CaSE.001
この世界には「する側」と「させる側」の二種類の人間がいる。
文学的な表現を敢えてするのであれば光と影、白と黒。赤と青。
相反する表裏一体のコントラストがあるように、それは自然の摂理という奴に近いように思われる。
金の為なら手段を選ばないという言葉があると云うけれど、手段のための金、報酬もおいそれとは選べないものだ。
「復讐屋」田名辺 継比古にとって、金は復讐代理の達成に欠かせないものであり、自分を活かす唯一無二の生業、言わばモチベーションでもあった。
だがその回収方法には毅然としたプライドがあった。
法外とも思われる金を相手次第に吹っかけて要求する場合もあれば、身の丈にあった算盤弾きをする事だってある。
こんな法の外を走っている職業だからこそ「人間らしく」がモットーだ。
「お疲れさん。あっちぃね、今日も。
どうにか無事帰ってきましたよ。シズ姉、麦茶!」
「その前にやる事があるでしょう? 篠原さんからの報酬。
それとツグ、早くそのポケットから領収書。どうせまた仕事上がりで高級中華でも食べたのでしょう?」
「ははは…… 実の姉を事務所の見張り番に置いておくとロクでもないな」
(ロクでもない仕事をしてるのはお前だろ)
傍目はやや小さい身なりで焦げ茶色のスーツを着こなしているただの人に見えるが、観察眼は人一倍優れている。実際継比古の姉、蔦本 静がこういう返しをする事も計算ずくで何でもお見通しなのだ。
そのため元ヤンである静の反感は買いやすく、よくこうしてソファに寝転がってる継比古の腹部目掛けて本気で足で踏みつけようとするがいとも簡単に目を瞑りながら避けられてしまう。
「ちっ…… 十万か。まああのお嬢さん達からしたら貰えた方かしら」
「まあ、学生の痴話くらいだったらイケてこんなもんでしょ。
なかなか面白かったよ。その篠原さんのお友達の中絶させられた山根さんって子の彼氏。ああ元彼氏なんだけどさ。荒川沿いの陸橋で散々殴った挙句、低い声で次に同じ事やったら沈めるぞって言ったらビビって小便漏らすんだぜ。
あ、そのレシートのパンツはその彼氏用の替えのパンツね。
流石にそのままじゃ可哀そうだったからさ。
さてと…… 電話、電話。春華さん?もしもし俺だけど……」
正直静は身内でありながら身の毛もよだつ存在が継比古という人間だった。何せ何をやっている時も素直に笑っているイメージがない。全てが作られた、計算されたものなのだ。ただその理由を知っているのも静だけだった。
ほんとうの笑顔は十七年前。全て失くしてしまった。
父も母もとある企業の新薬を巡った抗争に巻き込まれた挙句、命を落とした。その止むに止まれぬ怒りを相談した相手が継比古が師と仰いだ人物だった。
事件はあっという間に片が付いた。
彼等の両親を殺した人物達は概ね不慮の事故という形か。自らが実験体となって人間でなくなってしまい、その企業は事実上解体となった。新薬の権利は田名辺一家へと戻り、名のある企業へと譲渡すると共に得た金額をその師へと手渡した。
その頃全てが嫌になり悪の道へと踏み出していた静自身を更生への道へと導いたのもその師と継比古の存在があったからこそだ。
そんなこの世に一人限りの弟も五年前にある事件がきっかけで出会った妻の春華と息子の蒼汰と幸せに暮らしている。もちろん自らの本当の仕事を偽ったままなのだが。
「今日はウチに飯を食いに来ないか?シズ姉」
「いや…… 遠慮しとくよ。ウチも光莉がカレーを作ってるハズなんだ」
「母親よりもしっかりしている娘を持つと大変だね」
「どういう意味だよ!」
「お~ こわっ。じゃあ、俺先帰るわ。
事務所の戸締りだけきちんとしといてね」
「ああ、わかった」
継比古が事務所を去り静も鞄を持って出ようとした瞬間、一本の電話が鳴る。普段であれば気にせずに所を出る所だったが、何ともその日の落陽がその電話を取らなければ一生後悔するようなそんな気がして恐る恐る受話器を取った。
「もしもし。こちらタナベ親善協会の蔦本と申しますがどのような……
はい、はい。今、タナベ所長は生憎不在です。もし私で宜しければ御用件を承りますが……」
しばしの間沈黙が続いた。
静が相手の声を聞いた瞬間、彼女が恐怖心に駆られているのが分かった。明らかに身も、声も震わせているようだった。
蚊の鳴くような小さき叫びが響く。
『タス、ケテ…… どうか。どうか助けてください。
お願いします……』
「……詳しくお話をお聞かせ願えますか。
ゆっくりでいいですから」
『……はい』
静はじっくりと相手の声に耳を貸した。
内容を聞く限り最初こそいつもの男女間のもつれの匂いがしたのだが、そのキーワードを聞いた瞬間から状況が一変する。
「つまりあなたは復讐をしたい相手がいて代理を頼みたいのだけれど、その相手には復讐させようとする人間がいて迂闊に手が出せない……
で、合ってますか?」
『はい』
依頼の主、鳴神 美呼吐は前回の依頼者と同じ女子高校生だ。
おそらく想像するにごくごく平凡だが幸せな家庭に育ったろう品の良さが言葉から感じられた。
それゆえに彼女から紡がれた話の内容は凄まじいものがあった。
「所長と一緒にじっくり話を聞かせて頂けますか?
明日はご予定は」
『学校が終わってすぐになら行かないと相手も怪しみますし』
「わかりました。私がお迎えに上がりますので。
はい。では」
電話を切った瞬間、とてつもない厄介事を背負わされた気もしたがきっと弟の事だ。何だかんだと文句を言いながらも依頼は受けるだろう。
「しかしまあこの時代に政略結婚とDVが一緒に来るって……」