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転生不死者、炎の癒術師さま  作者: 一条さくら
第二章 始まり
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12

 そんなこんなで王宮に入ったものの、肝心の典薬寮は外宮にあり、俺とミハイルは城に伺候している貴族や役人の間をすり抜けながら、目的の場所へと歩いていく。

 この王宮、どの位の規模があるのだろうか。周囲を見渡しても、果てしない回廊が続いているのみで先が見えてくることはない。ということは、相当に広大な敷地を持っているのか、それともそれを悟らせないように複雑な形状をしているのか。

 まあ常識的に考えて両方だろうな。


「―――レドガルスさん、それでは手続きを済ませて参りますから、今暫くこちらでお待ち頂けますか?」

「ああ、分かった」


 ミハイル曰く、王宮の中でも外宮に部署がある典薬寮は、王宮の門を潜った後、外宮に位置する門に入場する際、再度登城の手続きをする必要があるらしいのだ。

 登城する人間にとっては面倒な事この上ないが、これは他国のスパイだとか、クーデターだとか、そういった諸々の問題を水際で食い止める為に必要なものだから、致し方の無いことなのだと納得する他無かった。

 とはいえ、だ。手続きに関しては完全に蚊帳の外に置かれている俺は、やることもなく、かといってぷらぷらとそこかしこを自由に歩ける筈もなく、一人手持ち無沙汰に門の脇にあるベンチに腰掛けていた。


「暇だな」


 やることが無いということは、存外楽しいものだ。外宮を忙しなく行き来している文官をじっと眺めてみたり、門に施された見事な彫刻類を観察してみたりと、特段意識することなく緩やかな時間の流れに身を任せる。

 ある意味でこういう時間こそが、必要不可欠なものなのだろう。

だが、部外者丸出しというかお上りさん丸出しの俺に注目している人間がいないという事実は、正直かなり気になるが…。普通は衛兵なりなんなりが目を光らせて当然のシチュエーションだ。けれどもそれもないとなると、またきな臭くなってきたな。


「レドガルスさん、手続きが済みました。行きましょう」

「ああ」


 ミハイルの後に続いて、俺は門を潜った。

 そうして典薬寮に入った訳だが、役人とすれ違うことなく奥へ奥へと進んでいく。


「それにしても広いな」

「ええ、ここには国の最高峰の癒術師や薬術師が常駐している場所ですから」


 ミハイルの話では典薬寮は外部の一般患者―――特に特殊な病、或いは重篤な病に罹患した患者、また隔離が必要な患者―――の療養施設を併設した部署らしく、遠くで慌ただしい足音や声が聞こえて来る。

 ミハイルは勝手知ったるという様で迷いのない足取りで目的地へと進んでいく。


「ここには、よく来るのか?」

「ええ、まあ。魔法使いと癒術師は切っても切り離せない存在ですからね」

「癒術、か」

「そういうことです。魔法使いと兼任した癒術師という存在はそう多くはありませんが、基本的に初歩的な癒術であれば、魔法使いは必ず習得しているものですから。彼等から学ぶことは多いのですよ」

「成る程な」

「とはいえ、高度な癒術はやはり専門家でないとどうにもなりません。魔法にも限りがありますから」

「そうだろうな」


 恐らく癒術というものは、魔法使いの中で魔法であると同時に、また別種のものなのだろう。まあ、この世界で言う癒術はかなり限定されているもの―――基本的には光属性を持つ者のみか、特別な適性を持つもののみが高度な癒術を習得可能だと言われている―――のようだから、仕方のないことなのかもしれないが。


「難儀なものだな」


 どうしてここまで癒術が偏ったものとなっているのか、俺には知る由もないが、大方大した研究もなされていない事が原因でもあるのだろう。

 まあ、癒術というものは基本的に高度になれば成る程扱いが難しくなるし、軽度の症状であれば薬術でも完治可能という世界なのだから、当然と言えば当然のことなのかもしれない。研究をおこなっても、その分フィードバックが返って来るとは限らない分野なのだから。

 それでも、初期投資がそれ程必要のない分野だから、中位程度の癒術であれば習得も、研究も可能なのだろうが。

 ただ、癒術に関してのみ言えば、やはり癒術は公的な権力と無関係ではいられないから、そういう点でいえば研究することの難しさはよく理解できる。

 ぼうっとし過ぎていたせいか、ミハイルが何処か心配した面持ちで俺を見ていた。思考の海に沈み過ぎていたらしい。


「―――レドガルスさん、大丈夫ですか?」

「ああ、勿論。だけど俺がここまで入っても大丈夫なのか?」

「ええ、勿論です。招待状は受け取っていますからね。もう直ぐ、長官室です」

「分かった」


 それから黙々と進んでいくと、古風な飴色の扉に行き着いた。ミハイルが何のてらいもなくノックし、中に入っていく。


「どうぞ、レドガルスさん」

「ああ」


 俺もその背に続いて部屋の中に入って行った。





 中に居たのは、ミハイルと同じ白いローブを纏った男二人だった。一人は見覚えがある。恐らくこの間、魔法学院に行った際に学院長室に居た癒術院院長、名前は確か―――。


「ロバート・キャス癒術院長、典薬寮癒術部門長官、レドガルス・ホークをお連れ致しました」


 そうそう、そういう名前だったな。

 片膝を付いて一礼するミハイルに倣い、同じ様に礼をする。

 癒術部門長官だという男は執務机の椅子に深く腰掛け、こちらを隙なく観察している。初老の域に達しているのか、焦げ茶色の髪には白いものが混じり、目尻には皺があるもののその視線はあり得ない程に鋭く、堅気の存在ではなく、裏社会にでもいそうな酷薄とした黒く冷たい空気を纏っている。

 その隣に立つ癒術院院長は壮年くらいだろうか。癒術院院長という重要な役職を拝命している人間としては些か若い気がする。まあでも、国家癒術師の中では恐らく出世頭なのだろうし、こんなものか。癒術院院長は短く切り揃えられた黒髪に黒い瞳、そして温厚そうな空気を纏っているが、その視線には一筋の冷たさが滲んでいる。


「君が、国家癒術師にも匹敵する癒術を持つという少年か。初めましてだな。私はウィリアム・ポラスという。こちらは先日顔を合わせているな? 癒術院院長のロバート・キャスだ。君を今日召喚したのは他でもない。君の力を見定め、その力がこちらが指定する癒術レベルに達していた場合、国家癒術師に認定するためだ。何か質問はあるかね?」


 何処か落ち着いた様子で言う長官に、俺は発言を許されたと判断して立ち上がった。


「俺は国家癒術師になるつもりはありません。そのため、この度のお話は辞退させて頂きたいと思っています」

「君は、国家癒術師になりたくない、と?」

「はい。そもそも俺は魔法使いでもなければ、魔法学院に所属している訳でもない。その上、光属性を持っている訳でもないというのに、どうして国家癒術師になりたいなどと思うのでしょうか?」

「だが、君は高度な癒術を行使できるという話だが?」

「それは俺がたまたま(・・・・)扱えたというだけのこと。言わば火事場の馬鹿力であって、俺自身の力ではありません。俺の魔力量、属性も、あなたは把握していらっしゃる筈ですよね? であれば、俺がそんな高位癒術を行使できるような器ではないことくらい、ご存知の筈では?」

「レドガルスさん…!」


 ミハイルが慌てた様子で俺を止めに入ったが、俺の口が止まる事は無い。


「何なら今ここで、魔法とやらを使ってみても構いません。といっても、平均的な魔力量しかありませんし、魔法といっても火を付けるくらいしか出来ませんが、それでもよろしければ」


 とどめとばかりにそう言えば、癒術院院長は何処か悔しそうに、長官は顔色を変えず、ミハイルは今にも卒倒しそうな程に顔を青ざめさせて俺を見つめていた。


「君に高位な癒術を扱う余地は無いと、そう言いたいのだな?」

「ええ。俺のこれまでの生活環境をお調べになられたのであれば、それは確かな筈です」

「……確かにその通りだ」

「ちょ、長官!」

「こうして相対しても、君の魔力が平均を出ないこと、そこまでの力はないことは分かっている。君の言うことは最もだ。ならば私が君を引き留める理由もまた無くなってしまったという訳だ」

「長官…!」

「ご理解頂けてありがとうございます。それでは、これで失礼します」

「ああ、ご苦労だった」


 あっさりと俺を解放した長官に背を向け、俺はさっさと部屋を出て元来た道を戻り始めた。


「レドガルスさん、待って下さい!」


 ミハイルの酷く慌てた声が俺の背を追って来る。それでも俺は歩幅を緩めることなく足音荒く役所の中を歩いていった。


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