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鉄の理性、落ちこぼれの誘惑

この作品には“15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現”が含まれます

無欲すぎる少年と、欲を喰らう悪魔。

水と油のように交わらないはずの二人の話です。

1.

其処は、時代錯誤を煮詰めて和風建築の形に固めたような、淫妙寺(いんみょうじ)の広大な邸宅である。

その奥深くで、1人の少年が坐禅を組みながら静かに精神を研ぎ澄ませていた。

淫妙寺 清史郎(16)。

「我が淫妙寺の男は、欲に忠実すぎて早死にする。……ゆえに、僕は無欲を貫く。」

淫妙寺家。

かつては暗殺の一端として「腹上死」を演出し、現代においては「少子化対策コンサルティング」の異名の下、大富豪や政治家に『秘伝の術』を伝授する。

しかし、清史郎が追い求めているのは肌の温もりでも、芳しさでもない。家業という名の(カルマ)を断ち切るための「精神力」、或いは全人類が賢者モードの果てに辿り着く「虚無」の境地であった。

2.

その時、窓が音もなく開いた。

月光を背に、一人の少女がひらりと舞い降りる。

スーパーロングの髪をなびかせ、人間離れした美貌を持つ彼女は、着地するなり傲然と胸を張った。いわゆる「仁王立ち」である。

「見つけたわ、極上のマナ。さあ、ひれ伏しなさい人間。このセレーネ様が直々に、貴方を快楽の淵へ沈めてあげる」

清史郎は坐禅をやめ、無表情に立ち上がった。

セレーネは、サキュバス養成学校の古典書『誘惑の全技術:初級編』の32ページに記載された、最も古典的なポーズを構える。

「…うっふ〜ん」

指先を唇に添え、上目遣いで清史郎を見つめるセレーネ。

しかし、其処に流れたのは情熱ではなく、凍てつくような沈黙。

清史郎は、その完璧な美貌を前にして、廊下に向かって大声で叫んだ。

「母さん!! また『業者』呼んだな!!もういいって言っているだろ!」

廊下から、能天気な声が返ってくる。

「あら清史郎ちゃ〜ん、今日はお母さんだれも呼んでないわよ〜?」

3.

セレーネの動きが止まった。

「……ぎょーしゃ? いえ、私は高貴なるサキュバス……。って、幻術が解けてる?!嘘、マナが完全に枯渇したわ……」

セレーネが『悩殺ポーズ』を構えた瞬間、彼女の体内では全マナを賭した一撃――精神侵入幻術『淫夢への招待状 』がフルスロットルで起動していた。しかし、それは清史郎の「鉄の理性」に跳ね返された。さらに、彼女の持病である「マナ欠乏症」が重なり、セレーネのマナ残量は一気にゼロを指した。

彼女にとって、幻術の行使とは「穴の開いたタンクから燃料を全噴射して加速する」に等しい暴挙。清史郎がそのポーズにコンマ一秒でも目を奪われ、僅かでも下心を抱けば、その「隙」から彼女は彼のマナ=精力を喰らい尽くすはずだった。

だが清史郎の心には「隙」という概念が存在しない。

一切の不純物を排除した真空の理性――その絶対的な壁に激突した幻術エネルギーは、行き場を失い、物理法則に従って発信源へと逆流した。

拒絶。受取拒否。リターン・トゥ・センダー。

「計算外……、これじゃあ帰還用のゲートが開けないわ……この家から莫大なマナを感じたのに……。」

膝をつくセレーネ。マナという名の「虚飾の燃料」を失ったことで、『人間』としての姿を維持するエネルギーさえ枯渇する。

幻術という名のベールが剥がれ、スーパーロングの髪の間から小さな角が、腰からは矢印型の尻尾がぴょこんと、敗北の象徴のように飛び出した。

清史郎はそれを見下ろし、淡々と話し始める。

「……なるほど。状況は概ね理解した。お前は、この家から漏れ出しているマナ?の残滓に釣られてやってきたわけだ。だが、残念だったな。お前が感じたその莫大なオーラは、僕のものではない。この母屋の奥で『淫妙寺流・至高の指南書〜喜魅子アルティメット・マニュアル2〜』の資料を作っているであろう僕の母。淫妙寺希魅子のものだろう。」「何ですって…?」

「母さんはザ・淫妙寺家の人間。対して僕は、幼少からの過激教育によって何も感じなくなってしまった。無欲に特化したデッドエンド。お前は不法侵入した上に自爆して、挙句の果てにガス欠というわけだ。」

「長々とどうもありがとう。……不本意ながら。この世界でマナを再充填するまで、留まらざるを得ないようね」

セレーネは一切屈辱を感じなかった。膝をつき、尻尾を力なく垂らしながらも、その瞳は合理的かつ冷徹。

サキュバスとして最も大切な「羞恥心」というリソースを、彼女はとうの昔に「生存に不要なノイズ」として計算から除外していたのである。

4.

「_というわけで人間。不本意ながら、私はこの世界に留まることを選択したわ。否、選択せざるを得ないという消極的肯定ね。マナが枯渇した私にとって、貴方の母親はマナ補給基地(ステーション) であり、この家は唯一の不法占拠に値するシェルターというわけよ」

清史郎は考える。母・喜魅子は、息子の不感症を治そうと、週三ペースで治療業者を送り込んでくる。淫妙寺流の極意を継ぐはずの息子が「欲ゼロ」というのは、家業の存続に関わる死活問題なのだ。だが、それは清史郎にとって、修行のノイズであり、静寂の破壊でしかない。

「……お前がここに居座ることは、僕にとって基本的にはデメリットだ。不法侵入の上に居候。だが、毒を以て毒を制すという言葉もある」

「何かしら、下等な人間。命乞いなら、今この瞬間に受理してあげてもいいけれど?」

「僕の『恋人』を演じろ、サキュバス」

「……何を言ってるのか分からないのだけれど?」

セレーネの冷静な瞳に、初めて「理解不能」という色が混じる。

「母さんが次々と送り込んでくる業者を追い払うのは、もはや時間の無駄だ。だが、僕に『固定の恋人』がいれば、母さんも介入の余地を失う。お前が恋人を演じるなら、この家に住むのを許そう。衣食住_特に、お前が欲している『マナ』の補給源として母さんを保証する」

セレーネはしばし沈黙し、頭の中で計算を弾いた。

「……合理的ね。私は貴方の傍でマナを吸うチャンスを伺えるし、契約成立よ」

「話が早くて助かる。だが、一つ条件がある」

「これ以上何を頼むと言うのよ、ダーリン?」

「お前の誘惑は、『技術』が伴っていない。今のままでは母さんは騙せん。俺がこの家の技法を元に、お前に『正しい誘惑』を指南してやる。それを習得しろ」

「なんですって……!? 私に、人間が教育を施そうというの?」

「そうだ。俺を墜とせるものならやってみろ。落ちこぼれのサキュバス」

清史郎の挑発とも、あるいは救済とも取れる言葉に、セレーネは膝をついたまま、不敵に――しかし極めて冷静に唇の端を吊り上げた。

「……いいわ。面白いじゃない。貴方を墜とした暁には、その鉄の理性をズタズタに引き裂いて、私の『理論』の正しさを証明してあげる。……改めて、サキュバスサキュバスうるさいのよ。魔界の理に背いた落ちこぼれ、あるいは合理性を愛する悪魔。セレーネ・アルテミスラよ。貴方は?」

「淫妙寺 清史郎。……『淫妙寺』という名の地獄を断ち切るためによろしく、セレーネ。」

5.

「あらあらあらあら〜!♡」

部屋に飛び込んできた喜魅子が、甲高い歓声を上げる。

清史郎は、一切の感情を排した棒読みのトーンでセレーネの肩に手を置いた。

「母さん。紹介する。僕の彼女のセレーネだ。だからもう、業者は不要だ」

セレーネは一切の躊躇なく、真面目な顔で清史郎の腕に(業務的に)しがみついた。

「ええ。私たちは深く愛し合っているわ。……ねえ清史郎、この角度で密着すれば、母体の視覚野に対して『親密さ』というインパクトを最大化できるかしら?」

「ああ。だが、まだ『愛』を偽装するための心拍数が足りない。もっと情熱的に、非論理的にいこう。……母さん、というわけだ。今日はもう寝る」

「ま、まあ! 清史郎ちゃんが自分から女の子を……!。分かったわ、母さん応援する!!」

喜魅子が鼻息荒く去っていく。

残されたのは、偽装カップルという名の「契約社員」となった二人。

「……さて。じゃあセレーネ。さっきの『うっふん』だが、あれは腰の捻りが甘い。角度が3度、情熱が20%ほど不足している」

「……なんですって? 貴方、私のバイブル『誘惑の全技術:初級編』に異を唱えるつもり?」

「実践を見せてやる。来い、セレーネ」

無欲すぎる男と、落ちこぼれの悪魔。

噛み合わない歯車が、最悪の相性で加速し始めた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

数年前から何となく頭にあったとにかく中二臭く!がモットーの話を書き始めたら、いつの間にか訳の分からないことに…。

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