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そんな二人が恋をして。  作者: 儚夢
4月――出会い
6/30

4月15日・16日――宿泊研修②

 夕食も食べ終わって風呂も済ませたあと、宿泊部屋では勉強会が始まった。当然明日のテストに向けてのものであり、内容は今日の授業の復習をしている。国語は中学の時から得意科目としていたので難はそれほどなかったが、問題なのは数学だった。

 俺は中一の頃、本当に勉強ができなかった。学年の中でも下の下の下くらいだったと思う。あの頃は勉強をする意味とか、将来の夢なんかも全然わからなくて、ただただ与えられたことをこなすのが嫌だった。

 だから反発してって訳でもないが、勉強に対する努力をしてこなかったもんだから、中一の基礎的なことが今になっても苦手になってしまった。それがなかなか厄介で、数学なんかは特に困っている。

「――あ、そうだ神崎さ、なんで大浴場入らなかったんだよ?」


 ――――――。


 突然の問いに一瞬の間が空いて、頭の中を直接叩かれたかのような衝撃を受けた。

 まさか――そんな数十分間のことなんて誰も気付かないと思っていた。だから……こんなに嫌なことを思い出すとも思っていなかった。過去の――忌まわしい記憶。

「あ、いっいや……その……ちょっと怪我しててさ」

 咄嗟(とっさ)に出た嘘も、なんとか取り繕っていたので随分と不自然なものだったと思う。けれどそんなことは気にしていられないくらい、頭の中には過去の悪夢が巡っていた。

「えっ! 怪我してんのかよ! 大丈夫か?」

 きっと……ただ単に気になっての質問だったのだろう。だがクラスメイトのそんな心配が、酷く心を締め付けてくる。

「ああ、大丈夫……あ、りがとうな」

 言葉に詰まりながらも、気持ちを切り替えようと無理に笑顔をつくった。

 そんな自分に哀れみの感情が湧いて、どうしようもなく虚しくなってしまう。俺は過去から逃げ出すこともできなくて、ずっと過去に(とら)われたままなのかもしれない。

「っちくしょー、英語わかんねえー」

 ――だが、そのあとすぐにまた勉強に頭を切り替えていった友人達のおかげで、少しだけ気持ちを切り替えることができた。




 沈んでいた輝きが再び昇り、宿泊研修二日目の朝が来た。

 昨夜は夜中の一時までトランプやら中学時代の恋の話等で盛り上がり、なかなか寝付けなかった。そのわりに朝は六時起床と早く、起きてもまだ頭がぼんやりする。

 半分寝たような状態で朝食を食べるも、俺達の班だけは食べるのに異常に時間がかかっていた。遅寝早起きはつらいので今日は早く寝るようにしよう……。

「はあ……結局テスト勉強も途中でやめちまったな」

 相部屋の大野が溜め息まじりにそう言い、コップ一杯の牛乳を一気に飲んだ。俺も相槌(あいづち)で「確かにな」とは言ったが、実はみんなが話している間に少しずつ復習をしていたので、大丈夫そうではある。

 だって恋の話とか無いし……。

 彼女はいたことがあったけれど、小学校四年生くらいから付き合って、三年間で別れてしまった。その元彼女が同じ高校に通うことになるとは思ってもいなかったけど。


『――桜庭南高校の生徒に連絡します。朝食を食べ終わった班から、昨日の教室に集まってください』


 約一時間後のテストの為に、施設内放送がかけられた。その放送を聞いて俺達の班もやっと急ぎ始め、食堂から出たのは最後から二番目だった。




 簡潔に言おう。テストは手応えがあった。

 本当に昨日の授業の内容がほぼ丸々出ていたし、暗記するところをしっかり押さえていれば高得点の取れそうなテストで、みんなも手応えがあったと言っている。

 教師陣もテスト終了後に「二百四十人いる学年の中で半分以上は高得点を期待できる」と言っていたし、問題も易しめに設定されていたのだろう。

 そう思うと明日の結果発表が楽しみになってきた反面、もう明日でこの宿泊研修が終わってしまうのかという寂しさもある。


 ――ってああぁ!?


 忘れてた! 仲村さん! SNS!

 いや、忘れてはいなかったけれども! すっかりテストのことで頭がいっぱいになってしまっていた。この宿泊研修で彼女とSNSを交換する、という第二の(もはや主の)目的だ。

 いきなり友達追加しても大丈夫かな……『テストお疲れ様!』とか送れば不自然にならない……よな?

 思い切ってスマホで(くだん)のSNSアプリを起動させ、クラスのグループから彼女のユーザーを探した。元々フルネームで登録されていたので見つけることに苦労はしなかったが、いざ追加しようとすると、やはり手が震えた。

 けれど、いつまでも逃げていられない――そう決心して、



 『仲村 瑠衣 さんを友達追加しますか?』

        はい   いいえ



 ついに――やっと、『はい』を選択した。



 ――ピコン、と新しい友達が増えた合図に、達成感が溢れる。それと同時に「なにか話しかけなきゃ」という焦燥感に駆られ、急いで彼女とのトーク画面を開いた。

 今追加したばかりなのでもちろんトーク履歴は無い。この画面を……いつかたくさんの話で埋め尽くしたい。そうする為に今はまずなにか話さないと。

 震える手で打った初めての文章は、ありきたりでありふれたものだった。



『いきなりでごめん、友達追加しました!

 今日はテストお疲れ様でした』



 五分以上かかってやっと送れたメッセージに、三十分以上の間があって返信があった。



『あ、仲良くなろうって言って友達追加してなかったね!

 これからよろしくです

 お疲れ様でした』



 たった三行だけのメッセージが、俺にはとても長く感じられた。初めて交わした言葉が、きっといつまでもこの画面に残るのだろうと思うと、それだけでワクワクしてくる。

 その後少しメッセージのやり取りが続いて、彼女からの返信がなくなった。時刻は二十三時を過ぎた頃――どうやら寝たようだ。

 何度も何度も送りあったメッセージを見て、俺は高揚感に包まれたままベッドに潜り込んだ。

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