新たなる眷属
あたしの想いが、ブレスレットを通じて蒼白い光を放った。
光はセレナの体を優しく包み込み、それはやがて、温かいオレンジ色へとその色を変えた。
極寒の広間において、そこだけが春の陽だまりになったかのような、聖母の慈愛を思わせる優しい輝き。
それが波紋のように広がり、広間全体を覆い尽くしていく。
「スズネさん。これは、一体……」
レオが驚愕に目を見開き、あたしとセレナを交互に見るように何度も首を動かしている。
かつて自分を包んだものと同じ、けれどそれ以上に強固で温かな輝きに、彼は言葉を失っていた。
今はレオに言葉を返す余裕なんてない。
あたしが持つ「この人を死なせたくない」という切実な想いを、精一杯魔力に込めて注ぎ込み続ける。
(死なせない――。あたしの前で、絶対に人は死なせないんだから!)
あたしは歯を食いしばり、意識が遠のくほどの集中力で光を維持した。
すると、セレナの青白かった頬に、じわじわと朱が差していく。
完全に止まっていたかのように見えた魔力の鼓動が、あたしの光に同調するようにドクン、と力強く跳ね上がった。
『おめでとう、スズネ。彼女の魔力の器は、今完全に満たされたよ』
アルの、どこか感心したような声が脳内に響く。
『これでもう、彼女は君が望む、望まないに関係なく眷属となった。
……いや、今の君の想いが混ざった光は、他の者たちよりも一段と深い加護を刻み込んだみたいだね』
(深い加護……?まあ、死なずに済んだなら、それでいいんだけど)
あたしが内心でホッと胸をなでおろした、その時だった。
オレンジ色の光がスッと収まり、セレナの長い睫毛が微かに震えた。
「……ん、ぁ……」
小さな、消え入りそうな声。
けれど、ゆっくりと開かれた彼女の瞳には、先ほどまでの絶望や死への覚悟は微塵も残っていなかった。
彼女はぼんやりとした視線であたしを見上げ、それから自分の胸元に置かれたあたしの手を、そっと両手で包み込んだ。
「あたたかい……。あなたが、私を……?」
セレナは、夢から覚めたような虚ろな瞳であたしを見上げた。
その瞳には、かつての精悍な精霊騎士の面影はなく、ただあたしという存在を魂に刻み込もうとするような、純粋な光が宿っている。
「ええ、無事でよかった……」
あたしは安堵のあまり、柄にもなく優しい微笑みを浮かべて答えた。
自分でも驚くほど穏やかな声が出たのは、彼女を救えたという純粋な喜びからだろう。
「スズネさん、これは……。説明していただけますか?こんな力、見たことも聞いたこともないです。マグマを鎮め、魔女……いや、セレナさんを生死の間から呼び戻すような力。これじゃ、まるで――」
レオが、震える指先をあたしに向けながら、息を呑んで言葉を続けた。
「まるで、お伽話に出てくる本物の聖女様じゃないですか……!」
(出たああああ!一番言われたくない単語、出たあああ!!)
あたしは内心で絶叫し、引きつった笑顔をレオに向けた。
レオの瞳は、もはや尊敬を通り越して、神を拝む信者のような熱を帯び始めている。
この純粋すぎる少年の目は、生半可な嘘じゃ誤魔化せそうにない。
『うまく誤魔化しながら説明するしかないね。幸い、彼らは君を信じ切っているんだから』
アルが肩の上で、無責任にそんな助言をよこしてきた。
あたしは観念し、セレナとレオに事情を説明することにした。
もちろん、あたしが魔法少女という変態的な呪縛を受けていることや、女海賊のこと、キャンピングカーでレオを撥ねたことについては、一切ノータッチだ。
「……実はね、あたしには女神様を降臨させる力があるの」
あたしが必死にひねり出した苦しい説明を補足するように、肩の上でアルが仰々しく尻尾を振った。
『補足させてもらおう。スズネは単なる聖女ではない。女神サクラをその身に宿すための唯一無二の器なのだよ』
「しゃ、喋ったぁぁぁ!?」
レオが文字通り飛び上がらんばかりに驚き、あたしの肩に乗るアルを指差して絶叫した。
「……喋る魔獣、あるいは精霊の類でしょうか。ですが、この底知れぬ魔力。ただものではないようですわ」
セレナもまた、驚愕に目を見開きながら、反射的に腰の剣の柄に手をかけた。
『ふん、失礼な子供たちだ。僕をそこらの中級精霊と一緒にしないでほしいね』
アルは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、空中にふわりと浮き上がると、二人を文字通り見下ろした。
『僕はアル。この世界の理の外側から、女神の器であるスズネを導く守護精霊だ。君たちが驚くのも無理はないが、高位次元の存在が言葉を発するのは当然のこと。そして――』
アルは空中で一回転し、傍らで控えていたリナたちを順に指し示した。
『そこに控えるリナ、カイル。あと街に残してきたミリィの三名も、君たちと同じく女神の加護を受け、その使命を分かつ者たちだ。彼女らもまた、女神の身の回りを守護するために選ばれた眷属なのだよ』
「……えっ。カイルさんやリナさん、ミリィちゃんも……!?」
レオが目を丸くして、リナたちを見つめる。
「ふふ、そういうことですわ。私はお嬢様……いえ、女神様の最も近くでお仕えする影として、不浄なものを払う任を負っておりますの」
リナが、これ幸いとばかりにスカートの裾をつまみ、優雅に一礼した。
「左様!我らもまた、スズネ殿という光に導かれし者!レオ殿、セレナ殿、今日からは同志として共に歩もうではないか!」
カイルが重厚な鎧の音を鳴らして胸を叩く。
レオとセレナはもはや完全に毒気を抜かれ、畏敬の念を込めて一同を見渡していた。
「なるほど……。理の外側にある存在が付き従い、並外れた手練れたちが忠誠を誓う。スズネ様、あなたが背負っている宿命の重さ、今ようやく理解いたしました」
セレナが、アルの圧倒的な強者の余裕に当てられ、再び深く膝を突いた。
(……待って。アル、あんた完全に楽しんでるでしょ。あたしの隠居生活、これでもう完全に詰んだわよね?)
あたしは、自分を「神の器」とその守護者たちだと信じ切ってしまった、二人の重すぎる視線に耐えきれず、遠い目をして天を仰いだ。
広間には、火脈が鎮まった後の静寂と、聖なる奇跡を目の当たりにした、熱狂的な沈黙だけが支配している。
「スズネ様。あなたの導きがあるならば、私はこの命、いかなる火の中でも、凍てつく闇の中でも投げ出しましょう」
セレナが、あろうことかあたしの手の甲に誓いの接吻を落とした。
その瞳には、かつての氷の魔女としての冷徹さはなく、ただ一人の主君を慕う忠実な騎士の光が宿っている。
「僕もです!僕はあなたの盾になります。……それが、勇者として生まれた僕に与えられた、本当の使命だったのかもしれない!」
レオまでもが、拳を握りしめて熱く語りだす。
その瞳はもうキラキラを通り越して、もはやギラギラと燃え上がっていた。
(ああ、もうダメだ。この子たち、あたしが何を言ってもリナとカイルのようにご都合解釈しちゃうんだわ……)
あたしが絶望的な顔で頭を抱えていると、宙に浮いたままのアルが、珍しく、真剣な……それでいて、どこか悩みを含んだような声で呟いた。
『それと、みんなに伝えなきゃいけない、重要なことがあるんだ。実は――』
アルは滞空したまま、その瞳をいっそう深く、険しく光らせた。
冗談でもハッタリでもない、重苦しい沈黙がその場を支配する。
『それはスズネ、君一人に関わる問題じゃない……。この世界全体の根幹に関わることだ』
あたしの指先が、その言葉の重みに耐えかねるように微かに震えた。
ふざけるなと笑い飛ばしたかったけれど、アルの横顔は、出会ってから一度も見せたことのないほど、悲痛な色に染まっていた。
あたしたちがこの先、何に直面し、何を失うことになるのか。
その残酷な理の断片が、アルの口から語られようとしていた
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