偽りの聖女と、怪しげなメイド
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ、疲れたあぁ……っ」
カイルに案内された居室の扉が閉まった瞬間、あたしは迷わず巨大なベッドへとダイブした。
ふかふかの羽毛が体を包み込む。
(この世界のベッドも、なかなかいいじゃない!)
この寝心地だけが、今のところ唯一の救いだ。
アルは「もふん」と鳴いて、あたしの背中の上に飛び乗ると、さも当然のようにくつろぎ始めた。
(ちょっと……降りなさいよ、このクソタヌキ)
『クソタヌキは失礼だなぁ。 むしろアル様って呼んでもらわないと』
頭の中に直接響く、人を食ったような声。
あたしは枕に顔を埋めたまま、恨めしげにアルを振り返った。
「あんたねぇ……。 さっきのやり取り、心臓に悪いからやめてよね」
『心外だなぁ。 僕はただ、カイルくんが試すような真似をしてきたから、ちょっとだけ応じてあげただけだよ。 礼儀を教えるのも、聖獣の役目だよ』
アルの声は、まるでおかしな冗談を聞いたかのように弾んでいた。
アルはあたしが投げつけた枕をひらりと避け、サッと窓際に着地して尻尾を揺らす。
「っていうかそんなに強いなら、アルが戦ってくれれば良くない? あたしか弱い乙女だよ?」
拗ねた口調で口を尖らせてみる。
『それはダメだよ。 僕が直接この世界に干渉しすぎると、世界のバランスがめちゃくちゃになっちゃう。 ……というか、そもそも僕が手を下したら、君がこの世界を楽しむ余地がなくなっちゃうだろ?』
「楽しむ……? あたし、死ぬかと思ったんだけど?」
(こいつ、あたしのこと、おもちゃか何かと思ってない?)
『君をこの世界に転生させたのは、僕なりのお詫びなんだ。 君が自分の力で運命を切り拓いて、最高に輝く姿を見る。 ……それこそが僕の目的であり、楽しみなんだよ。 僕が全部解決しちゃったら、それはもう君の人生じゃないだろ?』
「……何よそれ」
なんか、もっともらしいこと言っちゃってるけど、要はおもちゃってことでしょ?
『君は魔法少女としてこの世界に転生したんだ。 だから、魔法少女としてこの世界で生きて欲しいってことさ』
「あたし、魔法少女にしてくれなんて一言も頼んでないよ?」
あたしが詰め寄っても、アルは聞こえていないふりをして、窓の外を眺めながら優雅に毛繕いを始めた。
(……本当に食えない奴)
そんな不毛なやり取りをしていると、控えめなノックの音が響いた。
「……っ!」
あたしは慌ててベッドの上で姿勢を正した。
「聖女様。 お疲れのところ失礼いたします」
入ってきたのは、一人のメイドだった。
整った顔立ちをしているけれど、人形のように表情が動かない。
彼女は音もなく部屋へ入り、トレイをサイドテーブルへと運んでくる。
彼女は、手際よく紅茶とお菓子、それと湯気の立ったスープを並べ終えると、ふと顔を上げてあたしと、それから足元のアルを交互に見た。
そして――彼女はすっとすまし顔に戻ると、意味ありげに口角を上げた。。
「……失礼いたしました。 お一人で、随分と賑やかなお話をされていたようでしたので……」
「えっ、あ、いや、これは……独り言っていうか、なんというか、その……」
あたしの思考は一瞬で停止し、脇の下から嫌な汗がじわじわと噴き出してきた
(やばい。 今の、絶対聞かれたわよね……?)
でも、今のあたしとアルの言い合いは、側から見ればあたしが動物相手に一人で騒いでいるようにしか見えないはずだ。
それなのに、彼女の目は――あたしの言い訳なんて最初からお見通しだと言わんばかりの、奇妙な確信に満ちた光を宿していた。
「お気になさらず。 聖女様ともなれば、凡人には聞こえぬ、声とお話しされることもあるのでしょうから」
彼女はそう言って、あたしにだけ見える角度で小さくウインクをした。
(……この人、やっぱり何か気付いてる)
「私はリナと申します。以後、お見知りおきを。 あ、スープが冷めないうちにどうぞ。 ……これからは、お忙しくなるでしょうから、ごゆっくりなさって下さい」
それだけ言い残し、リナは感情の読めない微笑みを浮かべて去っていった。
あたしは残されたスープをじっと見つめ、思わずアルを振り返った。
「ねえ、アル。今の聞いた……? あのリナって人、絶対何か気づいてるよね。 ……っていうか、このスープ。毒とか入ってないよね? なんか、あたしのこと面白がってるみたいで、ちょっと怖かったんだけど……」
窓際で毛づくろいを再開したアルが、面倒臭そうに鼻を鳴らした。
『大丈夫だよ。 毒は入ってない。 ……それどころか、君の疲労回復に効く薬草が少し混ぜてあるみたいだ。 彼女、君を殺す気はないみたいだね。 むしろ、これから君がどう動くかを観察したがってる……といったところかな』
アルの言葉に背中を押され、あたしは恐る恐るスープを一口口にした。
――温かくて、驚くほど優しい味がした。
「……美味しい。 けど、それが逆に怖いわよ」
不気味なメイドと、身勝手な使い魔。
あたしは温かいスープで、ホッと一息つきながらも、リナが残した「これからは忙しくなる」という不穏な言葉を、頭の中で何度も繰り返していた。
第7話をお読みいただき、ありがとうございます。
怪しげな新キャラ登場です。
『面白かった』『続きが読みたい』と思っていただけましたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします!
面白かったら★5つ、つまらなかったら★1つ、正直な感想で結構です。
また、ブックマークもしていただけると嬉しいです。
皆様の応援が、作品執筆のエネルギーになります!




