて、呆けたように聞き返してくる。その顔に浮かぶのは、まるで想像もしていなかった事を言われたとでもいうような唖然とした表情だった。


「というか、魔力転換器とは何のことですか?」

「まずはそこからか」


 殊更大きなため息を吐いて、俺は先ず魔力転換器とは何かについて話す事にした。






「―――では、魔力欠乏症とはそのレドガルスさんが仰る"魔力転換器"とやらが上手く働いていないが故に引き起こされる病である、という事ですか?」

「ああ、そういう事だ。魔力転換器は即ち自然界に存在するあらゆる物の源の力を魔力へと転換する器官だからな」

「俄かには信じられません」

「まあそうだろうな。だが、事実だ」


 肩を竦めて断言すれば、ミハイルは何とも言えない表情を浮かべつつも二度、三度と頷き、自身の考えを纏めるかのように何事が呟いた。


「魔力転換器、か…」

「それが真実であれば、今まで我々のしてきた事が何だったのかという気さえしてくるな」

「ええ、本当に。勿論彼の言葉を真実とするとならば、私達はどうも誤った方向に努力していた事になります」


 話に熱中していて気付かなかったが、いつの間にか側で耳をそばだてて居たらしい癒術院院長と長官が各々複雑そうな表情を浮かべてため息を吐く。といっても、俺の言葉を丸っと信じた訳では無いということは、その疑わしそうな眼差しで理解しているつもりだ。

 つまり、俺は最初から最後まで彼等に話す必要があるらしい。その証拠に、院長と長官は俺に殊更厳しい眼差しを向けてきた。


「レドガルス・ホークと言ったね。君は何故そのようなことを知っているんだね?」

「それは私も気になっていました。教えてはくれないか、レドガルス・ホーク君」


 まるで黒い影を背負ったかのような黒い笑みに、思わず身を引いた。


「分かった、分かったから。少し落ち着け。ちゃんと話してやるから」


 さて、どこから話すべきだろうかと思案しつつ、俺は口を開いた。

 けれども次の瞬間、俺は咄嗟に口を閉ざす事となる。まるでこの瞬間を狙っていたかのように、一つの声が降って来たからだ。

 その声の主は、少し掠れた声でその場を支配する。


「―――その話、私も聞かせて貰おうか」

「殿下! 起き上がられても宜しいのですか?!」

「ああ、問題ないよ、長官。もう大丈夫だからね」


 声の主―――殿下と呼ばれた青年は、僅かに乱れた髪を整えて、長官に促されるままに空いていたソファーに腰掛けた。

 その優雅な所作に思わず顎を引き、唇を引き結ぶ。これは、不味い展開になっている気がする。


「さて、レドガルス…といったか、先ずは私の病を治し、また助けてくれた事、感謝する。私は幼い頃から病を患って居てね。典医からは、もう長くはないだろうと言われていたんだ」

「殿下、それは…」

「構わないさ。これは長官を含めてもこの国の上層部、それも一握りの人間しか知らされていないことでもあるのだが、今こうして私がここに居るのは、偶然にも(・・・・)君がこの城に居て、そして助けてくれたお陰でもある。それは変えようのない事実だ」

「……」

「何が言いたいのか、と思うだろうが、私はね、君のような逸材をこのまま野放しにしておくことは出来ないのだよ。無論、それはこの国の王子であり、次期国王たる王太子としての判断だ」


 つらつらと、青年は僅かに手を広げつつそう言い切った。


「ただね。君は私の恩人でもある訳で、こうして助けて貰った恩義を持ってしても、君に無理を強いることはしたくはないという訳だ」

「…つまり、何が言いたい?」

「れ、レドガルスさんっ! 殿下に対してそれは…」

「構わないよ。この場は非公式な場だ。つまりは、そうだな。こうしてはどうだろう? 君はこの功績を讃えて国家癒術師の資格を得るが、典薬寮に入るのではなく、癒術院で講師としてその力を発揮させる。もしくは、その生徒として通い、癒術の発展に努める。勿論、この場合は君なりの研究の成果を国に随時報告して貰うことになるが」

「それは脅しか?」

「これが私達が君に出来る最大の譲歩というものだよ。どうだろう? 君にとっては悪い話ではないと思うのだが?」


 悪い話に決まっているだろうが!

 ぐっと奥歯を噛み締めて目の前の青年を睨み付けるが、青年は意に返した様子もなく平然と見返してくる。


「それとも、この功績を公のものとして、君を正式な手順を踏んで国家癒術師とし、その上で"奇跡の癒術師"として祭り上げる方が君にとっては良かったのかな? 無論、私はどちらでも構わないが」


 くそっ。まったく良くないわ!

 側に居たミハイルが、怒りを露わにする俺を宥めるように「落ち着いて下さいっ」と俺の肩を叩く。

 ぐうっと唸り声を上げてきつく目を閉じるが、現実が変わる訳もなく、俺は考えに考えた末に、最初の案を飲むことにした。


「…分かった。国家癒術師になろう。けど、癒術院の講師なぞ断る。生徒として、通わせて貰う」

「そう言って下さって良かった。では早速手続きに入るとしましょう。長官、院長、それで構いませんね?」

「殿下の御心のままに」


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