4月10日・11日――ファーストコンタクト
入学式から六日が経った日曜日、SNSでクラスのグループが作られた。
スマホでアプリをインストールしている人のほとんどがそのグループに招待され、その中でも個人的に友達を追加したりできる。俺もグループに加入しているから仲村さんを友達に追加できるチャンスだと思ったが、さすがにまだ話したこともないのに友達追加してしまうのは不審だと思って、やめた。
相変わらず俺は彼女に近付くことすらできず、遠くから見ているだけの存在になっている。しかし、その彼女はというと、近くの席の女子と話し始め、今では女子のほとんどと友達になっている。
毎日笑っている彼女を見ていると、早く話したいと思うと同時に、本当に話せるのかと不安にもなってくる。
そういえば彼女は中学時代もやっていた吹奏楽部に入部し、頑張っているらしい。同じクラスで、彼女と同じく吹奏楽部に入部した滝原朱音との会話をたまに耳にするが、どうやら仲村さんはパーカッションをしているそうだ。
俺は音楽のことにはあまり詳しくないけど……たぶん、打楽器とかタンバリンとかなのだろう。演奏会とかあるのかな。もしも仲良くなれたら、招待してくれたりするかな……。
そんな想像が膨らんで、彼女がタンバリンなんかを叩いている姿を思い浮かべてしまう。きっと音楽が好きで、部活も楽しんでるんだろうな……。
明日は月曜日なので、登校日。
部活に入っていない俺は帰りに彼女と同じバスになることはないが、行きはなんと同じバスに乗っている。たったそれだけのことだけれど、共通点ができたみたいで嬉しかった。もしも仲良くなれたらバスでも話したりできるのかな……って、「仲良くなれたら」ばっかだな。
何かきっかけがあればいいんだけどな……。
せめて同じ部活だったらと思うけど、俺は音楽には疎いのでそうすることもできないだろう。
「部活かあ」
何か入っておかないとな。クラスの子で気が合いそうだったら仲村さんに近付くことができるかもしれない。もうすでに遠い存在のように思えてきた彼女と仲良くなる為には、ほかの女子経由で近付くことしか考えられなかった。
――けれど。
次の日のことだった。みんながまだ眠そうな月曜日。
同じバスに乗っていた彼女と、タイミングよく玄関で会った。
「――っ」
心臓がドクンと脈打って、緊張が一気に高まった。彼女は俺のことをクラスメイトだと認識しているのかしていないのか、こちらを見る様子もない。そんな姿に胸が切なくなり、下唇を噛みしめた。
結局何も言えず仕舞いで、彼女の背中を見ているだけだった。
――もしも自分に勇気があれば、こんな……彼女の背中ばかりを追いかけることもなかったのだろうか。俺に勇気がないから彼女と話すこともできないのだろうか。
「ちくしょう……」
小さく呟いたその言葉には、悔しさとか切なさとかが見え隠れしていて、それを誰よりもわかっている俺にはとてつもない悲しみが襲ってきた。
絶対――絶対に次会ったら話しかけてやる。
そう、小さく決意をした。
――そしてその転機は、思ったよりもすぐに訪れた。
木曜日の放課後。俺は清水に誘われて、弓道部の部活動体験に行こうとしていた。しかし清水は体育館の掃除があって、教室で待っているように言われた。
教室は四階で、体育館は一階なので俺も行くと言ったのだが、いいから待ってろと言われた。
――ガラッ。
そんな時だった。
彼女が、教室に入ってきた。
教室に二人きり。シチュエーションとしては最高なのだが、突然のことに頭がパニックになり、思わず凝視してしまい、終に目が合った。
「「…………」」
や、やばい、こんなに凝視してたら怪しまれる。せめて何か話しかけないと……。
「…………」
でも何を? 俺が彼女に言えることってなんだ? 自分の気持ち……俺は彼女とどうしたい。少しでも早く話せるようになりたいんだろ。また――彼女の去っていく背中を見つめるだけで終わるのかよ。
駄目だ――頑張らなきゃ。
「あっ、あの!」
思ったよりも大きかった声に、彼女は目を丸くして驚いている。上ずってしまった声に、拭いても拭いても止まらないであろう手汗。俺は今、明らかに緊張している。
「は、はい」
ワンテンポ遅れて、彼女が俺の声に反応する。
「えっと……」
しまった――何を言うかまったく考えてなかった――!
「なんですか?」
下を向いて固まっている俺に、彼女が少しだけ近付いた。それは一歩二歩くらいで、だけど俺にはそれが凄い進歩に感じられて、勇気が出た。
「――あの! 仲良くなってもいいですか!」
彼女にも聞こえてしまいそうなほどに高鳴る鼓動に、静まれ、静まれと思うが、どうにも静めることはできそうにもない。
数秒間の沈黙が訪れた教室に、二人の呼吸だけが染みる。彼女はなんと返事をしたら良いのか戸惑っている様子で、しばらく逡巡したあと、困った顔をして口を開いた。
「――いいですよ」
込み上げてくる興奮に声が漏れそうになったけれど、それを抑え込んで震える声で「あ、ありがとう……っ」となんとか言えた。
そしてそのまま彼女は「じゃあ部活だから」と言って、荷物を持って出て行った。
一人になった教室で、静かに項垂れる。
やっと話せた。少しだけだけど、本当に少しだけど、会話をしたんだ。これから話せるかもしれない。仲良くなってもいいと本人に言われた。
そう考えると落ち着いていられなくて、けれど体は気持ちとは裏腹に、清水が来るまで脱力感で何もすることができなかった。