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血肉

作者: 綴 詠士
掲載日:2026/02/05

 ひしゃげた身体。肉が抉られ、片足が無い。顔は半分潰れ、目が飛び出している。


 アイリの亡骸だ。

 

 昔、無我夢中に廃屋に逃げ込んだ時のことを何度も思い出す。

 

 誰にも言うべきじゃない。

 

 俺は誰にも話さずに黙っていた。


 いずれ暴かれるまで、口を閉ざさなければ。


 アイリが死んだ。

 

 なんで?

 

 俺がアイリを助けなかったからだ。

 

 俺は自分の身を優先した。

 

 だからだ。

 

 アイリは化け物に喰われた。

 

 俺は隠れてみているだけだった。

 

「……ごめん」

 

 謝罪が澱んだ空気みたいにまとわりつく。

 

 だけど、どうすればよかったのだろう。


 ***

 

 俺はアイリを森に連れ出した。


 昔大泥棒が森の奥の家に宝を隠したって聞いたからだ。


 その話を聞いてすぐにアイリを連れてきた。


「なんで私が、一人で行けばいいじゃん」


「暇だろ? いいじゃんか」


「あ、怖いの? 私がいないと森に入れないのかー。なら仕方ないね、よちよち」


「違う! いくぞ!」


 二人で話しながら暗い森に入る。

 

 そして廃屋に着いたときに化け物が現れたのだ。


 黒い大きな体。人型で、古い衣服を着ている。歩く度に荒い息と子供が笑うような鳴き声をして、人の真似をする狼みたいな見た目だった。


 アイリは俺を逃がしてくれた。


「隠れて! 早く!」


「ああ!」

 

 俺は反射的に走り出す。転びそうになりながらも、廃屋に駆け込んで、廃屋の奥に転がって震えていた。

 

 そして耳をつんざく悲鳴を聞いた。頭にアイリの悲鳴、助けを求める声が響く。


 目をつぶり、耳が潰れるくらい強く耳をふさいだ。何も起きてない何も起きてない。

 

 暫くすると、何も聞こえなくなった。


「アイリ……」


 ふらつきながらも立ち上がり、ゆっくりと廃屋の入り口に向かう。


 廃屋を出て、見えたのが赤い肉片だった。耐え難いほどの赤い地面に血の臭い。


「……」


「え?」


 肉片からうめき声が聞こえた気がした。潰れた顔が俺を見ている気がした。


「あああああ!!!」


 逃げる。逃げる。


 こっちを見ないでくれ!

 

 ふらふらになるまで走って、倒れて。吐き気がして地面を汚した。


 ***

 

 

 どうすればよかったのだろう。

 

 そんなことばかり考える。

 

 一緒に仲良く食われた方がましだったかもしれない。

 

「ああ!」

 

 茶色のガラス瓶に入った酒を飲み干す。

 

 瓶を置き、叫ぶ。

 

 部屋には空き瓶が転がり、カーテンも閉め切って薄暗い。テーブルの上には一本の剣。

 

 カーテンの隙間からは日の光が差し込んでいる。

 

「仕事の時間だ」

 

 意識して呟く。

 

 澱んだ部屋から出ていこう。

 

 それが今の俺には必要だ。

 

 今度こそあの獣を殺して全てを忘れるんだ。


 剣を取って外に出る。向かうは何度も何度も入った森。

 

 血が、肉が、頭から消えない。





 

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