激走!鳥人間バトル
ガガガガガガッ!!ブルルルルル!!
耳をつんざく騒音と、お尻に伝わる激しい振動。
眼下には、落ちたら即死確実な断崖絶壁と、尖った岩肌が広がっている。
「……ねえアル。これ、本当に大丈夫なの?なんか嫌な予感しかしないんだけど……」
あたしはハンドルを握りしめ、顔を引きつらせた。
浮上してから10分ほど経っただろうか。
優雅な空の旅になるはずが、現実は――優雅とは程遠い、ひどいものだった。
まあ、うるさいし、揺れる。
『多分、大丈夫!ただ、ちょっと上空の風が思ったより強くて、魔力消費が激しいかな。……おっと』
アルがモニターを見て、わざとらしく目を丸くした。
『向かい風が強すぎて、魔力タンクが空だ!ちょっと急造で充電が足りなかったかな……。本来変身した君が、魔力を送り込みながらの飛行を想定してたからね。仕方ない。ここからは人力モードに切り替えよう』
「は?まだ出発してもすぐよ?無計画すぎない?ってか、こんな鉄の塊、人力で浮くわけないでしょ!!」
あたしの抗議を無視して、ブスンッ!という音と共にエンジン(?)が停止した。
途端に、ズズズ……と機体が高度を下げ始める。
「ひぃっ!?落ちる!落ちてるぅぅぅ!」
「ご安心を、スズネ様ァァァ!!」
後部座席からの野太い叫び声が、狭い機内に響いた。
「この重み、この負荷!まさに筋肉への至高の洗礼!回します、この脚がちぎれるまで回してみせますぞぉぉ!」
カイルだ。
カイルは顔を真っ赤にして、超高速でペダルを回し始めた。
ギチギチと悲鳴を上げるチェーン。
摩擦でペダルの軸から煙が上がっているが、お構いなしだ。
「はぁ、はぁ……!見えます、スズネ様……!ペダルの向こう側に、新たな境地が……!」
「境地とかいいから高度を維持して!岩!お尻の下に岩があるからぁぁ!」
窓の外では、鋭利な岩肌がすぐそこまで迫っていた。
カイルの競輪選手のような働きで墜落こそ免れているが、上昇するには出力が足りない。
「お嬢様、現在高度、危険域ギリギリを推移。あと三十秒で目の前の山頂に激突しますわ」
リナが冷静な声で、まるで他人事のように実況を始めた。
「ふふ……必死に足掻くカイル様の無様な表情、そして恐怖に涙目で絶叫するお嬢様……。素晴らしい臨場感です。この揺れもまた、一つの聖域でしょうか……」
「リナ!実況してないで何か手伝って!」
あたしが半泣きでツッコミを入れた、その時だった。
「ミリィも!ミリィもやる!おねえちゃんのために!」
それまで大人しくしていたミリィが、カイルの頑張りに触発されて、足元のペダルに足をかけた。
「ちょ、ミリィ!?ダメ!あんたがやると絶対ろくなことにならな――」
「えいっ!」
ミリィが無邪気な掛け声と共に、補助ペダルを思い切り踏み込んだ。
ギュイィィィィィィィンッ!!!
次の瞬間、頭上のプロペラが、これまでにない異常な回転音を立てて暴走を始めた。
「――ッ!?」
「えへへ、まわったー!」
ミリィが楽しそうにペダルを回すたび、スワンがミシミシと悲鳴を上げながら、信じられない角度で急上昇していく。
『これなら山頂を越えられそうだね』
アルの呑気な声とともに、迫り来る黒々とした岩壁が、視界の下へと流れていく。
フワッ、と視界が開けた。
あたしたちは、ミリィの規格外のパワーのおかげで、ギリギリで一番高い山頂を越えたのだ。
「……こ、越えた……!すごいわミリィ!やればできるじゃない!」
あたしは安堵のため息をつき、ミリィを褒めちぎった。
「えへへー!おねえちゃんのためなら、もっともっとがんばるー!」
「あ、いや、もういいから!もう十分だから――!」
あたしが制止するより早く、褒められてテンションが限界突破したミリィが、さらに力強くペダルを踏み込んだ。
バッキィィィィンッ!!
金属が千切れる、絶望の音。
限界を超えたペダルがへし折れ、チェーンが弾け飛んだ。
「あ……」
ミリィの足が空回りする。
プロペラの回転が止まる。
そして、目の前には山頂を越えた先にある、盆地が広がっていた。
「……あー。やっぱり、そうなるわよね」
『さあ、動力ロスト!ここからは滑空タイムだ!』
「いやぁぁぁああ!!落ちる!落ちるぅぅ!!」
動力を完全に失った鉄の塊は、重力に従って機首を下げた。
目指すは盆地の中央、煙を上げる集落らしき場所。
「スズネ様!ハンドルを!機首を上げてください!」
「わかってるわよ!でも重いのよこれぇぇぇ!!」
あたしは全体重をかけてハンドルを手前に引く。
風切り音が轟音に変わる。
迫りくる地面。
逃げ惑う……え、人!?
「誰かいる!どいてぇぇぇぇ!!」
あたしの絶叫がこだまする中、スワンは里の入り口にある広場へと滑り込んだ。
ズザザザザザザザザッ!!
車輪なんてついていない船底が、土煙を上げて地面を削り取る。
凄まじい振動と摩擦音。
火花を散らしながら、スワンは広場を滑走し――
キキキキッ……プスッ。
何かの建物の壁ギリギリ、鼻先数センチのところで、奇跡的に停止した。
「……と、止まった……?」
あたしはハンドルの上でゼェゼェと肩で息をした。
生きてる。
機体も……ミシミシ言ってるけど、バラバラにはなっていない。
『ナイスランディング!芸術点高いよ!』
アルがパチパチと拍手をする。
「……し、死ぬかと思った……。じゅ、寿命が縮んだ……」
あたしが涙目で呟いた時、周囲からざわざわと人が集まってくる気配がした。
恐る恐る顔を上げると、そこには――。
背が低く、立派な髭を蓄え、筋肉隆々の男たちが、武器やハンマーを手に、唖然とした顔でこちらのスワンを取り囲んでいた。
「な、なんだこの鉄の塊は……?」
「空から降ってきたぞ……?」
「おい見ろ、中に……人間か?」
ドワーフたちだ。
あたしたちのドワーフの里での物語は、ど派手で非常識。誰も思ってもみなかった空からの墜落という衝撃で幕を開けた。




