主のいない浜辺で
「……なんと。……なんということだ」
月明かりの下、私は波打ち際で一人、膝をついて天を仰いでいた。
先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返った海岸。
手元にあるのは、半分に割れた漁船の残骸と、ずぶ濡れになった己の外套だけ。
スズネ様がいない。リナも、ミリィもだ。
一人残された絶望感が、容赦なく胸を締め付ける。
「守るべき主を見失うとは。
カイル、貴様はそれでも騎士か……。まさに万死に値する!」
あまりの情けなさに、私は砂浜を拳で叩いた。
だが、嘆いていても始まらない。
スズネ様は、「不本意だ」と仰りながらも、誰よりも眩しく桃色の法衣を纏い、既にこの島のどこかで戦っておられるはずなのだ。
私は立ち上がり、濡れた髪をかき上げた。
周囲を見渡せば、ここはこの島に不釣り合いなほど立派な船着場だった。
そこには、略奪品や奴隷を積み込むための巨大な商船、武装船が、品評会の展示品のように何隻も並んでいる。
「……そうか。我らが乗ってきた船は、既に藻屑か」
ふと、スズネ様の困り果てたお顔が脳裏をよぎる。
この島には、囚われた人々が多くいるはず。
スズネ様が彼らを解放した際、帰りの足がなければ、主はまたあの「魔法の小舟」を出して魔力を削らねばならなくなる。
「スズネ様のお手を煩わせるわけにはいかない。ならば、私が成すべきことは一つ」
私は静かに剣を手に取った。
停泊している船の一隻から、酒に酔った海賊たちが下卑た笑い声を上げながら降りてくるのが見える。
「おい、あんなところで何してやがる、野良犬が」
「……野良犬ではない。私は『桃色海賊団』、スズネ提督が第一の騎士、カイルだ」
私は一歩、踏み出した。
あえて剣は抜かない。
不浄な輩の血で、スズネ様が用意される「聖なる船」を汚すわけにはいかないからだ。
一対多数。
だが、私の心に一切の迷いはない。
むしろ、スズネ様のために働けるという、またとない機会なのだ。
「貴様らに、我が剣を拝む資格などない。主の名において、その身を以て徴用に応じよ」
戦闘は、わずか数分の出来事だった。
抜剣すら必要なかった。
全身を巡るスズネ様の加護に導かれるまま、鞘に収めた剣と拳だけで、海賊たちを次々と無力化していく。
「……ふぅ。これで港の制圧は完了か」
私は転がる海賊たちの山を越え、最も頑強で巨大な商船の甲板に立ち、満足げに頷いた。
よし。これならば数百人の奴隷が解放されても、余裕を持って運べるだろう。
タラップを固定し、いつでも出航できる準備を整える。
「さて、次はスズネ様だ。
……主は今頃、敵のど真ん中で孤軍奮闘しておられるに違いない。
急がねば。私がお助けし、そしてこの完璧な『帰還の足』をご報告せねば!」
私は船着場に翻る海賊旗を引きちぎり、代わりに(なぜか懐に忍ばせていた)桃色の布を掲げると、主の気配がする島の中心部へと疾走を開始した。
スズネ様、今すぐ参ります!
……きっと主は、はぐれてしまった情けない私を厳しく叱責されるだろう。
そして、罵りながらその聖なる御足で、私を思う存分踏みつけてくださるはずだ……!
それもまた、騎士として最高のご褒美なのだ。
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スズネたちのふざけたドタバタ劇を
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