さよなら、水の都
翌朝――
あたしたちは、アクアヴェーネの巨大な氷の門の前に立っていた。
雪もある程度溶け、柔らかな日差しが街を溶かし始めていた。
「また連絡しますね!」と目をキラキラさせて、ひと足先に旅立ったレオを除き、見送りには、セレナをはじめ、警備団の人たちや、多くの市民が集まっていた。
昨日の今日で、ゼノさんがどうなったのか……。
気にはなるけれど、あえて聞かないことにした。
あのあとの彼の憔悴しきった背中を見れば、彼がこれから償いの日々を送ることは想像に難くないし、それを決めるのはこの街の人たちだ。
「主様。……本当に、なんと御礼を申し上げればよいか」
セレナが、包帯の巻かれた体で深々と頭を下げる。
その顔色はまだ悪いけれど、憑き物が落ちたように穏やかだった。
「……主様が取り戻してくださったこの水の都、私たちが必ず復興させてみせます」
セレナの言葉に、市民たちからも「ありがとう!」「氷雪の王女様万歳!」と温かい声が飛ぶ。
(……ああ、よかった)
あたしは心の底から、安堵のため息をついた。
伯爵領では夜逃げ。
ポルターナでは朝逃げ。
行く先々で指名手配犯みたいに逃げ回ってきたけれど、今回は違う。
こうして惜しまれながら、笑顔で見送られて旅立つことができる。
(やっと……やっとまともな、ハッピーエンドを迎えられたのね!)
あたしが感無量の面持ちで、街を出ようとした――その時だった。
ズズズズズズ……ッ。
地鳴り?
いや、これは――。
「……え?なに?」
あたしが振り返った瞬間。
ドォォォォォォォォンッ!!
腹に響くような爆音とともに、街の背後にそびえる山脈の頂から、凄まじい噴煙が上がった。
「キャァーーーッ!?」
「な、なんだ!?」
「噴火したぞ!?」
次々と悲鳴を上げる街の人たち。
しかも、爆発音は一つじゃなかった。
ドォン!ドゴォン!
連鎖するように、周囲の山々から次々と白煙と火柱が上がり始める。
「ちょ、ちょっと待って!魔族!?まだ敵が残ってたの!?」
あたしが慌てて身構えると、肩の上でアルが「あちゃー」と前足で顔を覆った。
『……なるほどね。まあ、そうなるよね』
(ちょっと、どういうことよ!)
『スズネ、君の魔法で街の直下にあった火脈を完全に塞いだろう?行き場を失った火脈――つまり、高圧力のマグマや熱エネルギーが、地下で逃げ場を探して……』
アルはそこで言葉を切り、噴煙を上げる山々を短い前足で差した。
『一番近くの抜け道、つまり周囲の山々から一気に吹き出したみたいだ』
「えええええええええ!?」
嘘でしょ!?
それってつまり、あたしのせいで火山が噴火したってこと!?
見れば、山肌からは溶岩……ではなく、大量の熱湯と蒸気が滝のように溢れ出し、川となって街の方へ流れてきている。
水路の水温が一気に上がり、街全体が真っ白な湯気に包まれ、まだ溶け残っていた氷が一気に溶かされていく。
「……こ、これは……」
セレナが呆然と呟き、水路の水に手を浸した。
「……温かい。いや、熱いくらいです。これでは、水の都どころか……」
「……温泉街、ね」
あたしは遠い目で呟いた。
涼やかな水路が自慢の観光都市は、一瞬にして硫黄の香りが漂う、湯けむり温泉郷へと早変わりしてしまったのだ。
「おお!素晴らしい!」
空気を読まないカイルが、感極まった声を上げる。
「凍てつく街に、大量の暖を与えられるとは!これでもう二度と、この街が寒さに震えることはありませんな!さすがはスズネ様!」
「違うから!これは完全に予定外だから!」
街の人々も、「お湯だ……」「温かい……」と、困惑している。
あの美しい景観は、もう二度と戻らない――ような気がする。
(……逃げよう)
指名手配されるような悪いことはしてない。
してないけど!
「水の都を温泉街に魔改造した女」として伝説になる前に、立ち去るに限る!
そうと決まれば、善は急げだ。
「あ、あの!そういうことなんで!あとはセレナ、任せたわよ!温泉饅頭とか売り出せば、きっと復興も早まるんじゃないかな?じゃあ、またね!」
あたしは早口でまくし立てると、逃げるように街の外へ向かう。
「あっ、主様!?」
「いってらっしゃいませ、氷雪の王女様ーっ!」
湯気にかすむセレナたちの声を背に、あたしは競歩の選手のように速度をあげた。
逃げているわけじゃない。
ただ、ちょっとばかり、気まずいだけ。
「リナ、カイル、ミリィ、さあ行くわよ!」
「御意」
「かしこまりました」
「はーい」
あたしの後ろで賑やかに、返事が聞こえた。
こうしてあたしたちは、硫黄の匂いと新たな伝説を置き土産に、湯けむりの向こうへと旅立つのだった。
――第3章 完――
ここまで読んでいただきありがとうございます。
これで第3章完結となります。
第3章いかがでしたでしょうか?
序盤からかなりふざけつつも、スズネの未来が大きく動く章となりました。
4章は、さらにふざけつつも、シリアスに物語が進んでいきます。
よろしければ、ブックマーク、評価、リアクション絵文字、感想、なんでも構いませんので、4章にむけて応援いただけると執筆の励みになります!




