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転生不死者、炎の癒術師さま  作者: 一条さくら
第二章 始まり
13/19

13

 これで厄介事とはおさらば出来る。足取りも軽く回廊を進んでいた先で、不意に回廊の隅に蹲る一人の青年を見つけた。相当体調が悪いのか顔色は白を通り越して土気色になっており、吐く息は荒い。遠目からでも体の震えが見てとれ、弾かれるように駆け寄った。


「おい、大丈夫か!」


 背中を壁に付けてはいるが、足に力が入らないのだろう。ずるずると床に倒れ伏す。

 声を掛けながら素早く上着を脱いで丸め、青年の首の下に差し込んだ。


「大丈夫か! おい!」


 ざっと見た所、外傷はなく恐らくは内臓系か何かの病なのだろう。唸るばかりの青年は大量の脂汗をかいていて、苦しそうだ。青年がかっちりと着込んでいる軍服の襟元を寛げ意識を確認すれば、一応意識はあるらしく、瞬きをしてこちらを見つめていた。意識があるのなら、まだ大丈夫だ。

 先程から浅い呼吸を繰り返してはいるが、息が出来ないという程ではないらしく、胸を抑えて体を小さく丸める青年を前に、俺は片手を翳して癒術を展開した。


「レドガルスさん! 一体、何が…」


 背後ではミハイルが追い付いたらしく、はっと息を呑む音が聞こえて来るが、それは後回しだ。


「動くなよ」


 つい先日も用いた魔法陣を展開し、地脈からくみ上げた気を魔力に変換して、癒術へと転用していく。けれども何の手ごたえも感じず、俺は一度視点を切り替えて青年の内臓を視ていった。青年の体調不良は恐らく臓器不全によるものだ。本来であればこの癒術によって癒されたそれらは、正常な動きへとすぐさま転換していく筈だが、何処かに別の問題があるのか、動きに若干の不自然さが残る。

 驚いたことにこの青年、魔力が殆ど感じられず、そのため肉体のあらゆる部分に損傷が見受けられたのだろう。この世界の人間は、すべからく自らの魔力によって体を動かしている。

 普通、一般的な人間が健康的な生活を送ることのできる魔力量―――これは肉体が持つ組成率だと言い換えることもできるが―――は、肉体の50%以上を占めており、基本的に肉体を構成していく上でこの程度の魔力量が肉体に循環、或いは保有しておく必要があるということだ。

 対してこの青年が今現在持っている魔力量は、肉体に比例しても30%未満の魔力量しか保有してはおらず、このため必要な部位に魔力が行き届かず、肉体に重大な負荷が掛かっているのだ。


 ―――これが、魔力欠乏症。

 実際にこうして視てみると、生きていることが不思議な程の重病患者だ。


  魔力欠乏症の発症原因は未だ解明されてはいない。勿論、俺とてこうして視るのは初めてのことだった。先日、オレオンの妖精草を渡し、この病を克服したエリオットは、恐らく発症してそう間が無かったこと、そして自身の保有する魔力量が平均を上回っていたことで全快することが出来たのだろう。

 だが、この青年のこれは、恐らく数年などではなく、発症して十数年は経っているかのように酷く衰弱していた。これでは単に癒術で魔力を回復し、臓器を癒した所で、再び魔力が欠乏する恐れがある。

 魔力欠乏症の原因を探らないことには、対処の仕様がない。


 とはいえ、このままでは衰弱死するか意識が混濁し、昏睡状態に陥ることは明白だ。通常の癒術を進め、取り合えずの応急処置をして青年の顔や皮膚を確認していく。

 そうすると、それまで土気色だった顔は少しずつ元の健康的な肌に戻り、脂汗も引いて呼吸も安定してくる。けれどもこれはあくまでも応急処置だ。未だ余談を許さない状態であることには変わりがない。


「まさか、これは…」


 ふと、青年の内臓を見つめていた視点に何かが引っかかった。それは、人が持つ魔力量を補充するタンクのようなものだ。基本的に人の肉体に魔力が宿っているため、魔法を使えば魔力は減り、肉体も同時に疲労する。勿論、魔力量が多ければ多い程その疲労は少なく、また一定時間を過ぎれば自然と魔力量は元に戻って来るものだ。

 このとき、魔力量というものは、自然界に存在するあらゆる無限の魔力―――魔素とも呼ばれる無色透明の力―――を肉体に吸収し、それをある器官で転換することで肉体の魔力量を回復していく。

 これは俺が知る魔力の法則であり、過去賢者と呼ばれた魔術師時代に得た知識でもある。


「な、何をやっているんだ一体?! これは…!」

「手を出さないで下さいっ。下がって!」


 後方で何か騒めいて居たが、すべてを意識の外へ置いて綺麗に聞き流した。


 もしかしたら、魔力欠乏症とは、この外界から得た魔力を転換すること(・・・・・・)が出来ない病(・・・・・・)なのではないか?

 早速、青年の魔力転換器―――勿論、これは単なる名称で、実際に臓器がある訳では無い―――を確認すれば、どうやらこの部分に重大な欠陥があるらしく、まるで機能を果たしていなかった。

 癒術を魔力転換器に伸ばして見ると、僅かな反応が得られた。そうして、俺は一気に癒術を行使した。

 視界の端で、青年の肉体に巨大な炎が上がる様を見つけ、けれども俺は目の前の器官に集中する。


 石のように固く収縮した魔力転換器が本来の柔らかな水のようにぷるりと動く様を見つめ、魔力転換器が正常な働きを行い、青年の全身に魔力が行き渡っていく様を、癒術を施しながらしっかりと見つめていく。

 そうして、魔力転換器の癒術を開始して五分も経つと、不自然だった臓器不全は殆どなくなり、その他に肉体に負荷を掛けていたあらゆる部分が修復され、正常な働きへと戻っていった。

 けれどもまだ油断は出来ないと、疲労を堪えて癒術を行使していくと、結果はすぐに見えてきた。


「嘘、だろ…?」


 背後で誰かが呆然とした声を上げた。

 もう、大丈夫だろう。青年の全身に視線を走らせてそう判断を下すと、一般的な青年と同じく健康体となったことを確認し、俺は癒術を解いて地脈に蓋をし、青年の隣に腰を落とした。

 それから視点を切り替え、もう一度内臓、それから見える範囲での青年の肉体を確認し、重い息を吐いた。


「取り合えずは、これで良いだろう」


 今回は癒術に時間を掛け過ぎたせいか、疲労感が強く、目の奥がちかちかする。簡単な癒術で肉体の疲労を回復させると、俺の背中側に居たらしいミハイルがぐっと俺の肩を掴んで大声で叫んだ。


「これは一体どういう事なんですか! レドガルスさんっ!」

「ミハイル、煩い。というか、見て分かるだろう。癒術を行使してたんだ」

「それは見ればわかります! でも、これは…この方は、なんでこんな所に!」

「俺が知る訳ないだろう。というか、少しどけ。こっちは疲れてるんだ」


 ミハイルの手を払い落してその場を譲ると、いつの間にか多くの見物人―――というか、野次馬に取り囲まれていることに驚いた。癒術を行使している間は、基本的に外の音を自然と遮断しているから、こんなにも騒めいて居るというのに、全く気付かなかった。

 いや、一応騒めいていたのは知っているが、これ程までとは思ってもいなかったのだ。


「―――これはこれは、大変なことになったな」


 振り返ると、野次馬が割れるように道を開け、そこから先程別れたばかりの長官と癒術院院長の姿が見えた。と同時に、どこからともなく衛兵が飛んできて俺と青年の間に体を割り込んで、青年を背に俺に厳しい視線を向けて来る。まるで犯罪者でも見るかのような視線に、俺は何もしないと両手を上に上げた。

 視線を下に落とすと、青年は意識こそ失っているものの、その表情は穏やかで健康的なままだ。

 まあ、こいつらが来たってことは、もう大丈夫なのだろう。


「ここでは詳しい話を聞く事も出来ない。殿下を中へ。それからレドガルス・ホーク。ついてきてくれるな?」


 どうしてこうなったんだ。

 癒術院院長とミハイルが青年の肩を持って、横たわった体を抱き起している様を横目に、俺は深く深くため息を吐いて、その背に従った。



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