解放の笑顔、そして
(……終わったのね)
勝利の余韻に浸り、ふっと肩の力を抜いた、その時だった。
「お嬢様、ぼうっとしている時間はございませんわ」
いつの間にか背後に立っていたリナが、冷徹な事務口調で告げる。
「あっ、そうだった!まずは残った兵士の拘束、それに捕まっている人たちの解放よ!」
そこからの二人の動きは迅速だった。
リナが事務的に兵士を縛り上げ、あたしはミリィと一緒に、牢に閉じ込められていた獣人たちを解放していく。
「自由だ……!本当に、本当に助かったんだ……!」
「ありがとうございます、海賊様!一生、このご恩は忘れません!」
檻が開かれた瞬間、そこには歓喜の奔流が溢れ出した。
震える足で一歩を踏み出し、地面の感触を確かめるように泣き崩れる大人の男たち。
ボロボロの服を着た子供たちは、恐怖から解放された反動で、「わーい!」と声を上げながら、あたしの周りをピョンピョンと跳ね回る。
無邪気な瞳をキラキラ輝かせる子供たちに揉まれ、あたしは少しだけ胸が熱くなるのを感じていた。
一方で、彼らの親であろう大人たちは、あたしの派手すぎるピンクの海賊服に一瞬戸惑いながらも、深く、深く頭を下げてくる。
ふっと感慨に浸っていたあたしの裾を、誰かがおずおずと引いた。
振り返ると、そこにはミリィが立っていた
まだ震えが止まらない小さな手で、彼女は必死にあたしを見上げている。
その大きな瞳には、さっきまでの絶望ではなく、キラキラとした憧憬の光が宿っていた。
「ミリィ……怪我はない?怖かったわよね......。ほんと、無事でよかった」
あたしがしゃがみこんで目線を合わせると、ミリィは堪えきれなくなったようにあたしの首に抱きついてきた。
「う、うわぁぁぁん!こわかった、こわかったよぉ……!
でも、おねえちゃんが……おねえちゃんが助けにきてくれるって、ずっと信じてたから……っ!」
小さな体から伝わってくる、熱い体温と嗚咽。
あたしは、その背中をそっと撫でた。
あたしの胸に顔を埋めて泣きじゃくっていたミリィが、ふっと顔を上げた。
真っ赤になった目尻にはまだ涙が溜まっているけれど、その大きな耳が、感情の回復を告げるようにピクピクと元気に揺れる。
「ミリィ……?」
あたしが問いかけると、彼女は鼻を一つ鳴らし、ゴシゴシと乱暴に袖で涙を拭った。
そして次の瞬間――。
パァッ、と。まるでアジトの陰鬱な空気をすべて浄化してしまうような、眩いばかりの笑顔をあたしに向けた。
「えへへ……。おねえちゃん、みんなを助けてくれてありがとう!すっごく、かっこよかった!!」
その瞳には、さっきまでの恐怖の影なんて一欠片も残っていなかった。
ただ真っ直ぐに、あたしへの絶対的な信頼と、キラキラした憧れだけが溢れている。
「ミリィも、おねえちゃんみたいになりたいっ!!」
小さな手が、再びあたしの手を、ぎゅっと握りしめる。
その笑顔があまりに無垢で、あまりに綺麗で……あたしは、「あたしみたいなのになっちゃだめよ」、って言いかけて、やめた。
「……お嬢様、水を差すようで申し訳ありません。この島から彼らを逃がすための船がございませんわ」
リナが困ったように首を傾げた、その直後。
「ご心配なく。このカイル、すでに港を制圧し、船数隻を接収してございます」
「おおおっ、やるじゃないカイル!」
リナに負けず劣らずの手際の良さに、あたしは思わず声を上げた。
「じゃあ、カイルはそのまま船に彼らを誘導してちょうだい!」
「御意!!」
カイルが颯爽と去っていく中、リナがあたしの開けた「トンネル」の先を指差した。
「お嬢様、あの大穴の先の部屋ですが……位置的に、厳重に封印されているはずの『宝物庫』のようですわね」
「え、宝物庫!?」
思わず声がうわずった。
今までの羞恥心と苦労が、一気に「金貨の輝き」という黄金色の希望に塗り替えられていく。
あたしたちは、意気揚々とアジトのさらに奥へと進んだ。
そこには、周囲の石壁とは明らかに一線を画す、重厚な一枚の扉が鎮座していた。
リナの話では、捕らえられていた際、見張りの兵士たちが「この扉の先には莫大な宝があるが、特別な鍵がなければ、いかなる魔法でも開けることはできない」と悔しそうに話しているのを耳にしたのだという。
『……う〜ん。確かにこれは強力な封印だ。この扉を物理的に破壊するのはまず無理だろうね』
浮遊するアルが感心したように呟く。
だが、あたしはその扉の前に立った瞬間、猛烈な「既視感」に襲われた。
(……ちょっと待って。この扉の紋章、どこかで……)
あたしは、先ほどまで「不燃ゴミ」だと思ってポケットに突っ込んでいた、あの地下水路で拾った「古い金属の棒」を思い出した。
そして、ポケットから取り出した古びた鍵を差し込むと、カチャリ、と小気味よい音がして封印が解けた。
……うん、そんな予感がしてた。
封印の解けた扉がゆっくりと開く。
扉が開いた瞬間に頬を撫でたのは、伝説の秘宝の輝き……ではなく、あたしが右拳で開通させた『トンネル』から入り込む、やけに清々しい海風だった
「……ねえ、リナ。これ、鍵開ける必要あった?」
「さあ......?ですがお嬢様、正面から入るのがレディーの嗜みというものですわ」
なるほど。さすがはリナ、言い回しが洒落ておる。
あたしは、無駄に感心しながら、伝説の女海賊の「宝物庫」に足を踏み入れた。




