5月16日――夏季球技・体育大会①
――今日までの二週間、体育の授業もフルに使ってこの日のために闘志を燃やしてきた。
天気にも恵まれ、まさに絶好の球技大会日和となった。朝のホームルーム直後に体育館で行われた開会式でも、生徒会長の挨拶や各クラスのやる気を込めたパフォーマンスにも力が入っていたし。
練習だけでも十分気合が入っていたし、疲れも出た。まあその分の癒しはあったんだけど……。
『よっしゃ――! 桜庭南全校生徒、気合入れていくぞ――!!』
マイクがハウリングを起こす中、生徒会長の高らかな一声で開会式が終了した。
――歓声があがる中、体育館では女子バスケの第一試合が行われていた。競技に出場している選手だけでなく、応援をしている生徒や、担任などの教師陣も熱くなっている。
応援合戦……とでも言うのか、選手の掛け声よりも応援の声の方が大きいとさえ思ってしまう、圧倒的な迫力。
その勢いに圧倒されてしまい、なかなかその場を動くことができずにいる。
選手も選手で、この声に応えなければ――という緊張感を持っているのだろう、いつもより動きにキレがある。
『 ――ただいまより、一年生女子によるバレーの試合が始まります。選手は準備を始めて下さい。第一試合は三組と五組の試合です』
――ああ、ついに始まってしまう。
しかも第一試合から彼女の姿を見ることができる。
彼女――仲村さんが試合の準備をする為に移動したのを視界の端に捉えながら、しかし至って平然と女子バスケの試合を眺めていた。
今すぐ始まる訳ではないし、今動いたら露骨な気がして、足が竦んでしまう。
なかなか一歩踏み出せないでいると、クラスの半分くらいの人数がバレーの応援をする為に移動した。
――これはチャンスだ。
今なら誰にも怪しまれずに移動することができる。そう思ってクラスの中に紛れて移動し、床に座る。
運のいいことに、俺達五組チームは手前側……つまり目の前でプレイするようだ。ある程度見慣れた同クラスの女子達が円陣を組んでいる。
その中の仲村さんの横顔に、ドクン――と心臓が高鳴る。別に話せるわけじゃない。触れられるわけでもない。
そんなこと……とっくにわかってる。
だけど彼女のことになるとどうしても慎重になってしまう自分がいる。まるで駆け引きをしているような、そんな危うさを感じてしまう。
でもすぐ緊張して心臓バクバクしちゃうのは直したいな……。
『 一年生女子バレー第一試合を始めます』
もう一度確認のアナウンスがかかって、選手はそれぞれの持ち場についた。
さすがに向こうは試合してるんだし、直接「頑張れ」とは言えそうにない。
ピ――――――――ッと、審判の笛の音によって告げられた試合開始の合図に、会場の空気が一気に引き締まった。
それぞれ持ち前のフォームをつくり、相手の二組からのサーブを待っている。会場にいるほぼ全員が息を呑んだところで、第一球が投じられる。
バァ――ンと、ボールが張り裂けたような音とともに送り出されたボールが、コートに落ちるすんでのところで掬われる。
地面ギリギリのところでレシーバーがなんとかボールを掬い上げたが、思い切り大勢を崩してしまい、そのせいでボールもあらぬ方向に飛んでいった。
相手チームの得点となり、仲村さん達に焦りの色が見える。
――頑張れ。
心の中で呟くその言葉が、声になって出ることはなかった。言えない……言えるはずがない。今は遠くから見ていることしかできないんだ。
本当はクラスメイトみたいに「頑張れ!」と叫びたい。気持ちを伝えたい。でもできないから、拳を握りしめて心の中で強く応援するしかない。
バァ――ンと放たれたボールがまたもや床スレスレで掬われる。レシーバーも相手のサーブを一度受けて少し慣れたのか、今度は味方の近くにボールが上がる。
それを素早くトスし、相手コートに返す。よかった……相手からのスパイクにも対応できている。
「頑張れー!!」
クラスメイトからの応援に、緊張感が更に高まる。それに圧倒されて先にミスを犯したのは――こちらのチームだった。
レシーバーのレシーブから零れたボールが、床にバウンドして――こっちに飛んできた。
「え、あ、ちょっ……」
どうすればいいかわからずに、とりあえず掴んだボールを見つめる。すぐに投げれば良かったのにずっと手に持っていたから、来てくれた。
――仲村さんが、受け取りに来てくれた。
「ごめんね! ぶつからなかった?」
心配そうに駆け寄ってくれる姿に、忘れていた緊張が再来してしまう。差し出された彼女の両手にボールを返そうとするも、手が震えてしまう。
「だっ、大丈夫。あ、ええと……」
きょとんと首を傾げている彼女を前に、今日ずっと言いたかった一言が、勇気と成って零れ落ちた。
「――頑張れ」
震えた声で発した言葉に、彼女は笑顔で「ありがとう」と言ってくれた。更には渡したボールを片手に、空いた右手でVサインを作って見せる。
(かっ、可愛いかよ……)
そんな姿を見てしまい、平常心を保てない訳で。
左手で口元を隠して目を逸らし、同じように右手でVサインを送った。
や、やばい――もう無理。
初めて直接笑顔を向けられて、いてもたってもいられなくなり、遂には自分の試合に向かう振りをして体育館から逃げ出した。
こんな……こんな展開になるなんて思っていなかった。
(これは進展……だよな?)
高鳴る鼓動にそう問うも案の定、応えはその速さと強さが物語っていた。