帰るべき場所
背後で島が崩れていく轟音を聞きながら、あたしたちを乗せた接収船は夜の海を滑るように進んでいた。
変身を解いたあたしは、甲板に座り込み、手元に残った数枚の金貨を見つめて、深いため息をついた。
「終わった。あたしの優雅なニート生活が、島と一緒に沈んでいく……」
一瞬だけ掴みかけた、ゴールドドリーム。
それだけに、現実に引き戻された絶望感は半端なものではなかった。
「お嬢様、金貨よりも尊き、救済の記憶が刻まれたではありませんか」
「救済の記憶、か」
リナが事も無げに言うが、あたしはなんだかピンと来ず、恨みがましく、まだ明けない空を睨みつけた。
さて、問題はここからだ。
解放した獣人たちを乗せたこの巨大な商船で、堂々とポルターナの港に乗り込めば、間違いなく警備隊の幹部――あのゾルグと繋がっていた連中に捕まる。
「警備隊にバレたら、今度はあたしたちが海賊として指名手配されるわね」
「ならば、騎士団を頼りましょう。この街の常駐騎士団は、腐敗した警備隊とは折り合いが悪いと聞いておりますわ」
リナの提案に、あたしは頷いた。
「よし、リナ。あんたが先行して騎士団の詰所まで行ってきて。あたしたちは隙を見て、港の端に接岸するから」
「御意に」
リナは船に備え付けられていたボートに乗り込むと、音もなく闇夜の海へと消えていった。
あたしたちは慎重に岩陰に船を隠し、入港の時間をずらすために待機した。
波に揺られる船上で、あたしは思わず独り言を漏らす。
「……これで終わりとはいかないだろうなあ。あたしの人生、いつもここからが本番だし」
横にいたカイルが、必要以上の頼もしさを見せつけるように「ご心配なさらずとも、このカイルがついております」と胸を叩いた。
「はいはい、ありがと!」
あたしはカイルの背中を優しく、でも頼りにしてるよという思いも込めて、ポンっと背中を小突いた。
遠くの空を眺めていると、背後から解放された獣人の子供たちの楽しげなはしゃぎ声が聞こえてくる。
子供たちの無邪気な声。あたしはこの笑顔を守った。
船の沈没から始まった慣れない海賊ごっこは、正直、死ぬほど大変だったけど……。
でも、あたしにしかできなかったことをやり遂げたっていう、ちょっとした優越感があたしの胸を心地よく満たしていた。
「ふふん、あたしもたまには、本物の魔法少女みたいなこと、しちゃうわけね」
なんて、柄にもなく鼻を高くしていたあたしの耳に、聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。
「あたしはマジカル・パイレーツ、キャプテン・サクラよ!」
「あたしたちのしょうりよ!このしまは、ももいろかいぞくだんがいただいたわー!」
木の棒を振りかざして、笑顔の子供たちがはしゃぎまくっていた。
え?……嘘でしょ。あたしは耳を疑った。
あたしが島で、あの理不尽なまでの羞恥心に耐えながら、ヤケクソで叫んだ決め台詞やポーズが、子供たちの間では最高にクールなヒーローの象徴として、定着してしまっているではないか。
(……ええええ!お願いだから、時間差で心を抉るのはやめてよおおお!)
でもーー。
この笑顔を見ていると、ま、いっかって少しだけ思っちゃう自分もいた。
「おねえちゃんは、あたしたちのヒーローだからね!」
その様子を見ていたミリィがあたしの横に座って、甘えたようにもたれかかってきた。
「寝なくて大丈夫?」
「へいきだよ」
「そっか」
しばしの沈黙。
でも、それは嫌な空気じゃない。
幸せで温かい。そんな空気だった。
「……あのね。あたしの村の人、この中にはいなかったの」
ミリィがぽつりと、夜の海へ落とすように呟いた。
膝を抱え、小さく丸まったその背中が、潮風に吹かれて今にも消えてしまいそうに見えて、あたしは胸が締め付けられる。
「あたしがつかまったときにね、村がもえてたの。だから……みんな、しんじゃったのかもしれない……」
「そんな……でもまだ、わからないわよ。
うまく逃げ延びている可能性だって、きっとあるし」
そんな気休め、自分でも無責任だって分かってる。
でも、何か言わずにはいられなかった。
「だからね、助けられたみんなが故郷に帰っても……あたしにはもう、帰る場所がないの……」
かける言葉が見つからなかった。
つい先日まで、コンビニの新作スイーツで悩んでいたような、ただの女子高生だったあたし。
目の前の小さな少女が背負わされた絶望の重さを、あたしの浅い経験で推し量ることなんて、きっとおこがましいことなんだろう。
沈黙が流れる。
波の音だけが響く船の上で、あたしはただ、彼女の震える肩を見つめることしかできなかった。
「……だからさ。おねえちゃん。あたしも、一緒に連れて行ってくれない……かな?」
あたしの裾を掴んだ小さな手。
指先が白くなるほど強く、必死にすがり付いてくるその温もりを感じた瞬間、あたしの迷いは霧散した。
理屈じゃない。
聖女だとか海賊とか魔法少女だとか、そんな罰ゲームみたいな役割も全部抜きにして。
今、この子の手を離しちゃいけない。
あたしの魂が、そう叫んでいた。
気づけばあたしは、自分でも驚くほど優しい手つきで、ミリィの大きな耳の間をそっと撫でていた。
「……当たり前じゃない」
ゆっくりと顔を上げたミリィの、不安げに揺れる瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
あたしは努めて明るく、けれど揺るぎない確信を込めて笑ってみせた。
「大丈夫よ。ミリィはもう、あたしの妹なんだから。世界中のどこへ行くときだって、あたしがあんたの『帰る場所』になってあげる」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
いよいよ2章も次の話で完結となります。
ここまでお付き合いいただき本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
次のフィナーレを楽しみにしていただくと共に、3章も引き続き楽しみにしていただけると嬉しいです。
ここが良かった、悪かった。
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