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転生不死者、炎の癒術師さま  作者: 一条さくら
第二章 始まり
11/19

11

  ―――あの無意味な再会から十日が経った。俺は今も、平穏な日常を過ごしている。まるであの日の出来事など、何も無かったかのように。


「これが嵐の前の静けさじゃないと良いんだがなぁ」


 しんと静まり返った部屋でそう呟くが、多分これは本当の意味で、大きな出来事が起こる前触れなのではないかと思うのだ。勿論、これは単なる想像に過ぎない訳なのだが。


「どうするかなぁ」


 とはいえ、俺自身に出来る事など限られているから、何か事が起こるその時まで、ただ待つことしか出来はしないのだ。


「牧場と家、まるごと何処か別の地方に転移出来れば言う事はないんだが…」


 まあ実際には出来ない事も無いのだが、現状は未だ不確定要素が大きい―――単純に魔力量の問題がある―――のだから、家ごと転移するというのは最終手段だろう。とはいえ、こうして手をこまねいているというのも、何処か癪に感じるから、取り敢えずは人払いの魔方陣等を家の外に配置し、殺傷能力の低い仕掛けを幾つか仕掛けるなど自衛を講じる必要がある。勿論、杞憂であればそれで良いのだが、如何せんあちらがどう出るのか分からない以上、必要以上の警戒は必要だろう。

 ともかく、今後は厄介事に巻き込まれないようにすれば良いのだ。それこそが俺にとっての最重要事項でもあるのだから。


「よし」


 今後の方針が固まった俺は、ここで漸く朝食の準備を始めた。いや、実は久しぶりに寝坊してしまって、先ほど起きたばかりなのだ。寝起きでないと、こういう難題を考える時間は無いからな。本当に。

 これだけ大きな独り言を言っているのだから、頭はすっかりと冴えている。けれどもこれからの事を考えるとどうにも憂鬱さが勝って、準備する手は驚くほどゆっくりなものとなっていた。


「面倒だな…」


 心の底から溜息を吐いて、机の端に積み重ねられた紙の束に視線を走らせた。

 あれから幾度もルーンやライドから手紙が届いたものの、俺自身、二人に返事を返す事は一度として無かった。勿論、この間の意趣返しという訳ではないし、意地悪などでもない。

 ただ、あの魔法学院へ届く手紙は全て第三者の手によって本人の手に届く前に検分されるであろうことは、俺の過去の記憶から照らし合わせても明らかな事だったから、敢えて手紙という形で返事を返さなかっただけの事だ。手紙の内容は総じて謝罪文のみ。先の出来事は俺にとって、貰い事故というか、まあ突発的に起きてしまった不幸な偶然の産物のようなもので、二人を許す許さないという問題ではないということくらい、重々承知している。

 だが、ここで一度手紙の返事を返してしまえば、きっとこれからも、二人との縁は切れることなく続いていくことだろう。それが嫌だ、という訳ではないが、厄介事を招かれるのは御免だ。ある意味でこれは、俺の利己的な自己保身の言い訳に過ぎないのだろう。

 二人が手紙の返事がないということをどう解釈するのかは不明だけれど、とにかくある程度の問題は片付いた……と思いたい。楽観的過ぎるということは自覚しているが、まあ諸々の問題を飲み込む事でしか処理出来ないのだから、それも仕方のない事なのだ。


 ―――それから俺にとっては悪夢にも等しい転機が訪れたのは、魔法学院を訪れたあの日から二週間が経とうとしていた時の事だった。


「やっぱり来た、か」


 今朝家に届いた手紙の主は、すべての国家癒術師を束ねている、典薬寮癒術部門長官。手紙の内容は、まあ有り体に言えば、国からの召喚状という訳だ。


「“手紙を受け取り次第、速やかに王宮へ登城せよ―――”か、あまりにも乱暴な手紙だな」


 思わず頭を抱えたくなった。ここから王宮までは、早くても二週間、遅ければ一ヶ月は掛かる計算だ。家を留守にしている間、牧場の家畜などを管理する者が居なくなったとあっては、彼らを餓死させてしまう危険性もある。

 もし誰かに家畜の世話を頼んだとしても、その費用負担は俺を呼び出した癒術部門長官とやらが出してくれる筈もなく、恐らくはすべて自己負担となるのだろう。

大体、王宮に向かうまでの交通費だって、少なくはない金銭が必要になってくる。それさえも国がいち国民に対して出してくれるとは到底思えないから、結局は俺が自腹を切るしかなくなるのだろう。

 貧乏とはいえないが、裕福ともいえない、普通に暮らす分には問題ない程度の俺が持つ金銭など、たかが知れている。

 手紙を無視するべきか否か、迷い迷った末に、取り敢えず馬の様子でも見に行こうと玄関のドアを開けた瞬間、聞き覚えのある爽やかな声が耳に飛び込んできた。


「お久しぶりですね、レドガルスさん」


 ばっと声がした方に目を向ければ、花のような笑みを浮かべてにこやかに立つ、魔法学院の教師、ミハイル・アランがそこに居た。

 即座に玄関のドアを閉めに掛かった俺の行動は予測の範囲内だったのだろう。勢いよく閉まるドアとの隙間に足を差し込んだミハイルは「失礼致しますね」と全く失礼だとは思っていないような微笑みを浮かべ、強引に家の中に上がり込もうとする。

 くそっ、失敗した!

 そう思っても最早遅く、ミハイルは玄関のドアを押さえて上半身を家の中へ入れ、未だドアを閉めようと踏ん張る俺と見事な攻防を繰り広げた。

 けれども結局折れたのは俺の方で、若干息の上がった渋面を作る俺とは対照的に、ミハイルはにこやかな笑みを崩すことなく部屋の中へと入って来た。


「おはようございます、レドガルスさん。私が本日ここに参ったのは如何なる理由であるのか、既にご承知の事と思います」

「あれはあんたの仕業か?」

「いいえ、私ではなく癒術院長、引いては長官のご指示によるものです」

「ご指示、ねえ」

「ええ。それにしましても、レドガルスさんが在宅なさっていて、本当に助かりました。―――諸問題は追々片付けていくとして、私と共に王宮まで来て下さいますね?」


 有無を言わせぬその態度に、思わずいらりとしつつ、「ああ」とぶすくれた声を出した。


「それを聞いて安心致しました。牧場―――家畜の世話などはこちらにお任せ下さい。魔法学院の院長より、先日のお詫びとして、こちらが負担するよう仰せつかっております。王宮までの道のりもすべて、魔法学院院長がお出し下さいますので、どうぞご安心を。さて、問題も片付いた所でそろそろ王宮へと向かう事と致しましょう。準備はよろしいですね?」


 よろしくないに決まっているだろう。

 胸の内でそう毒づきながらも、立て板に水を流すが如く滔々と語られた俺は、渋々重い腰を上げて僅かな金銭を手に、ミハイルの後に続いた。

 替えの洋服なんぞ用意していても、どうせ王宮に入る前にそれなりの礼装を買わなければならないのだから、持っていくものなど金銭以外他に無いだろう。

 玄関を開けると、そこには既に立派そうな馬車が横付けされ、ミハイルが手配したのだろう、牧場の世話を任されたという老夫婦がそこにいた。基本的には清掃と餌やりが主な仕事だから、問題はないだろうという事で、挨拶もそこそこに急かされるように馬車へ乗る。

 そうすれば、あっという間に家が遠ざかっていき、対面するように座るミハイルの顔を眺めながら、俺は深く深くため息を吐いた。





 王宮にたどり着くまでの二週間は、本当にあっという間だった。ある程度舗装された街に出た途端に一気に速度を上げて走り通したからか、俺の予想よりも随分と早く王都に着いた気がする。その間にあった事はもう思い出したくもないから割愛するとして―――。


「あーこれで良いのか?」

「ええ、大丈夫ですよ、レドガルスさん。それにしても礼装が良くお似合いですね。これならば謁見をなさっても問題はないでしょう」

「…おい、そういう冗談はやめろ。帰りたくなる」

「そう仰らずに。本当によくお似合いですよ」


 にこにこと微笑むミハイルに渋面を作りながら、俺はもう一度自分の着ている衣装を確かめた。

 白いシャツに薄い水色のアスコットタイを締め、その上に黒のベストを着こみ、シルバーグレイのフロックコートと同色のズボンを穿いている。長い髪は丁寧に纏めて背中に流し、足元は革製の高級靴。

 ミハイルの見立てでこの衣装を合わせて貰ったものの、俺個人としては馬子にも衣裳というか、衣装に着られている感じがしてあまり好ましくは無いのだが、周囲の反応を見るに、そう可笑しくはない服装になっているらしく、僅かに安堵した。


 ちなみに、この揃えた礼装代もすべて魔法学院院長が出しているらしいから、俺の懐は未だ潤ったままだ。まあ多分、贅を尽くしたこの衣装一式で、俺の年収は軽く吹っ飛んでしまうだろうから、有り難いと言えば有り難いのだが、どうも裏があるように思えてならず、複雑な気分になってしまう。

 俺の予想では、この代金をすべてひっかぶってでも俺に何かをさせるつもりなのだろうけれど、魔法学院院長達の思惑に振り回されるつもりなど毛頭ない。もし俺に何か害を成すというのであれば、出し惜しみする必要は無いだろう。

 もしそのような時がくれば、俺を手のひらで転がそうとした事を心の底から後悔させてやる。俺はさほど優しい人間ではないのだから。


「では、そろそろ参りましょうか」

「分かった」


 魔法使いの正装である長い純白のローブに身を包んだミハイルは、俺の隣を陣取って王宮までの道のりをすいすいと進んでいく。あー行きたくない。が、ここまで来ればもうなるようになれ、と思う他無く、ミハイルが王宮の門番たる衛兵と何事か話しているのを横目に深く深くため息を吐いた。


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