『豊穣街道』の整備。冥竜鋼を使った道作り
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開拓都市『豊穣』の朝は、今や王都の市場にも劣らない活気に満ちている。
刀真と萌音の結婚式から数日。
街の住民たちは、英雄たちの門出を祝った余韻を力に変え、今日もまた自分たちの生活を豊かにするために汗を流していた。
だが、数千人規模にまで膨れ上がった人口を支えるには、今のままでは致命的に足りないものがあった。
それは、街の心臓部と、近隣の拠点、あるいは未知の交易先とを繋ぐ「物流の動脈」――すなわち、街道である。
「……よし。今日からこいつが、俺たちの新しい仕事だ」
街の北端。
原生林が広がる境界線で、蒼汰が大きく伸びをした。
その隣には、三人の姿に分身した楓菜が、それぞれ異なる方向の測量地図を広げて並んでいる。
「蒼汰、準備はいい? クレマンまでのルートは距離があるから、あんたの馬力が必要よ」
「おう、分かってるって。……それより楓菜、例の件はどうなんだよ」
蒼汰が声を潜めると、三人の楓菜が同時にニヤリと笑った。
これが、蒼汰と楓菜が結んだ秘密の『アシスト同盟』の隠密会議だ。
「昨日の夜、乃亜ちゃんと一緒にお皿洗いした時に言っておいたわよ。
『今日の蒼汰くんは、領都クレマンまで続く平和の道を作るんだって。
街のため、みんなのために山を動かすんだよ。かっこいいよね』ってね」
「マ、マジか。乃亜、なんて言ってた?」
「『ええ、蒼汰くんは本当に頼もしい、最高のお友達(・ ・ ・)だわ!』だってさ。
……あんたの道は、この森を切り開くより険しそうね」
楓菜の容赦ない言葉に、蒼汰はガックリと肩を落とした。
「……お友達、か。二年も片想いしててこれかよ。
……いいぜ、だったら俺も理人に仕掛けてやる。
あいつに『楓菜の作業着姿、機能美に溢れてて目が離せないな』って吹き込んどいてやるからな」
「ちょ、ちょっと! あいつにそんなこと言ったら、『空気抵抗を計算した結果か?』とか言われて終わるだけじゃない! もっと情緒的に攻めなさいよ!」
十九歳の英雄二人が、戦友としての信頼と、それぞれの不器用な恋心を天秤にかけながら火花を散らす。
だが、作業の開始を告げる鐘の音が響くと、その表情は一瞬で「反逆の英雄」のものへと切り替わった。
「――しゃあッ!! 始めるぞ! 『赫炎』、出力二パーセント!!」
蒼汰が大地を蹴った。
彼が向かったのは、街道の予定地にそびえ立つ、樹齢数百年の巨木の群れだ。
通常なら数十人の人足が数週間かけて切り倒すような巨木を、蒼汰は重機のような突進だけでなぎ倒していく。
ドォォォォォンッ!!
空気を叩き潰すような衝撃音と共に、鉄よりも硬いと言われる原生林の巨木が、蒼汰の肩が触れただけで根こそぎ吹き飛ぶ。
蒼汰のSTR(筋力)は、すでに深淵の爆炎竜をも圧倒する領域にある。
彼にとって、一本の道を作るという行為は、自身の溢れ出る力を発散するための、最高の遊び場でもあった。
「ははっ、どけどけぇ! 岩だろうが切り株だろうが、俺の前じゃただの障害物だ!」
蒼汰の全身から漏れ出る白銀の熱波が、なぎ倒した後の地面を一瞬で焼き切り、不純物を炭化させていく。
その背後で、三人の楓菜が風のような速さで走り回り、吹き飛んだ倒木を整理し、正確な路盤の境界線を引いていく。
「蒼汰、そこ! 右に三メートルずれて! 理人の計算だとそこが領都クレマンへの最短最短ルートよ!」
「おうよッ!!」
蒼汰が拳を地面に叩きつける。
ズゥゥゥゥンッ!!
地響きと共に、隆起していた地盤が蒼汰の脚力によって完璧に踏み固められた。
もはや重機など必要なかった。
◇
蒼汰が「更地」にした後を引き継ぐのが、刀真と理人の役割だ。
「……理人。こっちの配合は終わったか?」
「ああ。宝石獣の残留魔素と、これまで狩ったドラゴンの『不純物(骨の欠片)』の結晶化は完了している。安定度は九十九・八パーセントだ」
二人の前にあるのは、巨大な釜の中で煮えたぎる、黒光りする液体だった。
これこそが、刀真が開発した新素材――『冥竜鋼』だ。
「いいか、萌音。こいつは最強の剣にはなれねえ」
刀真が、横で見守る萌音に誇らしげに語る。
「武器にするには粘りが足りなくて、激しく打ち合えば割れちまう。
だが、一度固まれば、重圧に対する強度は金剛石すら凌駕する。
おまけに、宝石獣の力で魔力を流せば路面の温度を一定に保つ特性がある。
……つまり、『最高級の道路』を作るために生まれてきた鋼なんだよ」
「……凄い。刀真くん、武器じゃないものを作る時の方が、なんだか楽しそうだね」
萌音が微笑む。この二年間で彼らは何体ものドラゴンを狩ってきたが、その度に余る「武器には不向きな端材」を、刀真はどうにか有効活用できないかと考え続けてきた。
その答えが、この大量生産が可能で、汎用性に優れたインフラ素材だった。
「行くぜ! 『冥竜鋼』、流し込み開始ッ!!」
理人の合図と共に、溶けた鋼が蒼汰の均した路面へと広がっていく。
刀真が巨大な槌を振るい、一定の魔力を込めて叩くことで、液体だった鋼は瞬時に結晶化し、鏡のように滑らかな路面へと姿を変えた。
「萌音! 鑑定頼む!」
「うん……! 耐久値、測定不能! これで領都クレマンからの重たい馬車が何台通っても、絶対に壊れないよ、刀真!」
萌音の鑑定によるお墨付きが下りる。
王宮の兵器工場ですら「ゴミ」として捨てていた端材が、刀真の技術と理人の論理によって、領都クレマンとを繋ぐ最強のインフラへと生まれ変わったのだ。
◇
お昼時。
完成したばかりの、黒く輝く冥竜鋼の道の上に、乃亜が温かい料理を運んできた。
「みんな、お疲れ様! 今日は外でお昼にしましょう」
乃亜が広げた敷物の上には、名物の『ボアグリズのそぼろおにぎり』が山盛りに積まれていた。
蒼汰は汗を拭いながら、乃亜の隣に陣取った。十九歳になった彼女の美しさは、こうして作業服で汗を流している時でも、蒼汰の心臓を激しく揺さぶる。
(……くそっ、やっぱり可愛いな。……楓菜、頼むぞ)
蒼汰が視線で合図を送ると、楓菜が乃亜の肩に腕を回した。
「ねぇ、乃亜ちゃん。さっきの蒼汰くんの岩を砕く姿、見た?
あんなバカ力、普通の男の子には出せないよね。
領都の騎士様たちよりずっと頼もしいわぁ」
「ええ、本当に! 蒼汰くんがいてくれるから、クレマンまでの道もこんなに安全に繋がるのよね。
……ねぇ、蒼汰くん。いつもありがとう」
乃亜が、ひだまりのような笑顔で蒼汰を見つめる。
だが、その瞳に宿るのは、どこまでも「深い信頼と友情」の光だった。
(……ああ。やっぱり『お友達』の枠から出られてねえ……!)
蒼汰は内心で血涙を流しながらも、次は自分の番だとばかりに理人の方へ向き直った。
「……おい、理人。楓菜も最近、分身とか使いこなしてて凄いよな。
あいつ、ああ見えてお前の作業を手伝う時は、いつもより丁寧なんだぜ? 愛だな、愛」
理人は、おにぎりを咀嚼する手を止め、眼鏡を光らせた。
「……蒼汰。その指摘は非論理的だ。
楓菜が僕の作業を丁寧に手伝うのは、僕の調合ミスの際の爆発に巻き込まれるリスクを回避するための、生存本能に基づく合理的判断に過ぎない。
愛という不確定要素を介入させる余地はないね」
「……ッ!!」
楓菜が、手にしたおにぎりを握りつぶしそうな勢いで顔を赤くした。
「……あんたは、本当に……!
バカ理人! あー、おにぎりが塩辛いわね!!」
アシスト同盟、今日も全敗である。
十九歳の英雄たちの恋路は、深淵の迷宮を攻略するよりも遥かに難解で、前途多難だった。
◇
それから数日。
蒼汰のバカ力と、刀真の冥竜鋼によって、豊穣の街と領都クレマンを結ぶ『豊穣街道』の第一期区間が完成した。
黒く重厚な輝きを放つその道は、どんな暴風雨にも動じず、泥濘一つ作らない。
それどころか、夜になると理人が仕掛けた結晶回路が宝石獣の魔力を吸い込み、路面そのものが淡い虹色に発光し始める。
「……綺麗だ」
夜、完成した街道の入り口に、蒼汰と乃亜が二人で立っていた。
足元に広がる光の道。その先には、辺境伯が治める領都クレマンが、そしてその向こうにある広い世界が繋がっている。
「蒼汰くんが作ってくれたこの道を通って、いつかクレマンの人たちも、王都の人たちも驚くような、素敵なものがたくさん届くようになるといいわね」
「ああ。……王宮の奴らがレベルとか数字で威張ってる間に、俺たちはこの『冥竜鋼』で、あいつらが一生かかっても作れない幸せな場所を、世界中に繋げてやるよ」
蒼汰は、隣に立つ乃亜の手が、自分の手に触れそうで触れない距離にあることに、胸を締め付けられた。
だが、今はまだ、領都クレマンへと繋がるこの道を共に歩めるだけで、十分だとも思えた。
最強のステータスによる、史上最高の日常。
刀真が作ったのは、人を殺すための剣ではない。
蒼汰が振るったのは、誰かを傷つけるための拳ではない。
彼らの反逆は、今、黒い鋼の道となって、辺境の地から領都クレマンへ、そして世界へと確かな音を立てて広がり始めていた。
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