4月15日――宿泊研修①
入学から約二週間程して、宿泊研修という名の『勉強合宿』が行われた。
俺の通う桜庭南高校は進学校の為、他校に成績で負けてしまわないように様々な工夫がされており、平日の学校でも朝学習や、昼休みに英単語学習があったりなど、教師も生徒も一丸となって頑張っている。
そして今回の宿泊研修でも、二泊三日の内の初めの二日間はほぼ勉強漬けと言っても過言ではないかもしれない。一日目である今日は宿泊先に着いたら施設の方々に挨拶をして、そこからすぐに授業が始まる。
勉強漬けとは言え授業は今日だけで、あとは明日確認のテストがある。そのテストで高得点を取った上位三名は最終日にみんなの前で表彰される――という日程だ。
順位が出るなら、とみんなやる気に満ちているようであった。それを見越しての表彰なのだろうか、進学校の教師になるのも楽なものではないな、と思った瞬間だった。
「なあなあ優飛、明日のテスト頑張ろうな!」
バスで揺られること一時間弱、隣で爆睡していた清水が突然起き上がって放った言葉だった。
「な、なんだよいきなり……」
目を輝かせてガッツポーズをしているところを見れば、おそらく夢の中でいいことでもあったんだろう。宿泊研修のテストで一位を取って女子にちやほやされる夢とか。うん、ありそう。弓道部に入部する時と同じだな。
「いいからいいから! 頑張ろうぜ!」
そういえば、こんな突拍子もないことを言い出すような奴だけど、あれから部活に真剣に取り組んで先輩にも相当気に入られている。そんな反面、俺は練習はするもののなかなか上手くできなくて、先輩にアドバイスをたくさんもらっている状況。
中学校に弓道部はなく高校から始める人が多いスポーツだが、スタートラインが同じなのに一年生の中で優劣ができてしまうのは、努力とセンスに思えてしまう。
努力は自分の意識でどうとでもできる。だからセンスが無い俺は努力でそれをカバーするしかない。
「ああ、そうだな……頑張ろう」
だから――だから頑張らないと。勉強も弓道も、自分が踏み込んだ道なんだから。
「――はいじゃあ国語の授業始めるから席に着いて」
片道一時間半のバス移動を経て、ようやく宿泊先に到着した俺達は早々に施設の方々への挨拶を終え、各クラスの教室へと移動した。まだ寝ぼけ眼の人も多く、先生も半笑いで困っている。
そして俺達のクラス――五組の最初の授業は国語となっている。午前中に国語の授業があり、昼休憩(昼食)を挟んで数学と英語の授業がある。明日のテストはこの三教科のみで、三百点満点の合計となる。
高校に入って初めてのテストということで緊張とやる気に満たされ、国語の授業がスタートした。
「ああ゛あ゛あぁー! 疲れたー!」
一教科一時間の授業が全て終了し、最後のチャイムと共に清水が大きく伸びをして叫んだ。その様子を見て、女子は微笑んでいた。仲村さんも周りの女子と一緒に「疲れたね」と笑っていて、その笑顔を見れただけで頑張って良かった……と切実に思えた。
「じゃあ今日やったことは明日のテストに全部出ると思って! お疲れ様!」
最後に英語の先生の言葉で教室内がキュッと引き締まり、各々席を立ち上がって各自の部屋に向かっていった。俺も同じ部屋の男子と宿泊棟に向かいながら授業の感想等を話したりして、宿泊研修ということもあって普段よりも打ち解けて話せた。
部屋に戻ると時間はまだ十六時を回ったばかりで、夕食の時間までは二時間以上あった。六人部屋の大きな部屋だが、二段ベッドでほぼ部屋は埋まっていて、広いとも思えなかった。
すっかり緊張も解けた相部屋の男子は中学校の話や部活の話等で盛り上がった。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、気付けばもう夕食の時間となっていた。
相部屋の五人と食堂に向かい、食堂は自由席だったので窓際の席を取ると、なんと偶然にも仲村さんやその他の女子数名が隣の席に座った。
「っ――!」
気付いた瞬間に心臓が跳ね上がる。毎回こんなんでこれから先ちゃんと話したりできるのだろうか……と、割と本気で心配になってくる。
そんな俺の心中に気付くはずもない彼女は、ふとこちらに視線を寄越した。
「あ――」
そして俺に気付いて小さく声を上げ、軽く会釈をしてくれた。
それだけで幸せな気分になって口元が緩みそうになったが、なんとか表情筋を引き締めて少しだけ手を上げ、返事をした。
やばい……顔、ニヤけてなかったか? 手を上げるだけとか、無愛想って思われたかな……。なんだよこれ……心臓が鳴り止まない。彼女に会って少しずつ――本当に少しずつ近付いていく度にもっと知りたくなる。
早く直接話したい……あ、そうだ――宿泊研修を機になんとか仲良くなって、SNSで友達になるのはどうだろうか。結局あの日――「仲良くなってもいいですか」と言ったあの日から、直接話すことはなかった。
だからSNSで何気ない会話から始めて学校でも話せる機会がほしい。
「よし……」
また一つ小さな決断をした俺であったが、同じテーブルの男子に「なにがよしなんだ?」とニヤニヤしながら迫られ、質問をかわすのに精一杯だった。
――ちなみに、会釈をされたことから仲村さんとなにかあったのか、とも聞かれたが、おそらく――きっと怪しまれずにかわせたはずだ。
…………たぶん。
顔が赤くなっていたかもしれない。
声が上ずっていたかもしれない。
視線が泳いでいたかもしれない。
それほどまでに、彼女への想いは強まっていた。
――きっといずれ、俺はこの感情に名前をつけることになるだろう。だけどその時までは……これが『恋心』だと確信できる日までは、この気持ちは大切に取っておこうと思う。