アイスプリンセス・サクラ、降臨!
砕け散った水晶を眺めるあたしの脳裏に、最悪のシナリオがよぎった。
(ちょっと待って……。今の、冗談抜きでシャレにならない展開じゃない!?)
静寂を切り裂く破砕音を合図に、足元から、地底を揺るがすような振動が伝わってきた。
「……っ、リナ!カイル!セレナを早く!このままだと死んじゃう!」
あたしは氷の魔女――改め精霊騎士セレナの危機に、二人へ手当の指示を飛ばした。
「承知いたしました!」
「御意!」
二人は倒れたセレナのもとへ駆け寄り、即座に応急処置を開始する。
一方で、レオは剣を握ったまま、幽霊でも見たかのように青ざめて立ち尽くしていた。
無理もない。
街を救うために振るった正義の剣が、実は街を守っていた唯一の希望を切り裂いてしまったのだから。
「レオ!しっかりして!」
一瞬、言葉を探してから、あたしは叫んだ。
「あんたが今ここで止まったら、セレナが命懸けで守ってきたものが、全部無駄になっちゃうんだからね!」
あたしの叱咤に、レオの肩がびくりと跳ねる。
けれど、それを肯定するかのように、地底から突き上げるような轟音が響き渡った。
――ドォォォォン!
さっきまでの冷気が嘘みたいに、裂け目から肌を焼くような熱風が吹き上がる。
「あ、熱っ……!何これ、温度上がりすぎ!サウナなんてレベルじゃないわよ!」
『スズネ、悠長な感想を述べている暇はないよ。火脈の圧力が臨界を突破した。火の精霊が実体化して溢れ出している』
アルの警告と同時に、大広間の大穴から、炎を纏ったサラマンダーたちが次々と這い出してきた。
「レオ、後悔は敵を倒してから!カイルもレオの援護に回って!」
「……っ。分かっています、はあああああ!」
あたしに鼓舞され、レオが震える手で剣を振り抜く。
二人がかりで食い止めるものの、湧き出す怪物の数は、既に防衛ラインを越えようとしていた。
『スズネ、急かしたくはないが、このままだとこの街は地図から消える。水晶という蓋が消えた今、代わりの冷却源が必要だ』
(冷却源って言われても……あたしに何ができるのよ!?)
『君は忘れたのかい?自分が何者なのか。君の魔力で、この暴走する火脈を物理的にねじ伏せるんだ』
アルが、いつものように足元で「さあ、変身だ」と言わんばかり尻尾を振った。
視線の先には、血を流すセレナと、必死に戦う仲間たち。
恐怖で震えていた足に、無理やり力を込める。
「……もう、分かったわよ!やればいいんでしょ、やれば!」
あたしは覚悟を決め、左手首にあるブレスレットを強く意識した。
あの日、あたしの体の一部としてガッチリ装着された、この世界のどんな手段を使っても外せない呪縛。
(そう、あたしは――魔法少女なんだから!)
その瞬間、ブレスレットから蒼い光が爆発的に溢れ出した。
「変身……!」
――視界が蒼白に染まる。
それと同時に、あたしの意思とは無関係に、身体が勝手に動きだす。
(まっ……、また体が勝手に……!)
空中から降り注ぐ極寒の吹雪が、一瞬にしてあたしのを包み込み、蒼白い光を放つ。
そのまま、光の粒子があたしの肌をなぞるように新たな衣装を編み上げていく。
その蒼白い光に似合わぬ、ピンクの髪。
いつものツインテールが、光を浴びて、より鮮明に艶を感じさせながら、なびいている
今回のコスチュームは、雪の結晶を思わせる水色と白。そして深海のような青。
色合いこそ涼しげで綺麗だけれど――
問題は、その布面積だった。
薄氷のベールは透き通るように薄く、キラキラと光を浴びた細氷のように輝いており、首元にはダイヤのように燦然と輝く、結晶の形の首飾りが存在感を放っている。
胴体を覆うのは、シルクのように薄く、霧を固めたような儚い生地のビスチェだ。
へそと背中の部分は部分は大きくくり抜かれ、胸元が強調されるようなタイトなシルエットに、ウエストラインが強調されたデザインは、まるでウェディングドレスのような華やかさをまとっていた。
極めつけは、何層にも重なったミニスカートのフリルだった。
ボリュームだけはあるけれど、相変わらずの短さで、動くたびに地底の熱風が、容赦なくあたしの太ももを撫でていく。
両足には、雪のような細かい刺繍が施された薄いストッキングが、これでもかと絶対領域を誇示していた。
(ちょっと……、これ、布が足りないなんてレベルじゃないわよ!?)
悲鳴を上げるあたしの足元では、氷が結晶化し、カツンと硬質な音を立てて、宝石のように美しいガラスのハイヒールへと姿を変えた。
背中には巨大なクリスタルのリボンが物理法則を無視して展開され、
右手には雪の結晶をあしらった杖――『スノー・ロッド』が無理やり握らされた。
その右手を突き出すように、あたしの口が、勝手に動いた。
「凍てつく大地に、聖なる慈愛をーー氷雪の王女サクラ!降臨!」
あたしの口から発せられる、やたらと高音で愛くるしい、いつもの呪い(?)の声。
地底の轟音をかき消すほどの沈黙が流れた。
(はあああっ!毎回なんなのよ、この変態的なセンスの衣装は!ってかお腹冷えるでしょーが!)
『気に入ってくれたかい?今回は氷の都市にちなんだコスチュームをチョイスしてみたよ』
(『チョイスしてみたよ』じゃないわよ!レオくんが唖然としてるじゃないのよ!)
「あああっ……!なんという神々しさ!その清廉かつ扇情的なお姿、まさしく氷雪の王女!その透け感がまた……、ああっ、目が凍るっ!」
リナが、鼻血でも出しそうな勢いで身を乗り出し、食い入るようにあたしを見つめている。
その瞳には、主を敬う忠誠心以上に、獲物を愛でるような危うい光が宿っていた。
「いいから、早くセレナの治療しなさいよ!」
あたしは、自分の肌を舐めるようなリナの視線から逃れるように、半ば逆上しながら指示を飛ばした。
「おぉ……。これぞ氷の精霊の真髄。その無垢なる白肌を惜しげもなくさらし、冷気を操るお姿こそ、火脈を鎮める唯一の聖域。その鋭利なハイヒールで火脈を踏みにじれば、大地すらもその御力の前にはひれ伏すでしょう。あぁ、私もその一歩を賜るだけで、騎士としてこれ以上の誉れは――」
カイルは、あたしの足元のヒールをチラチラ、いや、ガン見しながら剣を振るっている。
(この変態騎士っ!さっきから何言ってるの!?本音が漏れすぎでしょ!)
「いいから、集中して目の前の敵と戦いなさい!」
あたしは、自分に向けられるねっとりとした視線を振り払うように、鋭い罵声を浴びせた。
「……スズネさん。その姿は、一体……。サク……ラ?」
一方レオは、顔を真っ赤に染めつつも、引きつった笑顔で、剣を握ったまま固まっていた。
「後で詳しく説明するから、今はこっちを見ないで!一秒たりとも見ないでぇ!」
半泣きになりながら叫んだあたしの声は、可愛く加工された魔法少女特有のトーンとなって地底に響き渡った。
――レオからの視線が一番痛い。
思春期の少年には、この「布面積が絶望的に足りない衣装」は刺激が強すぎる。
周囲の熱風とは別の意味で、あたしの顔は沸騰寸前まで熱くなっていた。
(あああああ!死にたい!今すぐマグマに飛び込んで、すべてを消し去りたい!)
熱風が吹き荒れる地獄の戦場に、場違いなほどファンシーな蒼い光が降り注ぐ。
羞恥心が限界を突破し、それが逆流して純粋な殺意へと変わっていく。
あたしは涙目になりながら、震える手で『スノー・ロッド』を強く握り直した。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。
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