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転生不死者、炎の癒術師さま  作者: 一条さくら
第二章 始まり
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「……気はお済みになられましたか?学院長」


 ミハイルは唖然とした様子でドアを見つめている学院長に、そっと声を掛けた。癒術院長は何処か達観した様子で居るけれど、内心の動揺が隠せてはいないのか、しきりに目を瞬かせている。


「彼が何者か、結局は分からず仕舞いでしたでしょう?」

「あれは一体なんじゃ、ミハイル」

「分かりかねます。学院長の仰った通り、彼の魔力量は平均値。魔力の質も同様。けれど彼の放った魔術は、私達が用いているものとは比べ物にならぬ程に洗練されています。それを独学で成し得たとは考えにくいかと」


 そう言ってはみたものの、ミハイル自身、レドガルスの後ろに何が隠されているのか未だ計りかねている。というより、レドガルスの後ろに本当に誰かが居るのか(・・・・・・・)、分からないでいるのだ。

 故に癒術院長の言葉にも頷ける部分がある。


「だが、あれは慣れている等という練度では無かったぞ? 敢えて言うのであれば、呼吸をするのと同様に、あくまでも自然に僅かな魔力を放出することによって最大の成果を上げるようなものだ」

「ええ、仰る通りです癒術院長。けれども先程の怒りようからして、彼が再び私達の元へ来てくれるとは考えにくいかと」

「失敗だった、か」


 ミハイルは即座に頷いた。


「煽り過ぎた代償は大きかったという訳じゃな」

「それも仕方の無い事かと。我々は安易に彼のような人材に親しんではいられないのですから」

「ええ、お二方のおっしゃる通りです。けれどまさか用意した魔法をあそこまでいとも簡単に破られるとは思いもよりませんでしたが」


 ふうっと同時にため息を吐く二人を前に、ミハイルはため息を押し殺して二人を見据えた。


「それではこれから如何なさいますか?」

「方針を変える他あるまい。次なる手はもう決めてある」

「そうですか」


 そう返事をしたものの、ミハイルはその次なる手とやらがろくでもないものになるであろうという事を感じ、今度こそため息を吐いた。





 部屋の主である少年は、まだ床上げが出来てはいないらしく、ベッドに上半身を起こした状態で出迎えてくれた。目があった瞬間、どうしてか目を見開いて凝視されてしまったのには些か面食らったけれど、重い病の淵にいるような気配は微塵も感じなかった。ライドの言葉通り、本当に病は治っているらしい。

 だが、まだ無理をさせられる状態ではないだろう。何せこれまでの闘病生活で随分と体力を使った筈だ。持って三十分、いや一時間といった所か。

 仕立ての良いシルクのナイトウエアに白いガウンを羽織ったその少年は、穏やかそうな顔立ちそのままに、「この度は、大切な薬草を分けて頂きありがとうございます」と柔らかく微笑んで丁寧に頭を下げた。

 名をエリオットと名乗った少年は、何処となくルーンと同類のような雰囲気を持っている。

 立ち居振る舞いからして、家名などは聞いていないけれど、恐らく高位貴族の出身ではないだろうか。優雅で気品のあるその所作に、思わず苦笑する。何というか、育ちが見て取れる少年だ。勿論馬鹿にしている訳ではなく、これが俺の素直な感想というだけだ。

元々、魔力の総量は総じて平民よりも貴族出身者の方が多いとされている。そういう意味ではこの魔法学院は貴族の令嬢や令息が大半を占めているのだろう。ただの勘に過ぎないが、ライドとルーンも貴族の血を引いているのかもしれない。


「体の具合はもう良いのか?」

「はい、大丈夫です」

「…そうか。ならば少しだけ、具合を見ても良いか? 勿論、エリオットが嫌なのであれば構わないが」


 呆気にとられたように、目を見開いたエリオットは、パチパチと瞬きする。やはり図々しかったか、と思った次の瞬間にはエリオットはにこやかな笑みを浮かべて、「はい、勿論です」と頷いた。視界の端では驚いた様子でライドとルーンがぽかんと口を開いているものの、俺を止める様子は見られない。

 言葉を翻されぬ内にとエリオットに近付き、些か強引にベッドの隣に陣取った。それから、魔力を込めたサーチを始める。

 ちりちりと視界の端で炎がちらついた。と同時にすぐ側で息を飲む声が複数上がった。


「…うん、問題なさそうだな」


 内臓も魔力のも正常範囲内。多少の倦怠感は見受けられるが問題は無さそうだ。

 エリオットの肩をぽんと叩いて場所を移動すると、じりじりと近づいてきていたルーンとライドにまたもや―――というより何度目だ―――捕獲され、思わず盛大にため息を吐いた。

 そんな俺を見かねてか、エリオットがおずおずと伺うように聞いて来る。


「あの、レドガルスさんは、癒術師なのですか?」

「いや、俺は単なる牧場主だよ。ちょっとばかり癒術の心得があるって程度だ」

「…レドガルスさん、それは幾らなんでも有り得ませんよ。本当に」

「ああ。というかあんた以外に高位癒術を掛けられるような奴、他には居ないと思うぞ」

「それはお前達が知らないだけだろう」


 探せばこの位の癒術師など何処にでもいる。

 少々呆れたようにそう言えば、三人共、微妙な表情を浮かべて苦笑いした。


「居ねえって」

「居ないですね」

「居ない…と思います」


 それに同意する事はなく、俺はもう一度ため息を吐いた。





 それから、もう俺の用事は済んだから帰る、というレドガルスさんと、慌ててその背を追うライドを見つめ、ルーンはふっと息を吐いた。

 きっともうレドガルスさんは戻っては来ないだろう。だからルーンはエリオットの側に座り、何事か考え込むエリオットに横になるよう進言した。


「不思議な人だね。レドガルスさんって」

「だろ? でも多分、あの人は自分がそう見られているってことに気付いてはいないんだよ。摩訶不思議なことにな」

「そうだろうね」


 エリオットは小さく笑って、静かにベッドに横になった。それから程なくして、ライドが部屋に戻って来る。随分早いな、と声を掛けると、ライドは苦笑して「撒かれちゃったから」と答える。


「レドガルスさん、嫌がってた、よね」

「ああ、そうだな。あの人、面倒事とか死ぬほど嫌いそうだもんな。面倒見は良い方なんだろうけど」

「うん。でもきっと今回の事で僕達、レドガルスさんに嫌われちゃったよね。多分」

「…だな」


 流石にここまでして、嫌われていないとは思えない。

 じんわりと目の淵に涙を溜めるライドと違い、ルーンは涙こそ浮かべてはいなかったけれど、落胆というか、悲しさというか、そういうものを感じて目を伏せた。沈黙が流れる部屋の中で、それまで口を閉ざしていたエリオットが、そっと布団から顔を出した。


「ライド君、ルーン君も、あのレドガルスさんって人のこと、好きなんだね」

「好き、ってか、尊敬してるだけ、かな」

「うん、そう。だってレドガルスさんは何だかんだ言っても、僕達を助けてくれた恩人なんだし。やっぱり仲良くしていたいな、って思ってるんだ」

「そっかぁ…仲直り、出来ると良いね」

「そう、だな」


 仲直り、か。喧嘩をした訳じゃないんだから、正確には仲直りとは言えないだろうけれど。


「出来ると良いな」


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