炎のイフリシア
九英雄。そして、その頂点――。
アルの口から飛び出した言葉の衝撃で、あたしは呆然と立ち尽くしていた。
(……魔王倒すって、そんなのもう、完全にファンタジーの王道じゃない……)
あたしはただ、平穏な生活を送りたいだけなのに……。
どうしてこう、あたしの人生は望まない方向へ全力疾走していくのよ……。
複雑な気持ちが心の奥で渦を巻く中、その場の空気を決意で塗りつぶすように、セレナが声をあげた。
「れ……歴史を変えてまで、私の命を……」
セレナは、ほんのりと赤みが戻ってきた頬を染め、震えるような歓喜の吐息を漏らした。
その瞳の奥には、リナとはまた違った光が灯っている。
「私なんかのために、ここまで――スズネ様、貴方こそ我が主に相応しいお方。この忠誠、主様に捧げましょう――」
セレナはそう言って、傷ついた体を起こすと、片膝を地面につける。
そして、あたしを潤んだような目で見つめた後。瞼を閉じ胸に手を当てた。
「いや、ただ普通に助けただけで……、あの……忠誠とか、そういうのはちょっと間に合ってるというか、なんというか……」
セレナの勢いにしどろもどろになっているあたしに、今後はレオが口を開く。
「サクラ……いや、スズネさん!僕は、聖女である、あなたの剣となります!」
レオまでもが、新しい運命という鎖に自ら首を突っ込むような、熱い視線を送ってくる。
本来の勇者である君が「剣になります」って、それもう主役交代を認めたようなものじゃない?
ダメでしょ……。
「ともに魔王を倒しましょう!」
目をキラキラさせながら、レオは拳を作った。
(これもう、あたしが魔王を倒すの確定路線になってない?)
今まで以上にややこしい事態になりそうで、頭がおかしくなりそうだった。
あたし、人の命救っただけよ?
なのに、なんで魔王と戦う羽目になるのよ……。
罰ゲームとかの次元を、超越してない?
あたしが頭を抱えていると、宙に浮いていたアルがピタリと動きを止めた。
『魔王は――いや、待てよ。……なるほど、そういうことか――』
アルは空中で動きを止め、何らかの真理に到達したかのように、少し困ったような表情を浮かべた。
一瞬、広間から音が消えた。
「今度はなに?!魔王がどうしたっていうのよ!」
あたしの叫びを無視して、アルは深いため息と共にとんでもない爆弾を投下した。
『……魔王の復活が、予定より大幅に早まるみたいだ。本来であれば、レオが20歳になる年。つまり8年後に復活する予定だったが、どうやらそんなには待ってくれないようだ――』
アルが淡々と、けれど決定的な宣告を下す。
「……え?」
あたしの喉から、枯れたような声が漏れた。
「早くなるって、それって明日にでも復活する可能性があるってこと?」
あたしが、アルに疑問を投げたと同時――
「ふふふ、それはいいことを聞きましたわ」
あたしたちの背後で、艶っぽい、けれど聞き覚えのない声が響いた。
ひやりとした殺気が背筋を撫で、あたしは勢いよく振り返る。
そこにいたのは、文字通り「炎」を纏った一人の女だった。
赤々と燃えるような長髪が揺れ、その肌からは陽炎のようなものが立ち上っている。
(……ちょっと待って。何?あの人……。人間……じゃないわよね?)
『魔族だね』
あたし心の声に呼応するかのように、アルが答えた。
「ご明察。初めまして、私は魔王様の復活を目論む、魔族の女幹部、炎のイフリシア。魔王様の障害を取り除いたと思って来てみれば……精霊騎士も勇者も生きてるし、火脈は収まってるし。一体どういうわけかしら?」
イフリシアと名乗った女は、不愉快そうに目を細めて広間を見渡した。
品定めしているような視線が、最後にあたしでピタッと止まる。
あたしは思わず、隣に控えるリナ、そして目の前の魔族の女を交互に見比べた。
(これ、リナよりもすごいわ……。スタイル良すぎじゃない?)
魔王のことなんか、一瞬で吹き飛ぶほどの衝撃のプロポーションだった。
出るとこは出て、引っ込むべきところは引っ込む。
まさに究極のメリハリボディー。
しかも、身に纏っているのは布ではなく、揺らめく炎が、絶妙なラインで彼女の肢体を隠していた。
(……というか、これ、炎のビキニ?)
動くたびに、見えそうな境界線がチラついて、同じ女のあたしですら目のやり場に困った。
人間ではないといえ、この露出度。
いや、人のことは言えないけど、恥じらいとかないの?
「レオは見ちゃだめ!」
あたしは咄嗟に、剣を構えているものの頬を赤らめ、目のやり場に困っているレオの目を手で覆った。
年頃のレオには刺激が強すぎる……。
なんなのよ、この露出女は。
あたしが、思春期のレオに気を利かせていると、イフリシアはあたしの姿を舐め回すように眺め、勝ち誇ったかのように不敵な笑みを浮かべた。
「そこの、恥ずかしい格好をした小娘。もしかして、あなたが予定を狂わせた元凶かしら?」
(恥ずかしい格好って……。あんたにだけは言われたくないわよ!そのほぼ全裸な炎の格好よりは、まだこっちの方がマシなんだから!)
思わず心の中で言い返したけれど、彼女から放たれる熱気は本物だった。
立っているだけで肌がチリチリと焼けるような、圧倒的な存在感。
ーーこれが、本物の、魔族。
露出度の高さに反比例して、放たれる殺意は鋭く、重い。
あたしの本能が、これまでで一番大きな警鐘を鳴らし始めた。




