「病弱闇深少年と人生諦めたフリーター女、異世界転生して一緒に暮らしてます。」
「もう、どうでもいいや。」
私は比嘉夏芽32歳。
特別な夢があるわけでもない。
恋人もいない。
正社員として働いているわけでもない。
両親とは離れ、
スーパーと清掃のアルバイトを掛け持ちしながら四畳半の古くて小さなアパートで一人暮らしをしている。
最低限食べていけるだけのお金を稼ぎ、帰ってきてコンビニ弁当を食べて、シャワー浴びて眠る。
そんな無機質な日々。
「私の人生なんて、こんなもんよ。」
そうやって全てを諦めていた。
そんなある日の夜。
仕事から帰って玄関の扉を開けると・・・。
ガチャ。
「やば、鍵掛けてなかっ・・・え!?」
明かりの付いていない薄暗い部屋の隅っこに少年はいた。
年齢は10歳くらい。
顔は真っ青で、体育座りのまま身体を小刻みに震わせている。
「君、誰!?」
少年は私を見ると、怯えたように身体を縮めた。
「ごめんなさい・・・。」
「とにかく今すぐ出てって、じゃないと警察呼ぶよ?」
電気を付け、警戒しながら少年に近付く。
そして、その時気付いた。
あまりにも少年の顔が真っ青で敵意はなく、弱々しさだけが彼を包み込んでいた。
「君、お母さんは?」
少年はふるふると首を左右に振る。
警察・・・の前にとりあえず病院へ連れて行くしかないか。多額の医療費請求されたらどうしようとハラハラする。
でも、放っておくわけにもいかないよな・・・。
「病院行くよ。」
こくこくと少年が頷く。
病院で検査を受けると、栄養不足と貧血、それと喘息が悪化していた。
医師が病室で聞く。
「結人君、家族は?」
真白結人君、12歳。
リュックの中に入っていた保険証に書かれていた名前だ。
結人は小さな声で答えた。
「お母さんがいます。」
ほどなくして、病院に母親がやって来た。
結人は携帯を持ち歩いているようだった。
私は少し安心した。
なんだかんだ言っても母親は結人君のことを心配しているはず。
そんな甘い考えだった。
「どちら様?」
母親が私の方を見る。
化粧は濃いが私と同じくらいの歳かそれより少し下か。
私に結人君くらいの子どもがいたっておかしくない。
それほど私は歳を取ったのだ。
「私は・・・。」
チラッと結人君を見ると青白い顔で俯いていた。
まさかうちのアパートに不法侵入したなんて言えない。
「友達の比嘉夏芽です。」
瞬間、結人がパッと夏芽の方を見た。
夏芽は微笑み頷いてみせた。
「そう。」
え?それだけ?こんな見知らぬおばさんが友達って言ってるのに?
いや、今はこの無関心さに救われた気もする。
「治療費はいくらですか?」
母親が最初に口にしたのは、息子を心配する言葉でも涙ながらにお礼を言うでもなく、治療費という言葉だった。
医師は数秒間を開けると口を開いた。
「・・・入院費については。」
「分かりました。受け付けでお支払いします。」
少年はベッドの上に横になりながら母親を見ていた。
「お母さん・・・。」
「何?」
「ここにいてくれる?」
母親は腕時計をチラッと見た。
「まだ仕事があるから無理よ。」
「・・・そっか。」
「お金は払っておくから。必要なものがあったら病院の人に言いなさい。」
母親はそれだけ言うと病室を出ていった。
「・・・。」
結人君はそれ以上何も言わなかった。
母親に対して気持ちを表現するということを諦めてしまっているんだろうな。
「お母さん、お金は払ってくれるんだね。」
「うん。」
「じゃあ、少しは心配してくれてるのかも?」
結人は小さく首を横に振った。
「違うよ。」
「え?」
「お母さんはいつもそうだ。おもちゃ代とかお菓子代とか机に置いて出かける。
あとは知らんぷり。僕はただ捨てられてないだけなんだ。」
捨てられてないだけ。
その言葉が私の心にずしっと重さを含み響いた。
結人は布団をぎゅっと両手で握りしめた。
「僕が風邪引いても、レトルトのお粥温めてお皿に出して、スポーツドリンクを僕の机に置いてすぐ出て行っちゃうんだ。」
私は、結人君の頭をそっと撫でた。
今私にできるのはそれくらいだ。
それから私は、病院へ通うようになった。
仕事が終わった後に病院へ行くルーティンができた。
もっとも毎日ではなかったけれど。
結人君が眠っている時は、椅子に座ってしばらくしたら帰る。
起きている時は、時間ギリギリまでたわいない話をしながら笑い合った。
「今日コンビニでね、新しいプリン出てたんだよ。」
「プリン?食べたい!」
「プリン好き?」
「うん!大好き!!」
「退院したら食べたよう。」
「その時は一緒食べてくれる?」
結人は布団をぎゅっと掴んだまま言った。
「もちろん。晴れた日の公園のベンチなんか良いわね。」
その瞬間、結人の表情がふわっと和らぐ。
「ねぇ、お姉ちゃんも僕が寂しいって言ったら嫌いになる?」
お母さんと同い年くらいなのにお姉ちゃんって呼んでくれるのか・・・くっ、いい子だなぁ。
「ならないよ。お母さんにそう言われた?」
「うん、めんどくさいこと言わないでって。」
私に母性本能はない。
そう思って悩んでた時期もあったけど、こうやって直面するとそうでもなかったと気付かされる。
子どもが寂しいって言ってるのにめんどくさいとは何事だ。けしからん。
「めんどくさくなんて思わないよ。」
「ほんと・・・?」
「うん。」
「ありがと・・・。」
結人は少し照れたように顔を赤く染めていた。
可愛いなくそっ!!
結人君は少しずつ元気になっていった。
諦め半分だった結人君は、
退院したら何を食べたいか、何をしたいか積極的に話してくれるようになった。
「一番最初はプリンがいい。」
「プリンでいいの?」
「だって、約束したから。」
「じゃあ退院祝いはプリンにしよっか。」
「うん!」
退院の日。
母親が病院に来た。
「あなたがこの子の面倒ずっと見てくれていたのね。
一応お礼を言うわ。お金いくら必要?」
「いりません、私がしたくてしたことなので。」
「そう、結人帰るわよ。」
「う、うん。」
結人は名残惜しそうに振り返った。
「夏芽ちゃん、また会おうね!」
最初はお姉ちゃん、そして今は名前で呼んでくれる。
ちゃん付けで呼んでくれるなんて相変わらずいい子だなぁ。
「うん。」
恋愛も、仕事も、神も、何もかも諦めていた私の前に現れた小さな少年。
誰かの為に一生懸命になったのはこれが初めてだった。
それから4年の月日が経ち、少年は青年へと変わっていた。
背も伸び、声変わりもして声も低くなった。
体はびっくりするくらい元気になって安心した。
私に甘えてくるところだけは昔と変わらないけど。
結人君とは時折こうして公園でおやつを食べたり話をしたりする。
公園のベンチでチョコパイを頬張った後。
「ねぇねぇ。」
「なに?」
青年は私をまっすぐ見た。
「俺、決めたよ。」
「何を?」
「あなたと一緒がいい。」
「え?何の話?わっ!?」
結人は夏芽をぎゅっと抱き締めた。
「俺、ずっとあなたが好きだった。」
好き、か。
たぶん結人君は母親からの愛情がなかったから私に重ね合わせているのだろう。
父親とも別居中みたいだから愛情に飢えているのだ。
時がくればそのことに気付くはずだ。
そして私は、結人君を自分の子のように思っている。
できたことなんてないけれど、大事に思う。
最初の出会い方はものすごーくびっくりした。
そりゃあもう心臓飛び出るくらいの勢いでびっくりした。
そんな結人君の成長が今では眩しい。
私は何も言わず、そっと抱き締め返した。
あの頃の俺は分かっていた。
この人と恋人として結ばれることはないと。
そして、その日が来た。
二人で横断歩道を渡ろうとした、その時だった。
キキキィっとトラックのブレーキ音が聞こえた。
パッと二人同時に振り返る。
「危ない!」
私は叫びながら結人君をぎゅっと抱き寄せた。
目が覚めると、
そこは見知らぬ場所だった。
緑と緑の間に溶け込むように作られたオレンジ色の屋根の家、時計塔。
丘の上からキラキラ光る小さな町。
青い空に綿あめのような白い雲がプカプカ浮いている。
桜が咲いているらしく町全体がピンク色に染まって幻想的な風景になっている。
そして、芝生に横たわりながらゆっくりと目を開けた少女の隣に、少年がちょこんと座っていた。
「ん・・・。」
「わっ!良かった!!夏芽ちゃん気が付いた!」
あれ!?結人君が出会った日と同じくらいの背丈になってる!?
自分の手足を動かしてみる。
ん?手足ちっちゃくなってる?
服をよく見ると麻でできたワンピースを着ていた。
小さ!これ子どもが着るやつじゃん!
てか、私も結人君と同じくらいの年齢になってる!?
「結人君なの?」
「うん。」
私はゆっくりと起き上がって言った。
「まさか、異世界転生ってやつ?」
「分からない。でも、年が同じくらいだからそうかも。
漫画で見たことあるやつ。」
「服も似てるね。」
「あの、ごめんなさい・・・。」
「どうしたの?」
結人は急に泣き出すと言った。
「うぅ・・・あの時、夏芽ちゃんと離れるくらいなら、
一緒に死んだ方がいいと思ったんだ。ひっく・・・だからあんな事故が起きたんだ。」
私は目をまん丸く見開いた。
「え?そんなこと思ってたの?」
「本当にごめんなさい!!!」
結人が体育座りのまま頭を下げた。
結人君の言葉に驚きはしたものの、嫌な気はしなかった。責めようなどとは微塵も思っていない。
「事故は結人君のせいじゃない。」
「でも・・・。」
「悪いのはトラックの運転手だよ。」
結人がうるうるとした目で夏芽を見る。
う〜ん、相変わらず可愛い。
町に向かうと互いの家族らしき人達が慌てた様子で話しかけてきた。
「良かったわ、結人が出かけてくれてて。」
と女性。
「本当、良かったよ。」
と男性。
「誰?」
結人が夏芽に小声で聞く。
「たぶん、お母さんとお父さんじゃないかな?」
「そ、そっか・・・。」
ヒソヒソと二人は話し合う。
「さぁ、結人、行くわよ。」
「は、はい。」
「どうしたのよその喋り方。」
「色々あって・・・。」
と、その時。
「夏芽ちゃ〜ん!」
「夏芽ちゃん、こっちこっちー!」
と白髪のおばあさんとおじいさんが少し離れた場所から呼びかけてきた。
「誰?」
今度は夏芽が結人に小声で聞く。
「たぶん、夏芽ちゃんのおじいちゃんおばあちゃんじゃない?」
「まじか。」
再びヒソヒソと話し合う二人。
二人はどうやら幼馴染らしい。
一緒に出かけてなかなか帰って来ず心配していたようだった。
結人は両親と一緒に暮らしており、
夏芽の両親は事故で亡くなり祖父母と暮らしていた。
両親が不在中、結人の家が火事で燃えてしまったが、
幸い、結人の両親は無事で夏芽の祖父母の家は広く、部屋がいくつか余っていた為、
夏芽の家で一緒に暮らすことになったと聞かされた。
次の日のお昼。
結人は夏芽の部屋に入り、
絨毯が敷いてある床に座って足を伸ばした。
「なんか、バタバタと疲れたね。」
「うん、俺も疲れたよ。
けど、良かった、兄弟とかじゃなくて。名前も同じだったし。」
「名前違ってたらややこしくなってたね。
それに結人君の方も私の方も家族構成全然違ってたね。」
「うん。お母さん?とお父さん?って人優しそうな人だった。」
「それを聞いて一安心!私の方は両親が事故で亡くなっておじいちゃんとおばあちゃんが育ててくれたみたいね。」
「そっか・・・寂しいね。」
「大丈夫よ、結人君がいるから。」
「そ、そっか。」
「凄い田舎だけどね。」
「同じ12歳だったね。」
「うん。」
「今度は恋人なれる?」
「え、あの時のってそういう意味だったの?」
「そうだよ?」
結人君はキョトンと首を傾げている。
「うーん、でも、結人君のことはずっと子どもとして見てきたからなー・・・。」
「やだやだ!今世ではずっと一緒!!」
駄々を捏ねる結人君を初めて見た。
そうか、この世界では素直に自分の気持ち表現できるんだ・・・。
もう、結人君は気持ちを閉じ込めなくていいんだ。
それが嬉しいとさえ感じた。
「今すぐって言われても気持ち追いつかないから、
ゆっくりいこうよ、ね?私達今は同じ時間を生きられるんだから。」
「分かった。でも、絶対ね!!」
結人君に手を繋がれて大きな庭へ出た。
広い庭にカラフルなチューリップが沢山咲いていた。
「さっき、玄関から見えた時から一緒に見たいって思ってた。」
「わー!!綺麗〜!!私もまだちゃんと見てなかったから一緒に見れて良かった。」
「良かったね。」
「ちょっとちょっと〜、温度差すごくない??
ほら、チューリップだよ?」
「うん、まぁ。」
結人君って意外とクールキャラ?
いやいや、カッコつけたいお年頃なのかも?
「ふふ。」
「・・・。」
温かい目で見ていると軽く肩をペシペシとはたかれた。
「わ、なになに?」
「何でもー。」
たった一日でありえないほどの情報量。
疲れを癒すかのように春の温かい風が二人を包み込んんでいた。
ずっと一つだった影。
でも、今は違う。
伸びてく影は二つに変わっていた。
「結人君、これから色々あると思うけどよろしくね?」
「うん、よろしく。」
今はまだこの先どうなるかなんて分からないけど、
私達は生きてるんだ。
それだけできっとなんとかなる。
そんな気がした。




